普通に走行しているとスピードメーターのディスプレイに制限速度を表示する。(カメラで標識を見ているのだ)それで車速をコントロールされることは無いが、もちろん、やろうと思えばできる。
サイドミラーには斜め後ろの死角から接近する車の存在をしらせるインジケーターが組み込まれている。


この夏 「ハマった」リーガルドラマ2選(今回はノット・オーディオです)
TBSの金曜10時台のドラマ「石子と羽男」が面白い。
単純なリーガルドラマではない。完全無欠ではない弁護士のキャラクター造形とそれを演技する中村倫也が非常に上手い。有村架純もただのカワイ子ちゃんを完全に脱し、複雑な人物を見事に演じ切っている。(それでいて可愛い)
ストーリーもひとひねりあって面白い、徐々に深まる登場人物の関係も見逃せない感じである。それなのになぜにこんなに視聴率が低いのか理解に苦しむ。(おいでやす小田のせい?)
リーガルドラマとすれば、法廷のシーンが少ないところが気にはなるが、これからも見守っていきたいドラマである。
それ以上にハマったのが韓国ドラマの「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」(NETFLIX)だった。
主役の女性弁護士は自閉症スペクトラムという障がいを持った人物。
障がい者であるが故の生きづらさや周囲との軋轢を正面から描きながら、一級のエンターテインメントに仕立て上げる手腕は相当のものである。(韓国ドラマの地力はこういう作品に表れる)
タイトル(画面キャプチャ)
自閉症スペクトラムをドラマで扱うと、中居正広が演じたATARUのように「サヴァン症候群の天才」のような扱い方になりがちである。ウ・ヨンウはある意味天才的なひらめきや、記憶力を発揮する場面はあるにせよ、天才ではなく、(日本版のタイトルもなんだかなあ、と思う。原題は「変わった弁護士ウ・ヨンウ」といったニュアンスらしい)彼女一人で問題を解決できるわけではない。新人弁護士としてメンターたる先輩弁護士に相談し、同期の弁護士たちと議論しながら道をさがしていく。この辺りの周りのキャラクター造形が秀逸。
同期の女性弁護士のチェ・スヨンはロースクールでも同期でいつも成績がトップのヨンウに対して複雑な感情を抱いていた。障がいゆえの自分勝手ともいえるヨンウの行動にも「だって、ほっとけないじゃない」と手を差し伸べる。ヨンウも彼女のことを「春の日差しのようなひと」と評するようになる。
ウ・ヨンウには高校時代からの親友がいる。障がいゆえに、いわれのないいじめをを受けていたヨンウをクラスで浮きまくっていたトン・グラミが大暴れをして救い、以来二人は親友となる。この二人の独自の挨拶はこのドラマのハイライトのひとつである。
第三話は同じ障がいを持った被告人を弁護する話だった、健常者の兄を殺害した罪(傷害致死)で起訴されたもので(実際は殺害の意図は無くむしろ助けようとしていたが、障がいゆえにそれを主張することができなかった)ハンバダ弁護団は障がい者ゆえに責任能力がないという方向で進めようとしたが、弁護団にヨンウがいることで検察は「同じ障がいを持った弁護士がいるのに、責任能力が無いといえるのか?だとしたら同じ障がいを持った弁護士も弁護などできないのではないか」と主張し執拗に攻撃した。
事件自体はヨンウが発見した証拠(被告の兄は自殺しようとしていた)によって被告人に殺害の意図が無いことが証明されるのだが、クライアントから「ヨンウをはずしてほしい」という要望を受けそうせざるを得なかった…
この回のモノローグでヨンウが語った事実。
80年前のドイツ、今でも「アスペルガー症候群」に名を遺すハンス・アスペルガーは自閉症状の人が「正常でないからといって、劣っているわけではない。独創的な思考と経験で驚くべき成果を上げうる」と評価しながらも、ナチスの協力者として
「生きる価値のない子どもを選別していました」
ナチスがいう生きる価値のない子どもとは
「障害者 不治の病の患者 精神疾患者などでした」
「わずか80年前 自閉症は生きる価値のない病気でした」
「わずか80年前 私とジョンフンさん(今回の被告)は生きる価値のない人間でした」
「今でも数百人の人々が『障害者じゃなく医大生(今回の被害者・被告の兄)が死んだのは国家的損失』というコメントに“いいね”を押します」
「これがこの障害の重さです」
優生思想で排斥の対象になったのはユダヤ人だけではなかった。障がいをを持った人も「生きる価値がない」として排斥された。
非常に重たい事実。そしてそれは現在でも大きくは変わらないのだというメッセージ。
このドラマは全体としては完全にエンターテイメントだが、正面から障がいを扱うとはこういうことだと思い知らされた。
全16話を見終わって、ロスを感じる。彼女(達)の物語の続きを見たい。シーズン2に含みを持たせた終わり方だった。が、イ・ジュノ役のカン・テオが兵役に行くようなので、すぐにはできないであろう。(このドラマはジュノなしでは成立しない)制作側も2024年にはと言っているようなので気長に待ちたい。
KZ ZEX PROはひとことで言えば、以前この稿でも取り上げたZEX(1DD+1EST)の機能追加版。
違いは高域を担当するユニットがEST一発から、使い慣れたBA(30095)を追加した1DD+1EST+1BAモデルである。ドライブが増えているので筐体デザインも完全に変更されている。はたして同じ名前で出す必要があったのか疑問だが、販売戦略もあったのだろう。
そして何が「曰く付き」なのかというと…
①当初KZ ZEX PROという名称で売っていたが、途中からKZ x Crinacle CRN (ZEX Pro)という名前に変わった。Crinacleという人物とのコラボモデルということになった。そうなった経緯が不明確だった。
②当初のレビューでは、追加されたBAの質が高くなく、チューニングにも難があるというものだった。高域が刺さるというような評価が多かったようだ。
③その後、海外ユーザーからF特値からBAもESTも機能していないのではないかという疑問が提起され、実際に調査した人が現れ、果ては分解して各ドライバから音が出ていないことを確認したと称する人物が現れた。(ESTとBAの前に大きな抵抗がついているらしい)
同時期に発売されたKZ DQ6Sに製造上の問題があり、KZもそれを認めたため、製造上の問題がある可能性は払しょくできない状況だった。
日本に限って言えば昨年のNRA騒動でアンチKZになった人も少なからずいるので逆風が吹いていたともいえる。
そうして、品質はどうあれ、国内の多くのレビュアーが、嫌気が差して黙殺するような事態になった。
オリジナルではないケーブル(KZだが以前のもの)が付いていた
そんな曰く付きのイヤホンを今さら購入した。(PayPsyフリマ2000円の15%オフ=1700円)
早々に上記の様な騒動になったため普通に買えないような状態になったのかもしれない。KZはZEX PROの設計上の問題を認めていないので、普通に売っているはずだが、現在価格がやや高騰している。当初3000円以下で売っていた商品だが、現在4000円台の価格になっている。不人気で製造をしていないのかもしれない。(後継モデルがでているということもある)
自分はZEXをあまり評価していない。ドンシャリのドンの部分が強すぎて、中高音域がスポイルされているように感じるからだ。これに中高音域がプラスされればバランスが取れるのではないかと思っていた。
実際に聴いてみるとZEXと異なる傾向だということがわかる。低音の量感は減ってはおらずドンシャリはドンシャリなのだが、低域がうるさくなく、全体的によりフラットな感じで聴きやすくなっている。ただ、ZEXより圧倒的に良いかと言われればそうでもない。
音の拡がりがもう一つで定位感があまり良くない。まあ、それは瑕疵と言えるものではなく、全体としては普通に聴ける常用型のイヤホンという感じである。
ZEXとZEX PROの関係性はかつてのZSNとZSN PROぐらいかけ離れた性格の機種であるということはわかった。(この二機種も併売していた)
同時にFinalのE-3000聴いてみたが、こちらの方が断然よかった。ボーカルに艶があると感じる。チューニング次第で1DDでも十分戦えると思った。
ここしばらくの動きを見ていると、KZも多ドラ戦略を見直しているようにも見える。最近のKZは低価格帯のみならず中価格帯でも1DDモデルを投入している。そして結構評判が良い。やはり、チューニング次第なのであろう。
多ドラは販売戦略上必要なだけだったのかもしれない。1DD+7BAとかいうモデルはクロスオーバー周波数をどうするかとか、どうやってデバイドするかとか設計が難しいともわれるが、素質の良いDDがあればチューニングで追い込んで、よい音のイヤホンを製造可能だと思う。ちなみにKZ DQ6Sは多ドラだが3DDである。
行き着くところまで行ったところで、原点に回帰しているようにも見える。KZの技術が成熟して1DDでも良いイヤホンが作れるようになったという見方もできるかもしれない。