KANが亡くなった。61歳だった。早すぎる…
KANは自分より少しお兄さんで、がっつりディスコ世代という感じがする。
自身のアルバムにもディスコチューンを入れていたが、自分は次の三曲をディスコ三部作と呼んでいた。(自分は90年代までのリスナーだったので、期間が限定されている)
「孔雀」(アルバム『TOKYO MAN』)
「甘海老」(アルバム『弱い男の固い意志』)
「DISCO 80's」(アルバム『MAN』)
なかでも「DISCO 80's」はディスコそのものを扱ったディスコチューンで、名門ディスコの名前がいくつも折り込まれている。が、全然知らなかった。同時代に生きてはいたが全く縁が無かったのだ。自分が住んでいた地方都市にも「マハラジャ」はあったが、やはり縁遠かった…
六本木の巨大ディスコ「ベルファーレ」ができたのは1994年である。実にバブル崩壊後のオープンだった。(閉店は2007年)日本人は景気の減速は一時的なものととらえていたきらいがある。しかし結果から見ると二度と浮揚することはなかった。後に「失われた十年」と言われたが、実際は失われっぱなしで20年以上経っている。
80年代後半、日本は世界第二位の経済大国であった。ただ、現在40歳以下の人にはそんな意識はないであろう。それは過去の栄光というか、もはや教科書の上の歴史である。ひどい目に遭い続けた彼らには日本がそんな国だったとはとても思えないだろう。
脱線した…
KANのこの三曲はボーカルにエフェクトをかけたり若干ふざけた感じだが、実はかなりの名曲である。しっかり作ってあり、KANのPOPセンスが光る名曲たちである。
洋楽のパクリ…もといリスペクトが随所にあり、それでも完全にKANの楽曲になっている。広く多くにお勧めするという感じではなく、判る人だけわかればいいという感じでお勧めしたいのがKANである。
ここではほとんどの人が知っているであろう「愛は勝つ」は想定していない。
楽曲リリースから時間差でテレビのバラエティ番組で使用され、レコード大賞まで取ったこの曲は、そりゃあ代表曲なんでしょうが、それだけ繰り返し流されるというのは本意ではない気がする。その時代のTVパワーの凄さを思い知るが、それだけである。
別に「愛は勝つ」だダメな曲だとか嫌いと言っているわけではない。初めて聞いたときには「キャッチーな曲だな」とも思ったし、アルバム『野球選手が夢だった』の冒頭にふさわしい曲だとは思った。ただ、名曲だがそれしか語られないというのはいかがなものかと思う。
当時を思い出すと、片想いの応援曲というより、不倫の応援曲というニュアンスで語られていたような気もする。現代語に翻訳したら「愛しか勝たん」という感じか。
とりとめのない記事になっていることをお許しください。
KANの喪失にそれなりに衝撃をうけているのです。
早すぎるゼ!KANさん!
早すぎるゼ!KANさん!










