ドイツ・オーストリア系の作曲家の作品を中心に(売れる有名曲はその限りではないが…)録音を重ねたカラヤンが例外的に何度も録音したのがロシアの作曲家チャイコフスキーの「悲愴」だ。スタジオ録音だけでも7回行っている。ロマンティックで盛り上げどころ満載の曲だが、チャイコフスキー最期の交響曲でもある。初演を本人が指揮したが、その9日後急死した。(あまりの急死だったため様々な憶測を呼んだ)
名曲なので様々な指揮者、オーケストラが演奏を行っている。自分も好きな曲で気づいたらいくつかの音源を所有していた。ちょっと整理してみよう。
①メンゲルベルク指揮 アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団 1937
③カラヤン指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 1971 EMI
④カラヤン指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 1976 DG
⑥バーンスタイン指揮 ニューヨークフィルハーモニック 1964 SONY
⑦バーンスタイン指揮 ニューヨークフィルハーモニック 1986 DG
⑧ムラヴィンスキー指揮 レニングラード管弦楽団 1960 DG
⑨マルケヴィッチ指揮 ウィーンフィルハーモニー管弦楽団 1953 DG
⑩ペトレンコ指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 2012 BPO

まだあるような気もするが、確実にフィジカルメディアを所有しているのはこれぐらいである。
メンゲルベルク
①は第二次大戦前の歴史的録音。メンゲルベルクは戦後、ナチ協力者として追放されるのでその録音としては後期にあたる。それゆえか録音の質は悪くない。(当然モノラルである)19世紀にルーツがあるロマン主義の指揮者でテンポを自在に動かしている。
カラヤン
カラヤンは前述にように7回録音しているがこの②~⑤に関してはそれぞれ録音する理由があった。
②50年代フルトヴェングラーから排除されていたカラヤンは、ベルリンで振ることはできず、イギリスのオーケストラ、フィルハーモニア管で録音を行っていた。EMI(ウォルター・レッグ)との蜜月時代である。(ただ、54年にフルトヴェングラーが急死すると、彼の代理でアメリカツアーに帯同し大成功をおさめ、まんまと常任に就任する)
③ベルリンフィルを掌中におさめたカラヤンが、70年代、最高の状態で録音を行ったもの。録音は「イエスキリスト教会」
④同じ70年代、同じベルリンフィルだがレコード会社がEMIからDGに変わっている。初めてチャイコフスキー交響曲全集(初期も含む)に取組みDGの録音陣で「フィルハーモニー」で録音されたもの。
⑤80年代に入り関係が冷え切っていたベルリンフィルに変わり、ウィーンフィルでデジタル録音を行ったもの。
どれが良いかは好みである。一般的には④の評価が高いようだが、自分はそれよりほんの少し若い③の方が好みである。
⑤は晩年に近い録音だが、スピードはむしろ上がっている。ウィーンフィルだから?デジタル録音ゆえか音が大きい。
バーンスタイン
いずれもニューヨークフィルハーモニックだが、中身は大きく違う。
⑥は普通の演奏だが、ニューヨークフィルハーモニックを完全に手中に収めているのがわかる。
⑦はとにかく遅い演奏で、人によってはグロテスクに感じるほど。
どれほど遅いかというと、第四楽章などはカラヤンの倍の時間かかって演奏している。
違和感はあるものの、自分的には有りだと思う。
ムラヴィンスキー
ソ連時代のロシアの指揮者。⑧は手兵のレニングラード管弦楽団と西側でのコンサートのついでにDGに残した録音。(4,5,6の後期三部作を録音した)鉄壁のアンサンブルでよく訓練された軍隊のような演奏。演奏が完璧すぎてあまり情緒的ではない。
マルケヴィッチ
ムラヴィンスキー同様に旧ソ連時代のロシア人(キエフ出身なので現在で言えばウクライナ人)指揮者。幼いころにスイスに移住し、西側での演奏活動をしていた。レコードはEMIやDGに多数残されている。
⑨はDGでリリースされたウィーンフィルとのもので50年代ということでモノラル録音である。⑧よりは情緒的である。厳しい表現もあり、これがロシア的ということか?
ペトレンコ
現在のベルリンフィルの首席指揮者。(ロシア人)
⑩は就任前(決定後)にライブレコーディングされた音源である。あまり特徴のない演奏で「安全運転なのかな」という感じである。ベルリンフィルの上手さは際立ち、音もとても良い現代の録音ではあるが…
2019年就任なので日にちが経っているがあまり話題に上らない。小粒過ぎたか?
(ハンス・フォン・ビューロー→ニキシュ→フルトヴェングラー→ボルヒャルト→チェリビダッケ→フルトヴェングラー→カラヤン→アバド→ラトルの次ではねえ…)
ロシア人が多い。ロシア音楽はロシア人でなければ共感できない的なことをライナーノート等で見かけるが、ことチャイコフスキーに関して、それは当たらないと思う。ロシア的な旋律は出てくるが、音楽のつくりは西欧的だ。
バーンスタインの86年版ライナーノートにも「バーンスタインはユダヤ人だがルーツはロシアにあり、深い共感がある」みたいなことが書かれていたと思うが、無理やり感がある。ロシア的な旋律を奏でるのはロシア人にしかできないということはないと思うが…
ベストはカラヤン?
メロディーメーカーとしてのチャイコフスキーの良さを引き出しているのはカラヤンの演奏③(71年版)だと思う。第三楽章の推進力は相当なものだ。
バーンスタインの⑦(86年版)が遅いのは指揮者のフィジカルの問題ではなく、この曲の持つ深い悲しみとか諦観を表現するためなのだろう。明らかに異様だし、まるで別の曲に聞こえるところもあるのだが、言いようのない凄みがある。バーンスタインの録音の多くはライブレコーディングなのでオーケストラの実力が試されるがニューヨークフィルハーモニックはよく粘っていると思う。第四楽章の最後、音が静寂に飲み込まれる感じでいつ終わったのかわからないくらいである。
共感されないことを承知の上でバーンスタイン⑦(86年版)をベストとしよう。





