
忘備録 アルバム『LET IT BE』の周辺のことども
Beatles界隈には深く、広い知識を持った先達が多数おられるので、この記事はあくまで自分の忘備録として書いています。(自明のことを扱っていますが悪しからず)
「LET IT BE」はビートルズのオリジナルアルバムとして最後にリリースされた。(1970年5月)しかも、ポールの脱退と前後してリリースされたため解散と直接関係があるアルバムという印象が強い。その上、同時期に公開された映画「LET IT BE」に“いさかい”のシーンがあったため、『LET IT BE』の録音作業は解散に向かっていく過程ととらえられがちである。
このアルバムのリリースが、ある意味引き金を引いた(後述※)ともいえるのだが、録音されたのはリリースの1年以上前のことである。ビートルズはこのセッションの後、キャリア屈指のアルバム『アビーロード」を生み出している。
事の時系列を整理すると
1969年1月2日 「ゲットバックセッション」開始
1969年1月30日 ルーフトップコンサート実施(ビートルズ最後のライブ)
1969年1月31日「ゲットバックセッション」終了
1969年5月 グリン・ジョンズによるアルバム『ゲットバック』ver.1完成
1969年7月1日 「アビーロードセッション」開始
1969年9月20日 ジョンの「脱退」(ビジネス上の理由で公表はされなかった)
1969年9月26日 アルバム『アビーロード』発売
1970年1月 グリン・ジョンズによるアルバム『ゲットバック』ver.2完成
1970年3月23日 ジョンが「ゲットバックセッション」のテープをフィル・スペクターに渡す。
1970年4月2日 フィル・スペクターがアルバム『LET IT BE』を完成させる
1970年4月10日 ポールが「脱退宣言」
1970年5月8日 アルバム『LET IT BE』発売
1970年5月20日 映画「LET IT BE」公開
1969年5月の段階で「ゲットバックセッション」は、ほぼ、お蔵入り状態になっていた。
そんな中ポールは再びジョージ・マーティンを招聘し「もう一枚アルバムを作りたい」と言った。それにこたえて制作されたのがアルバム『アビーロード』である。
1970年に入っても「ゲットバックセッション」はお蔵入り危機のままだったが、アップル側(アラン・クレイン?)の依頼で、その年公開される映画「LET IT BE」の内容に合わせ曲を入れ替えた「ゲットバック」ver.2がグリン・ジョンズによって作られた。映画公開にあわせてアルバムを作りたい(売りたい?)という意志がみえる。(商魂たくましい?)
ただ、これにもメンバーは納得せず、「ゲットバック」ver.2をベースにフィル・スペクターが作った「LET IT BE」がリリースされることとなった。
これは同名映画のサウンドトラックという意味合いが強かった(アートワークが映画の写真?)が、映画で使われた曲がすべて収録されているわけではない。逆に映画で使われなかった曲も収録されている。(元々アルバム制作のためのセッションだった)
※1970年4月10日のポールの脱退宣言は、元々決まっていたソロアルバム『マッカートニー』の発売日(1970年4月17日)を『LET IT BE』を優先させたいクレイン側が延期すると言い出したのが発端で、それに対抗する形で4月10日のプレスリリースに「もうビートルズとしての活動はしない」と書いたというもの。結果として『マッカートニー』の発売日はそのまま4月17日、『LET IT BE』は5月8日に発売された。
ちなみにそれより前、1969年9月20日のジョンの「脱退」について。アルバム『アビーロード』の発売前に、ビートルズの今後の活動についての会議がもたれ、その席でジョンは「もうやめる」と脱退を宣言した。これ以降ジョンはビートルズの録音に参加していないので4人のビートルズはこの時点で終わっていた。
色々問題はあるが、フィル・スペクターの『LET IT BE』がどうしようもない作品であるということではない。ポールもこのアルバムの発売を了承している。(契約でもう一枚アルバムを出さなければならなかった、という事情があった)
以後50年にわたり最後のオリジナルアルバムの地位を保ち続け、このアルバムでしか聞けない曲もある。ポールは不満だろうが「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」は派手なコーラスとストリングスが入ったこれが公式バージョンだ。(21世紀の現在様々なバージョンを聴くことができるが…)
なによりも名曲LET IT BEが収録されていることでこのアルバムの価値は揺るがない。
どんな形でもお蔵入りよりはましであろう。
それにしても、名曲「LET IT BE」を収録することを考えず(お蔵入りにして)、全く新しいアルバム『アビーロード』を作って、そっちも名盤にしてしまう、ポールの天才ぶりはどうだろう。それは、1969年の約半年間の出来事だった…
・相当前(80年代?)に日本テレビで、視聴者の投票でビートルズの曲のランキングを決めるという特番があった。結果、断トツで「イエスタディ」が1位だったのだが、徳光和夫が司会をしていて、結果に不満をぶちまけていた。(生放送だった?)曰く「1位はLET IT BEだろう?」と。
まあそうなのだろうが、一般視聴者はそこまで幅広く聴いてはいない。ごく普通にスタンダードな名曲として中学校の音楽の副読本に取り上げられるような一般的に知られた曲が1位になるに決まっている。(曲の質とはあまり関係ない?日本人は特にこの曲が好き?)企画に問題があったのだ。まあ、現代なら違うのだろうが…。
・まったく、気の毒なのは「ゲットバックセッション」のプロデュースをしたグリン・ジョンズである。彼の言い分だと「ジョージ・マーティンの補佐のつもりだったのに、彼がいなくて(逃げた?)やらされた」ということらしい。しかも、当初のコンセプトが「ライブバンドとしてのビートルズにゲットバックする」というものだったのでそれに忠実に作ったのにメンバーがOKを出さなかった。結局、出来上がったのはゴテゴテの“サウンドオブウォール”作品だった。
しかし、実に50年経って彼の仕事、アルバム『ゲットバック』ver.1が日の目を見た!「LET IT BE」50周年記念盤のスーパーデラックスエディション(5CD+1BD)にそのままCD1枚で付属している。それにしても50年とは…