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前回の記事で「YESYEARS」の事を書いた。
その最後でイエス史上最大の8人編成イエス(UNION YES)は幸せな合体ではなかったと書いた。 直前まで分裂していたABWHと90125イエスがフル合体してほぼ完全体のイエスが出来上がったように見えるが、実はそうではない。
ジョン・アンダーソンと90125イエス側が和解した時、レコード会社を移籍し(アトコレーベルからアリスタレーベルへ)すぐにワールドツアーが決定し(このあたり大人の事情が垣間見えるが…)「イエス」としてのアルバムを作らなければならなくなった。(合体がレコード会社移籍の条件だったのかも…)
実はABWHは「閃光」に次ぐセカンドアルバムの制作を始めており、制作済みの8曲を提供し、90125イエス側は4曲を制作、その他完全にスティーブ・ハウが単独で作ったソロ曲やブルーフォードのインプロ曲を入れて14曲入りのアルバムを作った。
つまり、8人編成イエスといっても8人編成で録音された曲は1曲も無いということだ。さらにスティーブ・ハウの証言によると、プロデューサーによる音の追加などの改変が頻繁に行われたとのこと。プロデューサー側の証言では合体が決まった時点でABWH側のレコーディングは進んでおらず、始まっても発表できるクオリティにならなかったためスタジオミュージシャンを招集して追加録音、編集を行ったとのこと。
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バンドとプロデューサーの意見の食い違いはその当時のバンドの状況をあらわしており、とても、幸せな状況とは思えない。(実際バンドメンバーの演奏が他のアーティストに差し替えられている曲がある) アリスタレコードはABWHの成功をみて羨ましくなり、それを超えるプロジェクトとしてUNION YESを考えていたのかもしれない。結果、話題にはなったがアルバム「結晶」は「閃光」を超えることはできなかった。(救いは8人編成のライブツアーの成功)

その後、どうなったのか… 8人編成の「イエス」は大方の見立て通りアルバム1枚を残して霧散し、90125イエスにジョン・アンダーソンが加わる形の「イエス」でアルバム「トーク」がリリースされる(1994)。そして、2000年代の初めまでジョン・アンダーソンが在籍する「イエス」となる。このアルバムを最後に才人トレバー・ラヴィンがバンドを去る。
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ラヴィンが去った後、ハウ、ウェイクマンが復帰したり(1996)、トレバー・ホーンがプロデュースで復帰したり(2011)いろいろあって今に至っている。

イエスのフロントマンはジョン・アンダーソンである。オリジナルメンバーの一人で、ヴォーカルを務め楽曲の作成、作詞でも中心的な役割を担っている。彼がいるから「イエス」という感じがするのだが、彼は何度かバンドを離れている。その一方でイエスのオリジナルアルバムのすべてに参加しているメンバーがいる。2015年に亡くなったがベースを担当するクリス・スクワイヤである。そして何を隠そう彼が「イエス」使用の権利を保有しているのである。すなわちクリス・スクワイヤがいるバンドが「イエス」なのである。
(もちろん亡くなった後はその限りではないのだが…)

BOOKOFFのジャンクコーナーで「YESYEARS(1991)14を各110円で手に入れた。(計440円)

このCDはもともと4枚セット10,000円でLPジャケットサイズのケースに豪華美麗ライナーノートとともに売られていた企画盤である。
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現在価値がどの程度あるのかわからないが、聞きごたえ十分な内容。アルバム未収録、未発表音源(リリース当時)を一部含んでいてこのセットでしか聞けない曲もある。

リリース順に並んでいるので歴史を振り返るのには良いと思うが、それから先も30年の時間があるのですべてを網羅しているわけではない。ただ「黄金時代」は含まれているのでこれで十分と言えるかもしれない。

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1.の収録曲

イエスは今でも存続しているバンドで(1969年デビュー)オリジナルメンバーがいなくてもイエスと呼称している。(呼称を巡っては長いキャリアの中で訴訟沙汰になったこともある)

ただ、黄金時代というのは大体決まっているようで、スティーブ・ハウが参加するようになった「サード・アルバム」からリック・ウェイクマンが参加した「こわれもの」「危機」、ドラムがアラン・ホワイトに変わった「イエスソングズ」(ライブ盤)「海洋地形学の物語」までの辺り、すなわち1970年~1973年頃を指すのが妥当らしい。たしかにこの頃イエスはプログレッシブロックのトップを走っていたと思う。

メンバーとしてはボーカルのジョン・アンダーソン、ギターのスティーブ・ハウ、ベースのクリス・スクワイヤ、キーボードのリック・ウェイクマン、ドラムのビル・ブルーフォード→アラン・ホワイトの時代である。
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2.の収録曲

イエスは79年、フロントマンであるジョン・アンダーソンの脱退後メンバーの入れ替わりが激しくなり、バグルス(「ラジオスターの悲劇」)のトレバー・ホーンとジェフリー・ダウンズを吸収し変質していく。この陣容でアルバム「ドラマ」(1980)をリリース。トレバー・ホーンがボーカルを取った。(旧来のイエスファンからのアタリが相当激しかったようで、トレバー・ホーンはその後プロデュース業に転身する)
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3.の収録曲

その後、しばらくはイエスの空白の時期が続き、各メンバーそれぞれ活動を行っていたが、突然イエスとしてアルバムをリリースする。経緯は以下の通り。

「シネマ」というバンド(クリス・スクワイヤ、アラン・ホワイト、トレバー・ラヴィン)で録音セッションを行っていたアルバムにジョン・アンダーソンが参加することとなった。オリジナルメンバーのトニー・ケイも召集され、そのアルバムは(レコード会社の意向で)「イエス」名義のアルバムとなった。「90125」(1983)のタイトルでリリースされたそのアルバムからバンド最大のヒット曲「ロンリーハート」が生まれたのは何とも皮肉である。同時期スティーブ・ハウはエイジアに参加していたので同アルバムにはかかわっていない。
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4.の収録曲

自分はイエスより先にエイジアを聴いていた口で(当時高校生、リアルタイムで聴いていた)、イエスは後追いとなる。プログレ臭を残しながらよりPOPで曲も短いエイジアは1982年の時代にフィットして大ヒットした。(イエスをはるかに上回る成功を収めた)まあ、エイジアはメンバーを見てもスーパーグループなので当然ともいえるが…ちなみにメンバーはスティーブ・ハウ(イエス)、ジョン・ウエットン(キングクリムゾン)、カール・パーマー(EL&P)、ジェフリー・ダウンズ(イエス)である。

エイジアのファーストアルバムASIA (日本タイトル「詠時感~時へのロマン」)は友人からLPを借りてカセットテープに録音し、繰り返し聞いた。(その後CDを購入)自分個人で視聴回数が最も多いのはドナルド・フェイゲンのアルバム「ナイト・フライ」だと思うが、その次の次の次くらいによく聞いたアルバムである。

YES YEARS」は1969年のデビューアルバムから34曲ずつ(もちろんプログレ期の「危機」や「海洋地形学の物語」からは各1曲=どちらも20分前後の長大曲)セレクトされたコンピレーションで88年のアルバム「ビッグジェネレーター」までが対象となる。このアルバム「ビッグジェネレーター」の後再びジョン・アンダーソンは脱退し、ABWH(アンダーソン・ビルフォード・ウェイクマン・ハウ=すべて元イエスのメンバー)を結成し「閃光」(1989)というアルバムをリリースする。同時期イエスを呼称するバンド(90125イエスともいわれる=クリス・スクワイヤとトニー・ケイ(オリジナルメンバー)アラン・ホワイト、トレバー・ラヴィン)も存在し事実上の分裂期となる。

そしてその後もいろいろあって、1991年にイエスと元イエス達が合体して8人体制のイエスとして「結晶」UNIONをリリースする(4月発売)

YES YEARS」は「結晶」で盛り上がっている時期にリリースされたコンピレーションということになる(8月発売)ただ後からわかることだが8人体制のUNION YESは決して幸せな状況ではなかったようだ…
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参考文献 「イエス全史」




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