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CCA C12を買った

今更なのである。

CCA C12は2019年の秋に発売されたモデル。五年前である。今更感が強い、その上、同スペックのKZモデルZSXを持っているのに、買ってしまったのである。
(ちなみにZSXの記事は2021年10月12日に「何を今更?KZ-ZSXレヴュー」のタイトルで書いている。IMG20241013224511
当時でさえ「今更」な記事だったということだ)


それでも、「欲しかった」のである。(理由は後述する)

自分にとってCCAはKZの同じメーカー内の他ブランドという位置づけで、同スペック商品の意匠を替えて発売するというイメージだった。ただ、2017年頃からブランド毎の色付けが変わってきてスペックは同じでも「音の傾向が違う」と言われていた。

一般にKZは強ドンシャリ、CCAはクール系と言われているが、あくまで一般論である。機種ごとにも性格は違うだろう。

このC12は名前が示す通り、12ドライバ=1DD+5BA(片耳あたり)の多ドラモデルで、両耳合わせて12基のドライバを搭載している。(この後継モデルは1DD+7BAのCA16である)

多ドラ化はその後も進み、2020年秋のZAX(CCAでいえばCA16)で1DD+7BAに到達する。ただ、BA7基すべて異なる音が鳴っているというのは考えにくい(チューニングが大変!)ので、ドライバが増えると各音域の量感が増えるものと考えていた。
ただ、やはりドライブ数は多ければ多いほど良いということはなく、最近別の記事でも書いたが1DDでも十分に音の良いモデルは存在する。要はパーツの質とチューニングがキモなのだ。
多ドラ化は主にマーケテイング(売るための)手段だったような気がしている。5000円前後の低価格帯(上位)の多ドラ化競争は2020年頃で頭打ちとなった。そこからはドライバの質の向上(異なるドライバの採用)へとシフトし現在に至っている。

C12が欲しかった理由
順調に多ドラ化が進行していた頃のモデルで、前モデルのC10(1DD+4BA)から確実に進化したと言われていた。シンプルなフェイスプレートと小型のボディは普段使いによさそうと思っていた。ZSXよりは大人の音ともいわれていて、ドンシャリを求めていない自分には好適と思っていた。
ただ、なぜかCCAの製品自体が、なかなかに縁遠く、買うことはなかった。

今回ヤフーフリマで2,200円の商品が出ていた。
かなり年季が入っていそうな個体だったが、200円分のクーポンもあったので「2,000円なら」ということで購入した。
緑青の浮いたケーブルとSサイズのチップが付いていたが、どちらも交換前提なので気にならなかった。届いた製品は流石に使い込んでいる感満載で、フェイスプレートのキズが凄かった。(説明文にもキズがあるとは書かれていたがまさかここまでとは…)こんな使いこんだ個体にはお目にかかったことはない、というほどだった。
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音を聴く限り問題はないが少々驚いた。ケーブルもオリジナルのまま使い続けている感じなので、中華イヤホン沼にハマったマニアというより一般の「ただイヤホンをよく使う人」が前ユーザーなのではないかと推察している。(=一つのイヤホンを4~5年使う。いや、悪口じゃないですよ)

C12の音
ここまで使い込んだ個体にエイジングは(もちろん)必要ない。すぐにチップを交換して、KZの純正ケーブルGS-Cooper(90-7)※に繋いで音出しをした。
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※KZ純正のアップグレードケーブル。その中でも(90-7)は一番太いもので金銀銅メッキそれぞれ施した無酸素銅(OFC)を編んであり、784芯との表示がある。本当に極太。シェア掛けの癖付けがしてあるが(太すぎて)ほとんど機能していない。

最近、好んで聴いている平面ドライバモデルKZ×HBB PR2の出来が良いので、こちらを聴いても際立ったところがあまり感じられなかった。欠点のない普通に良いイヤホンという感じだ。ZSXを最初に聞いた時には音数が多いと感じたが、今となっては突出した特徴とは言えない。
ZSXとの比較ではクール系というかややあっさりした音作りで(これが大人っぽさ?)万人に受け入れられそうである。クセの強いZSXの方が好みの人も当然いるだろうが…

5年前なら確実にエース級だが、玉が揃っている現在、なかなか登板機会がないかな~というのが正直なところである。

日本だけのシングル「レット・イット・ビー/ゲット・バック」(1981)


日本におけるシングル「レット・イット・ビー」といえば通常、1970年3月25日に発売された、B面が「ユー・ノウ・マイ・ネーム」のシングル盤のことである。
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内容は同時期のUK盤と同じで、ポール脱退前最後のシングルである。

何度も再発売されているのかもしれないが結成15周年記念でリイシューされていることは確認済みである。結成15年で77年の発売である。
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ただ今回取り上げるのは1981年9月1日発売のB面が「ゲット・バック」のシングル盤である。これはビートルズとは直接関係がない特殊な事情で日本でのみ発売されたシングル盤であった。(画像無し)

どういう事情か?
彼ら自身が出演していた作品は除いて、世界で最初にビートルズの曲を主題歌として使用した映画は「悪霊島」(角川春樹事務所・東映)である。
主題歌として使用されたのが「レット・イット・ビー」で、「ゲット・バック」が挿入歌という位置づけだった。
鹿賀丈史が金田一を演じ、篠田正浩が監督した。この頃、「鵺(ぬえ)の鳴く夜は恐ろしい」のコピーとともに「レット・イット・ビー」が流れるテレビCMがバンバン流されていた。(角川映画の広告は物量投入型だった)ビートルズの曲がCMで使われることは時折あったが、映画の主題歌というのは異例。そして、この映画のサウンドトラックとして「レット・イット・ビー/ゲット・バック」が7インチシングルで発売されたのだ。

1981年というのはまだ権利関係の意識が低かったのか、二次利用の観念があまりなかったのか、劇場公開は問題なくできたが、それ以降、楽曲の使用ができなかった。(最初のテレビ放送と公開直後のビデオでは使用できたようだ)
ドラマ「コールドケース」でも過去の楽曲を使用していてソフト化できないということがあったが、この「悪霊島」もビートルズの楽曲を使用していたためビデオ化ができなかった。(現在はビートルズの演奏部分を差し替えてソフト化されている=U-NEXTで観ることができる)


横溝正史と角川映画
ここで「角川映画の金田一耕助といえば石坂浩二じゃないの?」と違和感を感じる人は鋭い。角川映画の第一作は紛れもなく「犬神家の一族」(1976・石坂浩二主演市川崑監督作品)である。そして、その後も市川崑+石坂浩二の作品は数多く撮影されたが、それは角川映画ではなかったのである。
角川書店は(並びに角川春樹事務所)は版元として横溝正史作品の売上に貢献する、映画化は歓迎の立場だったが、「犬神家の一族」制作時にお金を巡る確執があり、東宝とは袂を分かつていたのだ。

当時角川文庫が惹起した「横溝正史ブーム」の真っただ中で、横溝作品の映画化は東宝のみならず各社で競って行っていた。実は最もヒットした作品は「八つ墓村」(1977・松竹)で渥美清が金田一を演じていた。有名な「祟りじゃ~」のセリフがCM等でバンバン流され、流行語となった。

東宝は市川崑+石坂浩二のコンビで6本(2006年のリメイク版「犬神家の一族」も含む)製作し印象が強いが、前述のように角川春樹事務所が製作に関わったのは最初の「犬神家の一族」だけである。(市川崑はもう一本「八つ墓村」を監督したが主演は豊川悦司だった)

その後、角川映画の横溝作品といえるのは、角川春樹が雇われプロデューサーとして参加した東映の「悪魔が来りて笛を吹く」(1978西田敏行が金田一)とパロディ映画として撮られた大林宣彦監督・古谷一行=金田一の「金田一耕助の冒険」(1979)と「悪霊島」(1981)だけである。


横溝正史は60年代、既に忘れ去られた作家であった。
60年代の松本清張の登場とともに始まった「社会派推理」ブームによって”古い作家“のレッテルを貼られ顧みられることが無くなっていった。40年代~50年代までは金田一が登場する映画がたくさん作られていたが61年高倉健が金田一を演じた「悪魔の手毬歌」を最後に製作されなくなる。
70年代、角川文庫で再版され、煽情的なカラーのカバーが付きだしてから売れ始めたのだという。映画化は75年の「本陣殺人事件」(金田一は中尾彬)を嚆矢として、76年角川映画の「犬神家の一族」でブレークを果たすと、その後毎年のように製作公開され、角川文庫版は恐ろしく売れたという。

当初の角川映画はCMコピー「読んでから観るか、見てから読むか」が、表しているように、「本を売るために、映画を作る」というビジネスモデルだった。横溝ブームの時代はそれがハマったと言えるだろう。(「犬神家の一族」は映画化ブームの呼び水になった)
後の角川映画は角川三人娘の登場によって、様相が変わっていくが、それはまた別の話である。


ベルリンフィル チャイコフスキー交響曲第六番 キリル・ペトレンコ指揮

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豪華な封入物で有名なベルリンフィルの自主制作盤(ベルリンフィル・レコーディングス)。今回はLPレコードを購入した。中古で5,500円。(元々の価格7,981円)
アナログ盤に多いパターンだが数量限定(世界2019枚限定)である。半端な数なのは2019年にリリースされたからである。少々疑っていたが手書きのシリアルナンバーが入っていた。
日本ではキングレコードが発売元だった。が中身は完全に海外製でカバーオンカバー、元々のカバーの上に日本語表記のあるカバーを掛けてあり、日本語のライナーノートが封入されていた。
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オリジナル

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日本語の帯

レコードは1枚(この曲の演奏時間は45分程度)でそのものにギミック(45回転等)はなく、普通のレコード(ただし重量盤)だった。

発売当時はペトレンコが正式にベルリンフィル常任首席指揮者に就任した頃で、まだレコードリリースが無かった。ほとんど最初期のレコードリリースであった。
このLPは就任決定後だが就任前の2017年の演奏会とゲネプロで録音した音源を使用したLIVE盤である。LIVEといっても演奏会をまるまる録音したものではないので、聴衆や会場由来の雑音がない。とてもクリアな音声である。セッション盤となんら変わらないクオリティなのだが、演奏は止めずに楽章ごとに録音するのだと思われる。オーケストラの集中力と技術力が問われる録音方法だが、ベルリンフィルなら大丈夫なのだろう。(世界最高峰?少なくとも3本の指には入るオーケストラである)
晩年のバーンスタインもLIVE録音ばかりであった。演奏の瑕疵よりも音楽の流れを重視するというかライブ感を何より大事と考えていたのであろう(少なくともバーンスタインはそうであろう)

チャイコフスキーの交響曲第六番
「悲愴」の副題がついているがこれは作者自身が付与した物である。
交響曲の副題(のようなもの)の多くは後に誰かが勝手につけたものである。シューベルトの第八番「未完成」(第二楽章までしか残っていないから)ベートーベン第五番「運命」(第一楽章冒頭のダ・ダ・ダ・ダーンの主題が「運命の扉をたたく」と呼ばれていることから)ひどいものになるとドボルザークの第八番「イギリス」(楽譜の出版社がイギリスにあったから)と曲とは全く関係のない副題を付けられている。それでも機械的な「交響曲〇番〇短調作品〇番」とか言われるより親しみがわきセールスにも影響があるのであろう。特に日本でその傾向が強いようである。(マーラーの第八番に「千人の交響曲」とかつけたがる。ちなみにこれは初演の時に興行主がつけた惹句である)
この曲はチャイコフスキー本人の指揮で初演されている。
その後急死(9日後)したため死因について様々に取りざたされることになる。
ただ、この曲が(結果的にそうなったが)最後の曲だと思って「悲愴」という副題を付けたわけではないことは確実のようだ。(自殺説は否定されている)

緩徐楽章を最終楽章とした特徴ある交響曲である。
例えば、ベートーベン第九番の第四楽章の最後はスピードが上がり切って終わるが(フルトヴェングラーのバイロイト祝祭での演奏などオーケストラが追随できないほどのスピードを要求している)「悲愴」はゆっくり消え入りそうに終わる。とても趣深いのである。

曲が良いので誰が振ってもそれなりの演奏になる。ペトレンコの指揮も特別突出したところはないが、美しくまとまっている。ただ、これが「新しい」ベルリンフィルの音なのかどうかは判別し難いところである。




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