以下の内容はhttps://retroaudio.blog.jp/archives/2024-02.htmlより取得しました。


ブルース・スプリングスティーン(1949-)はご存じであろう。The BOSSの異名をもち、70年代の「Born to run」でブレークし、80年代の「Born in the U.S.A」でアメリカの国民的シンガーとなった大御所である。日本のアーティストにも多大な影響を与えている。
一方のリック・スプリングフィールド(1949-)はオーストラリア出身のロック歌手でアイドル的なルックスで人気があった。ただ、今となっては憶えている人も少ないのではないだろうか。80年代に確かにブレークしていたのだが…
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リック・スプリングフィールドに、「ブルース・スプリングスティーンに間違えられた」という内容の曲があったと思う。欧米人でも間違えるような名前なのだ。日本人が勘違いしても仕方が無いかも知れない。よく見れば全然違うのだが、紛らわしいのは間違いない。

スプリングスティーンの方は大物過ぎて何も言うことはない。(“ハングリーハート”が好き)
スプリングフィールドでは“Love Somebody”という曲が好きだ。(YouTubeで聴けます)が、今、検索すると織田裕二ばかりヒットする。(←この曲とて過去の曲)スプリングスティーンの方は、調べると1984年5月の曲だった。(1980年~85年あたりが、自分が洋楽をよく聞いていた時期)
この曲、キャッチーなロックンロールなのだが全米ビルボードチャートで最高位5位だそうだ。(大ヒットですな)
ただこの人、これが最高位というわけではなく全米No.1ヒットも持っている。“Jessie's Girl”(1981)という曲。この曲を含むアルバムが“Working Class Dog”
これである。
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このアルバム脂が乗り切った感があり、勢いがすごい。
Working Class Dog / Rick Springfield (1981 RCA)

01. Love Is Alright Tonite
02. Jessie's Girl
03. Hole In My Heart 
04. Carry Me Away
05. I've Done Everything For You
06. The Light Of Love 
07. Everybody's Girl
08. Daddy's Pearl
09. Red Hot & Blue Love
10. Inside Silvia

80年代前半は、産業ロックと揶揄されたバンド群と彼のようなシンガーがわっと出た時代。勢いだけとみなされがちだが今聞いても十分に聴ける。(エバーグリーンとまではいかないが…)
徐々に何度目かのブリティッシュ・インヴェイジョン(=ユーロビートブーム)が席巻し百花繚乱の様相を呈するのが80年代の音楽シーンである。
その頂点は1984年の英「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」(バンドエイド)と1985年の米「ウィ・アー・ザ・ワールド」(USA for Africa) という二つのチャリティだった。
ブルース・スプリングスティーンはUSA for Africaに参加していた。(あ、戻ってきた)

最初に断っておかなければならないが、ハードオフの商売を批判しているのではない。
中古品の販売店はできるだけ安く買って(仕入)少しでも高く売ることで利益を得るビジネスモデルである。サヤが大きければ大きいほど利益がでる。商売は売ってナンボではなく、利益を出してナンボである…

大分前にこの項で取り上げたバブルコンポ、SONY LBT-V925

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COMPOFFにて2,200円で購入したが、既報のとおりプリアンプの制動(アッテネータ)不良で爆音が出続ける、正真正銘のジャンクだった。
もともとパワーアンプ部分にのみに関心があり、起動テスト後、パワーアンプ部以外(CDプレーヤー、カセットデッキ、プリアンプ、チューナー、リモコン)をハードオフに売った。300円だった。
元々ジャンクだし、今はパワーアンプ無しの(=スピーカーを駆動できない)完全ジャンクである。値段が付いただけでも御の字と思っていた。

それからしばらく経ったある日、こちらが売ったLBT-V925に値札がついていた。
それがこちらである。
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ジャンク品ながら5,500円の値付け。
買取価格に文句を言うつもりはない。納得して売っている。また、その品物を店側がいくらで売ろうがそれも関係がない。いくらで売る(売れるか)は店側のリスクで本来のバリューと差があったとしても(そもそもバリューは相対的で人によって違う)その価格で売れるなら正当なバリューだったということになる。(実際、しばらくして品物を見かけなくなったので売れたのだろう)

ただ、少々思うところがあるのである。

ジャンク品は基本的にはノークレームノーリターンである。タグの記述に著しい過誤が無い限り(それでも無理かもしれない。以前の記事でも書いたがタグの表記はチェック時のもので、その後どう変化しても責任は取らないというのがハードオフのスタンスである)返品はできないであろう。

そしてこのタグの表現、
「※カセット再生しません。テスト時TAPE RECから同出力でFM聞けました。CD読みました。リモコン付き」である。
カセットは不可だが、他は再生可能かのような表現が並ぶ。でも、よく見るとそうは書いていない。この文章に間違いはない。嘘もない。ただ、パワーアンプ部が無いことに一切触れていないことには違和感を覚えた。

自分のテストの結果は以前「バブルコンポLBT-V925成績表」というタイトルでこのブログにあげた。
カセットデッキは動作不可だったが通電可能。よって入力出力は可能なのだろう。ただ、チューナーの音をカセットの入出力で確認する不自然さに気づかなければならない。(プリアンプがあるのに…)

CDは読み込んだ。これも事実である。しかし、再生は不可だったのだ。前のブログで記述の通りこのCDプレーヤーにはDAC(デジタル-アナログコンバーター)がなく、プリアンプに光出力することでプリアンプ側のDACでデコードする。もしかすると、光入力のあるアンプで再生可能かもしれないがテストはしなかった。すくなくともCDプレーヤー単独での使用は不可である。
リモコン付き。これも事実である。ただ、自分のテストでは使用不可だった。本体の問題かリモコン側の問題か切り分けることもやらなかったので実際どうだかはわからない。
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書いてあることは事実であるが、(そのままでは)使用できない。というのがこの製品の実態である。全部通電はしたのでなんとかできる人にはできるかもしれないが…。
それに5,500円の値付けをするかなあ。というのが正直な気持ちである。ただ、これは中身を知っている商品だから思うこと。店頭にあるほかのジャンク品も似たようなものだということを肝に銘じておかなければならない。

ハードオフでジャンクを買う時、リスクはつきものである。が、タグの記述を吟味し慎重にかつ納得いく価格で買おう。(そもそもジャンクなんか買うなよ。の声が聞こえる…)


90年代SANSUIがまだまともにアンプを作っていた頃。AU-α607MOS PREMIUMというアンプを発売した。1991年のことだった。
607シリーズの発売15周年記念の出力素子にMOS-FETを使った限定モデルで138,000円だった。同時期のAU-α607DRが87,000円だったのでざっと50,000円アップである。
このイメージが自分のMOS-FET信仰の原点である。音を聴いたわけでもないのにMOS-FETは特別(高級)だと思い込んでしまった。
全然わかっていないのである。FETとバイポーラトランジスタの違いも判らないのにMOS-FETを特別視してしまうのはそのモデルによって植え付けられた単なるイメージである。

ちなみにSANSUIのMOS-FET(旧型)モデルは
AU-α607MOS PREMIUM
AU-α607MOS Limited
AU-α907i MOS LIMITED
AU-α907Limited
AU-X111
AU-X1111 MOS VINTAGE
B-2102 MOS VINTAGE
B-2103 MOS VINTAGE
B-2105 MOS VINTAGE

これだけあるらしい。ただ機種名を見てわかるようにそれぞれ特別モデルや限定モデルだったようだ。SANSUIが通常使っていた出力素子はバイポーラ型のLAPTと呼ばれるもので十分に高音質の評価を得ていた。
90年代半ばには旧型MOS-FETは枯渇するといわれ(旧型の事だったのね)AU-α607MOS Limited(1999)の頃には最後のMOS-FETモデルといった扱いだった。

現在(2000年以降)でもMOS-FETという呼称の素子は存在するが、SANSUIがこだわった旧型とは同じ名前で別のものということらしい。音の傾向がまるで違うらしい。(HITACHIのPowerMOSは旧型。現在DENONが使っているUHC-MOSは新型MOS-FETに属する素子)

なぜ今、そんな話をしているかというと、先日買ったVictor SS-A300がMOS-FETを使用している可能性があるからだ。

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この情報化時代にこれほど情報が無い機種も珍しいが、ヤフオクの出品情報によるとMOS-FETと書かれているものがあった。(確度は低いですが)1986年製(これもヤフオク情報)ということであれば旧型MOS-FETの可能性は十分にあるということだ。

一般的にバイポーラはパワー感があるが、繊細感が乏しいと言われており、旧型MOS-FETはその逆と言われている。特に旧型MOS-FETは高音域が繊細で透明感があり、ウォームな音(ホンマかいな)だそうである。曖昧な感性的な言い回しで本当のところよくわからないが、好きな人は好きということなのだろう。(そんなに際立って違うのだろうか?)

実は自分は確実に旧型MOS-FETの音を聴いている。
以前使っていたLo-DのパワーアンプHMA-4580はHITACHI独自のPowerMOS=HS8401A HS8402A (2SK134 2SJ49 相当)を搭載していた。好ましい、よい音だったが際立った違いを感じていたかというとそんな感じではなかった。(駄耳ゆえ)

今回意識して聞いてみると…
やはり、パワーが勝つ気がする。(駄耳ゆえ?)

今まで使っていたN220との比較では明らかに音の粒立ち感が上がったのだが、CM-1との組み合わせでは低域の量も増えパワーが増した感じの方が強い。(PA用だから?)ウーファーを力強くドライブする感じである。
繊細で高域がきれいという感じはさほどしないが(旧型MOS-FETかどうかはともかく)N220よりは好ましい感じである。
問題はファンの音ということになる。(前回記事参照)
一説によると、PA用アンプは家庭内での使用ではほとんどファンが必要がない程度しか発熱しないようで、ファンを止めてしまっても良い、とのこと。(実際2時間程度使用しても排気が熱くなったりしない)ただ、それは流石にまずい気もするので最新の静音ファンに交換すればなんとかなるであろうか?
試す価値はあるような気がしている。

Victor SS-A300を買った
ジャンクで4,400円音は出ると書かれていた。同時に同じ機種の音が出ないという個体が2,200円で売られていた。
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見辛いが下のアンプが2,200円

両方通電台で確認したが、2,200円の方も通電し電源ランプは点灯し、空冷ファンが回っていることを確認した。ただ、はっきり音が出ないとと書かれている。アンプで音が出ないは致命傷なので回避した。
重量が20kg近くあるのは持った瞬間わかったので、酔狂で持って帰れる重さではない。


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あまりに情報がないパワーアンプ。入力端子からしてプロ用のPAアンプだと思われる。(vossがその証?)

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左右が完全分離のディスクリート型(こちらはL側)
ビクターのA300という型式で検索するとPA-A300という機種がヒットするが、もちろん違う機種である。
このSS-A300は年代も不明のアンプである。スピーカー端子が極太対応になっていない点から90年代前半以前の機種ではないかと想像している。(ヤフオクに出品されている商品の説明によれば1986年製らしい)裏面の銘板にはJVCのロゴがあり、海外向けだったのかとも妄想している。
PA用(想像)なので相当パワーがありそう。前述の銘板に480Wの文字がある。(電気代が恐ろしい)

電源を入れてすぐ気づくが、空冷ファンが爆音である。店頭ではさほど気にならなかったが、やはりPA用途なのだろう。家庭用としては問題である。部屋の隅に設置したが空冷ファン全開のPCがすぐ横に置いてあるぐらいの音がする。音量を上げれば気にならなくなるが、もともと寝室のニア視聴用である。どうしたもんだろう。
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天板にはキズが…

パワはーに余裕があるからか、B&W CM1は難なく鳴らし、特に低域が充実した感じがある。
ヴォリュームを相当上げても大丈夫な感じ(安心感)がある。
勢いがある良い音を鳴らす。

これでファンがもう少し静かなら…

買った後で調べてみると、PA用途のアンプにはファンレスのものもあるらしい。例えば超有名サイトの「オーディオの足跡」に掲載されてる型式の近い機種SS-A160はファンレスである。
ファンレスでないと家庭用とでは使いにくいのかもしれない。

PA用アンプを別室に置いて運用している人もいるらしい。(それほどうるさい)

どうしたもんだろう。

丙午(ひのえうま)がやってくる。(今回はnot audioです)

日本の人口統計(ピラミッド)をみると団塊ジュニアの山(1972~1974生まれ)の後、人口が減少に転じ、その後一度も増加していないのがはっきりわかる。2000年代頭まで政府は団塊ジュニア・ジュニアの山ができると楽観視していた感があり、ろくな少子化対策を打たなかった。

団塊ジュニアは数が多いだけではなく、就職のタイミングでバブル崩壊後の不況が直撃し、能力があってもまともな就職ができないようなひどい目に遭った世代である。フリーターなる言葉が生まれたのもその時代ではないか。将来が楽観できず、子供を作るどころか結婚さえままならないという人が多数生まれた時代である。(ロスジェネといわれている)
彼らの父親世代=団塊の世代はそれ以上に人数は多かったが日本は高度経済成長期、すべての国民の生活水準が上がっていく中で、苦労はした(人が多く競争は相当激しかったと聞く)だろうが仕事がないということはなかったのではないだろうか?

さて、この人口ピラミッド、人口が減り始める以前にある年だけ極端に少ないのがわかるだろうか。
その年ははっきりしている。1966年(昭和41年)である。
こどもが生まれなかった理由もはっきりしている。
「丙午(ひのえうま)」だったから である。

丙午とは?
十二支はご存じの通り 子・丑・寅・辰・卯・巳・午・未・申・酉・戌・亥 の12。
干支は甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸 の10あり十二支との組み合わせで甲辰(きのえたつ2024年)などと表記する。この組み合わせは60通り(10と12の最小公倍数)ある。(十二支は5回、干支は6回で60)
還暦とはこの60年で一回りする暦法が1回転し元に戻る=生まれかわることを意味している。赤いちゃんちゃんこを着るのはもう一度赤ちゃんになるという意味あいである。(60年で一サイクル終わる)
自分の十二支は把握していても60干支を知る人は少ないかもしれない。まあ知らなくても、日常生活で困ることはない。

この60年に一回の丙午(ひのえうま)が前回、1966年だったということだ。ちなみに自分の生まれ年1965年は乙巳(きのとみ)である。
ではなぜ、人口が減るような(すなわち子供が生まれないような)ことが起こったのか?

以下Wikipediaから引用

丙午
陰陽五行説によれば、丙も午もともに剛強なる陽であって火の性格をもち、中国ではその年は火災が多いなどといわれていた。

それが日本では、八百屋お七が丙午の年(1666年)生まれたという風説があったところから、丙午の年に生まれた女性は気性が激しく、夫の運勢を圧倒して連れ合いを短命にするという俗信に変化した。(中略)迷信俗説に類するものであるが、日本では丙午年の出産が避けられて、新生児の数が他の干支の年よりも少なかった。この迷信は戦後になっても残り、1966年の出生数は、前年比で45万人減少した136万人だった。その反動もあり、翌年の丁未の年は新生児の数が例年よりおよそ57万人増え、193万人となった。(後略)

引用以上

全くの迷信の類であるが、自分も「丙午生まれの女は男を食い殺す」みたいな話をきいたことがあった。主に女性が対象だが男女の産み分けは不可能なので出産自体を回避した。
まさに自分の親世代が出産していた時代だったので、信じていたのか聞いたことがあった。「もちろん信じてはいないが忌避できるならした方がよい」くらいの気持ちだったとの返答だったと思う。「それは信じてるってことやん」と思ったがそんな気分が蔓延していたのだろう。多くの人が出産を忌避したのである。意図的であったことは翌年67年の出生数が66年に減った分を上回っていることでわかる。そう、明らかに「丙午」のせいだったのだ。

驚くのは減ったといっても現在の出生数よりはるかに多かったということだ。(136万人)
現在の出生数は80万人を割り込んでいる。国の存続にかかわる大問題である。政府の無策は悔やんでも悔やみきれない。

さて。あれから60年。
丙午がやってくる。2026年の午年が「丙午」にあたる。

流石に21世紀の現在、そんな迷信信じる人はいないだろうと思っていたら、衝撃的な記事をみつけた。
読売新聞オンラインのWeb記事(2023/04/06 06:00)に
「丙午」の迷信、若者は気にする? …迫る3年後、「女性の気性激しい」前回は出生数激減」
というタイトルの記事があり、
現代の女子大生が卒論で「丙午の結婚・出産」を取り上げたことが載っていた。
彼女の調査によると、1966年生まれの女性への調査では色々まわりからの中傷はあったようだが「(丙午に)結婚や出産を避けるべきだ」と考えるの人は1%だったそうである。丙午の出産に否定的ではないということである。まあ、「否定的にとらえると自分自身を否定することになる」ということを差し引いても低い数字だと思う。実感としてたいして実害はないということなのだろう。

一方現役世代(これから子供を産む人たち)への調査では、37%の女性は丙午の出産を「気にする(避けたい)」と答えた。というのである。実に40%近い人が忌避したいと考えており、これが全体の傾向だとすれば、確実に出生率は下がるということになる。
この調査に協力した人が全員、出産に絡むわけではないが半数としても20%は出生率が下がるということである。80万人の20%減は64万人ということになる。単年度だけと言っても絶望的な数字である。内需型の経済が維持できなくなる日も現実味を帯びてくる。

迷信だと笑い飛ばしていても、いざ自分の子供となると少しの憂いも持ちたくない。親心がそうさせる。と考えると深い愛情を感じる。ただ、これはやはり迷信(もしくは占い的なもの)なのである

最後にWikipediaの記事に出てきた「八百屋お七」の話をしよう。
お七が丙午生まれだとしても彼女が「連れ合いを短命にするという」ことは無かった。なにしろ彼女は16歳で火あぶりの刑で処刑されている。(結婚もしていない)なぜ彼女は処刑されるような恐ろしい罪を犯したのか…?
彼女は実家が火事にあい消失し、一時、寺に身を寄せていたのだが、その時、寺の小姓に恋をした。その後、実家は再建され家に戻ったが、小姓への思いは募るばかり…
考え方が幼い彼女はもう一度火事になればその人を会えると思い、実家に火をつけた。
火をつけたものの大事に至らずボヤで済んだのだが、江戸時代「火付け」は重罪である。結局彼女は処刑されてしまった。というお話である。
実際火をつけてしまう激しさはあるのかも知れないが、幼い愛情の発露である。丙午生まれゆえの恐ろしい犯罪ということではないのである。
なぜ、この話が「丙午生まれの女性は恐ろしい」になってしまうのか。全く理解不能である。

これほど流布した噂話は無いのかもしれない。今回(2026年)も出生率は下がってしまうのかもしれない。その絶望的な数字をみて、その翌年には増加に転じるような社会になって欲しいと思っている。(産んだ子供に対してお金を渡すのではなく、社会全体で子供を守る”社会づくり”が必要だったと思っている)




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