以下の内容はhttps://retroaudio.blog.jp/archives/2021-12.htmlより取得しました。


この2021年11月末をもってDoCoMoのi-modeが終息したそうである。1999年に開始されて以来20余年、よくまあ続いていたものだとの思いが強い。

自分の事を言えば、i-mode初号機(の内のひとつ)、デジタルムーバF501iHYPER(富士通製)を使用していた。i-mode開設のその日に使用開始し、アルファベット4文字のメールアドレスを登録できた。(〇〇〇〇@docomo.ne.jp、早いもの勝ちだった)おかげで往時は迷惑メールが死ぬほど来たが…
開設当時、携帯電話でのデータ通信は限られたものでメールの送信やチャット、インターネットのブラウジングができたが、表示リソースの乏しさから、事実上i-mode専用ページしか見られなかった。一部i-アプリというものがあり、ゲームなどの専用アプリがあった。それでもパケットを使ったデータ通信は増大し、パケホーダイプランができるまで、「パケ死」者が続出した。(常時接続など夢のまた夢)
この後スマホの時代になるまで携帯によるデータ通信は独自の進化発展をしていくことになる。
 
これを遡ること1年、自分が最初に買った携帯はやはりDoCoMo(当時キャリアで携帯を買うのが当たり前)のP206HYPERという機種だった。型式のPはメーカーを表し、松下電器製だった。当時、小ささが自慢でツーフィンガー(指二本分)ということをCMで強調していた。この少し前の機種からバイブ機能が搭載されて、それが売りという機種もあった。(信じられない!でしょ)
本体が小さいということは液晶画面も小さいということだが、そもそも電話番号くらいしか表示しないので問題はなかった。バックライト付きだがすぐ消える。白黒2値の液晶だった。(i-mode以降は様子が変わってくる)
当然のようにビヨーンと伸ばすアンテナがあり(実際に伸ばした方が感度が良かったかどうかは覚えていない。どういった仕組みかわからないがアンテナの先端のライトが点滅するといったアクセサリーがあった)小ささゆえにストラップは必須だった。

2機種目は前述のi-mode携帯F501i。オレンジ色のバックライトがかっこよく、グッドデザイン賞受賞モデルだったが、性能が今一つ(液晶の小ささなどリソースが足りていなかった)※下記追記参照(あえての事だったようです)で不人気モデルだった。

※追記 2022年1月11日 X年後の関係者たち あのムーブメントの舞台裏(BS-TBS)で「iモード」の回を放送していた。関係者として榎啓一と夏野剛、栗田穣崇が登場していた。曰く…
・インターネットに携帯電話を接続するというのは当時画期的で、世界の誰もどうビジネスにできるのかわからなかった。iモードの意義はそれをビジネスモデルとして確立したこと。
・携帯のデザインはあくまで携帯と見えるようにあえて液晶画面を小さくした。(技術的にはスマホのような全面液晶も可能だった)あくまで携帯の付加サービスであるとユーザーに認識させたかった。
スマホの概念はまだ無かったのだ。 追記終わり

早々に買い換えたが、次のモデルは当時高根の花だったNECの二つ折りタイプの系譜だが、だいぶ特殊な個体であるN281i。知る人ぞ知るスーパードッチーモである。

IMG_2168 - Edited
写真の通りモノクロ(グレースケールだったかも)液晶
このふざけた名前は携帯とPHSの両方を1つの機種で扱える、すなわち携帯で待ち受けしてPHSで発信ということができるということだ。どっちも使えるで「ドッチーモ」である。当時仕事でも携帯を使っていたが、信じられないことに携帯料金は個人負担だった。(月額基本料金程度の補助は出ていたと思うが…)通信費を抑えるための苦肉の策がドッチーモの使用だった。
ここでPHSの説明をせねばなるまい。もうなくなって久しいが、移動体通信には通常の携帯電話(PDC)とPHS(personal handy-phone system)があった。PHSは家庭内電話の子機を外に持ち出したようなイメージで、使用されるものであった。その特性から基地局がカバーするエリアが数百メートルと狭く、車などの移動体では基地局が順次切り替わっていく。最悪は切れるという現象が起こった。料金は一般の電話並み(3分10円程度)で利用できた。
ただ、この個体、当時人気のNECの二つ折りタイプだったが、「売れた」という話は聞かない。中途半端な仕様が良くなかったのだろう。
ちなみにこのN281iは自分的には気に入っていたのだが、2004年?の正月周りの際に落として紛失した。携帯が無いと都合が悪いので正月からやっていたdocomoショップですぐ買える機種を購入した。それがソニー・エリクソン製のSO505iだった。(N281iは雪解け後の3月ごろに拾って警察に届けていただき、手元に戻ってきたが、車に踏まれたらしく、完全に折れており当然だが使用できなかった。それでもどこで、どうやって紛失したかがはっきりわかってよかったと思っている。当時の携帯は無くなって困るのは電話番号帳くらいで大事なデータなど入っていなかった)
IMG20211211181447 - Edited
SO505iはまだmova機で第三世代のFOMAにはなっていない。特徴的な180度画面回転モデルで、液晶部分とダイヤル部分が別になっている。(回転させるとダイヤル部分が現れる)主要な機能は回転させずとも使用できた。当時SONYがいろいろな機器に展開していたジョグダイヤルが採用され、それだけでいろいろな機能を使いこなせた。
難点はその厚さで薄型携帯が2台重なっているぐらいの厚みがあった。
写メールという機能を最初に付けたのはau(旧セルラー、IDO)系だったと思うが、あくまで携帯の機能のひとつだった。このSO505iには130万画素(メガピクセル)のCCDが搭載され、「デジカメとして使える」(もちろん本格デジカメとはレンズや画像エンジンが違うので同等というわけにはいかなかったが)人気モデルとなった。
メモリーカードもSONYらしくメモリースティックDuoを採用。独自規格満載だが不思議と不便を感じなかった。(メモリースティックのシェアもそこそこあった?)
懐かしい機能としては内蔵i-アプリにSO-ポストペットというのがあった。(どれほどの人が憶えている?)ペットの犬がメールを届けてくれるというあれである。SONYが展開していたSo-netの機能で、実用性はともかくメールを身近にしたツールとして特筆すべきものである。この携帯に搭載されたものは期間限定版でメールは届けてくれるが、持って行ってはくれなくなった。

FOMA(3G)時代

当時もバッチリ2年縛りはあっただろうが、docomoからdocomoへの機種変更なので気にしたことはなかった。(それを気にするようになるのはスマホ時代以降である)
さしたる理由も無く(電池が持たなくなったわけでも、不具合が出たわけでもなく)、機種変更を行った。いよいよ第三世代FOMAモデルである。

D902iは三菱電機製。Dは三菱=スリーDIAのD(DIATONEのDと同じ)
IMG20211211181548 - Edited
D902iはスライドモデル。バネ式で本体横のボタンを押すと、勢いよくスライドした。ひとつ前のD901iはバネなしの手動スライド式だったが、造りはそちらの方がしっかりしていた。(液晶をスライドさせてダイヤルを出現させる)液晶をいかに大きくするかが当時の携帯の大きなテーマだったが、それによる本体の大型化をさけるため各社あの手この手の工夫を行っていた(ソニエリの回転式もその一つ)
D902iもスライドなしでほとんどの機能が使えた。スライドする必要があるのはメールを打つ時と、新規の通話先に電話を掛けるときぐらいだった。
この機種は気に入ってというか、さしたる問題は無く、長い間使ったと思う。ちなみにカメラの画素数は200万画素、メモリーカードはminiSDである。(マイクロじゃないよ!)
次に買ったのはいよいよスマホである。

docomo最初のスマホ

docomoが最初に販売したスマホがこれである。スマートフォンとしてはappleのiPhone3G(2008)が国内発売されていたがソフトバンクが独占販売していた。(auが扱うようになるのは2011の4Sから、docomoは2013年後半の5Sからの取り扱い)国内最大のキャリアであるdocomoもこれを看過できず、Android搭載スマホの販売に乗り出した。台湾のHTC製HTC Magicをdocomo用にカスタマイズしdocomo PRO series HT-03Aという機種名で売り出した。日本で初めてAndroidを搭載したスマートホンだった。(2009)
IMG20211211181328 - Edited

スマホなのでタッチパネル式の3.2インチ液晶を持っているが、液晶下部にトラックボールを装備しこれでも操作できた。バッテリーがバッテリーパック交換式でそれまでの携帯との過渡期の製品というのがよくわかる。そのくせ接続ケーブルは独自式で専用の物を使用しなければならない。
背面パネルにwith Googleの文字があり、docomoは「ケータイするGoogle」のコピーで広告を打っていた。Androidのバージョンも1.5と低く、画面サイズも小さめ、搭載バッテリー容量も小さめとスマホとしての機能は十分ではなかった。iPhone3Gからは大きく見劣りする仕様だった。
基本性能は低かったが、スマホである。中身はコンピュータなのでいろいろ遊べた。OSをジェイルブレークして改変したり、入れられないアプリを無理やり入れたり。おもちゃとしては楽しめた。それ用のツールもかなりの数出ていたと思う。(さすがdocomoの機種、相当数売ったのだろう)

スマホの時代

次に買った機種は韓国LG社製 docomo のOptimus chat L-04Cだった。(2011)

IMG_2170 - Edited
ギミック好きとしてはスライドしてQWERTYのフルキーボードが出現するというのが気に入っていた。機種価格もほとんど無料だったような気もする。(無料どころか1年間毎月500円くらいお金がもらえたような気もする)当然タッチパネルでも使用できたが、画面は小さかった(3.2インチ)。エントリーモデルということで性能が低く不人気だった。
同じ韓国製ではSamsongのGalaxy Sシリーズが人気で、2013年にまだiPhoneを取り扱えなかったdocomoが「ツートップ戦略」を打ち出した際にXperia Aとともに選んだのがGalaxy S4だった。
当時、docomoのプランで格安の月1,000円程度の基本料金だけで運用していた。データは使った分だけの従量制だが、wifi活用で限りなく低く抑えていた。(スマホなのに当時はそんなプランを選択できた)その話を他の人にしたら、「信じられない」とあきれられた。そりゃそうだ。スマホの意味がない。


携帯キャリアを乗り換える

2010年代キャリアを移動すると法外なインセンティブがもらえる時代が到来していた。機種変のたびにキャリアを乗り換え、家族で20万円近いお金を手に入れるような強者も出ていた。そんな中でもdocomoはシェアトップの驕りからか既存ユーザーに手厚くなかった。長年(20年近く)、docomoを使用してきたが、メリットが感じられなくなっていた。(その後、長年利用者割引制度ができたが、もう遅い。ユーザーの流出が始まっていた)
家族内でもキャリアがバラバラでも良いという風潮になり、キャリアを換えることにした。
docomo20年の間に貯めたdocomポイントは数千円の電気ポット(TIGER わく子さん←現在も使用中)になった。

iPhone時代到来

1990年代中葉からAppleユーザーである。Macintosh ClassicからPower Macintosh、iMac、PawerMac G3、G4、G5、と使い続けMacBooK Proを現在使用中である。
そんな私が満を持してiPhoneを使うようになったのは、キャリアの変更と無関係ではない。
2016年頃だと思うが、docomoを転出してYmobileに転入した。当時のプランで3GBまで2900円+機種代(iPhone5s32GB)が1000円程度だった。合計3900円程度の月額使用料だった。ただこれも転入割みたいなものがあり、2年間だけの価格であり、3年目以降は基本料金が1000円上がる。(その代わり機種代がなくなるので支払額は変わらない)
現在でもあるが、広告で最安値を提示しながら様々な条件をつけたり、期間限定だったりするのは詐欺的だと感じてしまう自分はウブいのだろうか?

機種代を払い終わったタイミングで(当然契約月で)Ymobileを転出した。
サブブランドとはいえ格安系のYmobileを転出してどこに行くのか。ふたたび家族会議がもたれ、さらなる格安mineoへの転入が決まった。mineoのau simを使用している。(確か3GBで1800円ぐらいのプラン)
この辺りのMVNOは通信品質や通信速度の面でやや心配なのだが、地方在住者にとってはそれほど影響がなかった。(昼時間や夕方に多少の速度低下は感じるが)2018年頃の話だ。
2020年から2021年にかけ政府の肝いり(これは愚策だと思う。政府が介入する話ではない。自由競争に任せればよいのだ)で大手キャリアの値下げの動きが加速した時、mineoの価格はさらに下落した。(5GBのプランで1500円ちょっと)翌月まで繰り越せるので、ほぼほぼ月初10GB満々でスタートすることも多い。使いきれない分は翌月末に消失してしまうが、mineoには不特定多数のユーザーが自由に出し入れできるフリータンクという仕組みがあり、消失するぐらいならそちらに移し替えて誰かに使ってもらう。もしくは、知り合いにパケットギフトで送るという手がある。このギフトは期限内に受け取りさえすれば、翌月いっぱい消失することはない。極端な話、月末消失分を他人に送付し、月をまたいで返してもらえば消失を免れることができる。(セコッ)

iPhone5Sはシムフリー版も存在していたが、Apple storeでまともな価格で購入したか、海外から持ち込んだものに限られた。自分のiPhone5Sも当然Ymobile版でそれ以外のsimを使うことはできなかった。が、この頃になると中古市場に潤沢かつ安価に出回るようになっており、(iPhone5Sに限っていえばデビューから5年近く経過していた)サイズ感が最もバランスが取れているということで好んで使っていた。iPhone5S→iPhone SE(第一世代中身はPhone6と同等)と使ってきたが、2021年iPhoneSEの不調を機にmineoで機種変更を行い、iPhone8(simフリー版・未使用新古品)を購入し2年間機種代金を払うターンに入っている。
iPhone5Sがベストサイズと思っていたが、iPhone8を使うにつけこちらの方がしっくりくるようになってきた。会社の貸与スマホはiPhoneSE(第二世代)なので同じサイズである。ただ、SEの方が断然軽くて(本体の重さ、動作とも)優れている。当たり前だが…
(ちなみに、iPhoneの液晶画面が大型化していくのはスティーブ・ジョブスの死後である。ジョブスが見ていた画面サイズはiPhone4Sである。彼が作った初代iPodは縦横の比率が黄金比で出来ている)
iPhone8がダメと言っているわけではない、自分にとってはこれまでで最も性能が高いiPhoneで何の問題もない。色も現行機にはない赤を選んだので、見る人が見ると古い機種だとバレてしまうのだが、気に入っている。(イヤホンの穴が無いこと以外は…)

めでたしめでたし…


楽天モバイルはよ?

上記の表を注意深くご覧の方のツッコミが聞こえそうだが。
2021年楽天モバイルでスマホを買っている

楽天モバイルは普通に考えて回線品質が高いわけがない。と、思っていた。
当初、回線を借りて業務を行うMVNOだった。ここ数年で基地局を整備してキャリアとして立つことになった。docomoもauも20年以上かけて整備してきた設備を数年でというのは大変な話である。
ただ、楽天の人の話を聞くと、三木谷さんが天才をヘッドハンティングして、革命的な方法でことを進めているので大丈夫なのだそうだ。(通話品質の話だったかも)
品質はともかくサブ機として使う最もランニングコストの安いキャリアとして選んだ。
2020年は1年間完全0円というプランで訴求していたが、当時、以前のiPhoneは使えなかった。今年になってiOSのアップデートに伴って使用可能になった。
新規顧客の獲得に力を入れているので、機種の購入にも手厚い補助がある。自分が購入したのはシャープ製のAquos sense4 liteで、これはsense4シリーズの楽天専売モデル。25,001円の価格だったが、新規のプラン登録で25000ポイントもらえ実質1円で購入できた。(実際は何かも併用して26000ポイント貰ったので完全に無料で購入したことになる。ムムっ騙されてる?)
その後、貰ったポイントで別のスマホを購入した。oppoのreno A5である。楽天市場のショップでY!mobaileのシムフリー版未使用品をポイントプラス1500円くらいで購入した。
実際に払った金額は27000円以下で2機の最新Android機を買えたことになる。
IMG_2177 - Edited
左がAQUOS右がoppo
更にすごいのは、自分の使い方だと(持ち出してはいるが)1GBを超えることはないので毎月の支払額は0円である。加入後3か月無料だったが、それ以降もお金を払ったことはない。0円より安いものはないのである。(いつか何かが起こるかもしれないが…)
楽天モバイルが乗り換え先No.1なのだそうだが、そりゃそうだろうと思う。
(あくまでサブ機の自分の運用の場合なので、すべての人におすすめしているわけではありません)


レギュラー的な記事になっている感もあるこのネタ…
松田聖子のオリジナルアルバム「Sound of My Heart」(1985)をハードオフのジャンク110円のカゴで見つけて購入した。

IMG20211206223555 (2)
この頃(1985年)になるとCDもほぼ同じタイミングで発売されていたのでLPレコードの数が減り出現率は下がっていく。(より希少)1987年の「Strawberry Time」でCDがLPの出荷数を上回ることになる。(89年以降はCDのみ発売)
とはいえ松田聖子である。分母が膨大なので中古市場にはある程度出まわり、そこそこの状態でも安価で購入可能である。(ただ、やはり初期の諸作品よりは難しい)
以前の記事にも書いたが、これでオリジナルアルバムのLPで所有していないのがデヴィッド・フォスタープロデュースの「シトロン」(1988)だけとなった。(別表参照)



このアルバムはやや特殊である。上表でもわかるように、1985年6月発売のThe 9th Waveから二カ月後に発売されている。それまでは大体半年毎にリリースしていたので異例の短さである。それがこのアルバムの特殊な成り立ちを物語っている。ジャケットのラベル(この時期、帯ではなく外ビニールにラベルを貼ることが流行った。袋を開けて捨ててしまうと失われる)によるとニューヨーク録音とある。

IMG20211206223629 (2)
プロデュースがフィル・ラモーンで、全曲が英語詞。クリエーター陣もすべて外国人で制作されている。この時期、全米デビューを目論んでいた(と言われている)が果たせなかった。(憶測だが松田聖子妊娠出産のためできなかった?全米デビューは90年のアルバム「Seiko」まで待たなければならない)
一説には松田聖子の英語の発音の問題で、全米デビューが見送られたともいわれているようだ。実際に相当に稚拙な英語の発音が見受けられるが、それはそうではなく早い時点で全米デビューの延期が決定し、日本国内だけでの発売となったため、英語の発音を直さなかったと考える方が自然だ。実際1990年には発音がマシな全米デビュー盤が制作されている。
90年の全米デビューも話題にはなったが成功したとはとても言えない。日本におけるアイドル全盛の時代は80年代で85年に全米デビューが果たされていたらどうなっていたかは誰にもわからない。
IMG20211206223744 (2)


今回のジャンク盤状態が凄く良くて、シュリンクビニールの外袋も維持されている。しかも販売時にさらに外袋があったため、ジャンク品には、えてしてぞんざいに貼られるハードオフの値札シールも剥がす必要がない。
そういう状態で何枚か売られていたので、手を出さないようにしていたオリジナルアルバム以外の聖子ものを買ってしまった。
IMG20211206224240 (2)
B面コレクションと銘打った「Touch,Me Seiko」と映画プルメリアの伝説のサウンドトラックである。
映画「プルメリアの伝説」は松田聖子主演第二作。共演(相手役)は(サラメシ!)中井貴一。当然だが見ていない。
IMG20211206224521

主題歌は「天国のキッス」で細野晴臣が作曲した楽曲。このサウンドトラックは2枚組で1枚は主題歌はじめ松田聖子の歌唱曲を集めたクリアLPで45回転盤(4曲入)。もう一枚は通常のサウンドトラックだと思われる。(聞いていない)
IMG20211206224059

「Touch,Me Seiko」は1984年発売の両A面曲も含めたB面コレクションで超有名な「SWEET MEMORIES」や「制服」(前回の「松田聖子のLP時代5」で詳述した)が収録されている。オリジナルアルバムに未収録の曲が多数収録されており、価値はある(?)が、有名曲は他のコンピレーションでも聴くことができる。このアルバムでないと聞けない曲は1曲も無い。
そんな中で採用数の少ない(レアっぽい)曲は「わがままな片想い」(天国のキッスのB面)「レンガの小径」(秘密の花園のB面)の2曲で、このアルバムも含めて3種で採用。
人気曲「SWEET MEMORIES」はなんと20ものコンピレーションに採用されている。コンピレーションがそんなにあるのも驚きだ。
数十枚セットのコンプリートなんとかもリリースされているのだろうが、興味はない。
80年代を封じ込めた当時のLPをひっそり楽しみたい。

LPレコードの梱包・発送の評判があまりよろしくないAmazonで(商品レビューに梱包の不備を指摘する投稿が多い)、レコードを買ってみた。

多くの意見は段ボールの大きさが大きすぎ、詰め物が少なすぎ、ジャケットが破損したというものだ。

IMG20211202225013 (2)
今回届いた段ボールは確かにLP1枚入れるには容積が大きすぎるが、短辺のサイズとしてはぴったりサイズだった。これは打痕が発生した際には商品にダメージを生じさせる恐れのあるサイズ感だが、上下に詰め物(ただの紙だが)が十分な量あり、角からは浮いた状態になっていた。8つある角にダメージがあっても本体には影響が及ばないのではないだろうか。
IMG20211202225148
IMG20211202225212
今回のようにLP1枚では空気を運んでいるようなもので、軽い。そうそう荷扱いは悪くはならないのではないだろうか。少なくとも今回の発送品には問題は無かった。


今、新譜レコードを買うということ

今回購入したのは新譜というのはちょっと違うかも知れない。(新品には違いないのだが)竹内まりや「REQUEST」(1987年)のリイシュー(2021年盤)である。
IMG20211202225859 (2)
2017年に30周年記念リマスターから2枚組アナログ重量盤としてカットされ、発売されていたものをカッティングを替えて(カッティングエンジニアはどちらも北村 勝敏氏)1枚にしたものである。3,630円という価格も2017年盤(4,400円)の通常盤という意味合いを表しているのだと思う。(数量限定ではあるけれど)
そりゃあ、同じ内容を2枚組するということは音溝に余裕がある分、音的には有利だろうと思うが、使い勝手の面では1段劣る。2~3曲ごとに裏返さなければならない。2枚組は贅沢すぎるということだ。

今回の製品を見る限りジャケットは2017年Vinyl バージョンの体裁を再利用しているように思う。ダブルジャケットでLPが2枚入れられる仕様だ。2021年Vinylでは片側にライナーノートが収納してあった。ライナーも2017年盤と同じものだと思われる。
IMG20211202230100 (2)
ジャケットの印刷(スミ1色)部分を除き2017年盤の流用と思われる。違うのは一部表記とレコード本体ということになる。(帯もか?)
ダブルジャケットの商品精度はイマイチで80年代のLPや90年代のLDのようにキッチリ折れていない。やや膨らんだ感じに仕上がっている。80年代~90年代の技術や製造機械が失われているのかも知れない。実用上は問題が無いがやや気になった。レコード内袋も80年代のサイズぴったりのモノではなくなっているようだ。

今回のアルバムジャケットに1987年オリジナル版クレジットがあってそれを見ていると、SONY信濃町スタジオでリマスターしたと書いてあった。日本のアナログレコーディングの爛熟期にあった最高級のスタジオでその名前を見るだけでもゴージャス(バブル)な感じがする。
IMG20211202230201_BURST000_COVER (2)
画像の真ん中あたりにRemasterd at SONY MUSIC  SHINANOMACHIの表記がある

80年代のLPのリイシューを買う時、いつも思うのだが、アナログ(LP)に関してはオリジナルの方がよい音なのではないか?ということである。30年以上前のアナログマスターを使えるとは思わないが、それで作った(30年以上前の)LPレコードというのは市中に存在する。そして、よほど希少品でない限り、そこそこの価格で手に入れることが可能だ。(中古なので状態はさまざま)
現在の技術でリマスター(レコードやCDにするためのマスターを作り直すこと)すると音は良くなるのだろうが、それはデジタルリマスターである。LPをプレスする版を作るためにはデジタル→アナログへの変換(D/A変換)が必要になる。もともとアナログで作られたアナログマスターからプレスしたほうが音はフレッシュなのではないだろうか。そしてそれは、30年前の音溝に刻まれ残っているのでは…と思っている。

アナログプレスやカッティングの技術は一旦失われ、昨今のアナログブームで再び注目を集めているようにも思える。この「リクエスト」でも1987年盤のクレジットにはカッティングエンジニアの記載はない(レコードプレス会社の職人の仕事と思われていたのかも知れない)カッティングによってレコード仕上りが大きく違うことは現代の方が認識されているのかも知れない。(ユーミンは1984年のアルバム「No Side」以降、マスタリングとカッティングをバーニー・グランドマンに依頼している)

それでも今回買ったのは、竹内まりやのアルバムは程度が良いとなかなかの値段になっているということ、新品のレコードは買える時に買っておこう(気づいたら完売でプレミアがつくことがしばしば)ということで購入に至った。(まだ、聴いてはいない)

2021年11月27日NHKBSプレミアで『99人のQUEEN』が放送された。
Queen結成50周年、フレディ・マーキュリー没後30年ということでの企画で「2021年に聞くべきQueen」というテーマでの選出だった。
99人の人選についてはファンとしか告げられていないが、番組でコメントが紹介された有名人が含まれる。
コメントが紹介されたのは司会の小林克也と女優の杏の他、岡崎体育、綿矢りさ、北川悦吏子、浦沢直樹、サンプラザ中野くん、ハラミちゃんの9名。

2021年コロナ禍の日本で選ばれた曲という感じが強いランキングになっている。普通のランキングでは1位にはならないだろうなという曲が1位になっている。
普通なら超有名曲Bohemian RhapsodyやWe Will Rock Youあたりが上位に来るのだろうが、母数が99と少ないこと、対象が「ファン」とマニアックなことなどから曲がバラけている。
99人のファンが選んだ曲は35曲におよび、1位でも13票、3票入ったら10位(同率)ということになっている。
ランキングは以下の通り。




この表では全部の票数を足すと99になる。つまり、回答したすべての人の選出した曲がこのリストに入っていることになる。中にはフレディ・マーキュリーのソロアルバムの曲もあり、「あれ?」という感じもあるにはあるが、それぞれ投票した人の思いは感じ取れる。
普通のランキングなら上位に行くはずのAnather One Bites The DustやGood Old Fashioned Lover Boy、Fat Bottomed Girlsが1票で22位(同率)である。小林克也が指摘しているがCrazy Little Thing Called Loveは1票も入っていない。(ランキング外)

そして、1位はTeo Torriatte (Let Us Cling Together)である。
邦題はもちろん「手をとりあって」である。名曲なのは間違いない。(数年前に手嶌葵が歌っていたカバーは出色の出来だった)
凡百の外国人の日本語歌唱の曲で断トツにクオリティが高い曲である。
外国人による日本語歌唱の曲で思い出すのはこの曲とポリスの「ドゥドゥドゥ・デ・ダアダアダア」(表記あってる?)だが、ポリスの方は日本向けシングル曲を日本語でリリースしたもので当然日本でしか売っていない。スティングが「ドゥドゥドゥ・デ・ダアダアダ ハ オレノコトバダ…」とむっちゃ片言で歌っていた。言ってしまえばプロモーション用の企画ものである。(スティングの考えがわからない)
Teo Torriatte (Let Us Cling Together)は名盤A Day at the Racesのトリを飾るバラードで、世界中で売られているアルバムにそのまま収録されている。
聞けばわかるが、フレディ・マーキュリーの日本語の発音・イントネーションは完璧で(コーラスもね)素晴らしい。歌詞もとても素敵である。(来日時に通訳を務めた方に依頼したそう)
司会の杏さんが分析をしているが、この歌詞の内容「手を取り合って、このままいこう、愛する人よ。静かな宵に、光を灯し、愛しき教えを抱き」が混沌としたコロナ禍の社会に光を灯す道しるべのようなメッセージとなっているという解釈には頷けるものがある。
また、今年の東京オリンピックの開会式で使われてことも影響しているのかもしれない。

自分的には好きな曲で、We Are The ChampionsやAnather One Bites The Dustと肩を並べる名曲だと思っている。



33曲(1曲はシングルB面、1曲はフレディ・マーキュリーのソロ曲)のアルバム内訳を作ってみた。
リリース順に時計まわりに配置されている。4枚目から7枚目当たりの曲が多いのは想定内だが、意外と95年のアルバムMade In Heavenが健闘している。フレディの死後発表されたアルバムで評価が難しいアルバムだが、好きな人も多いのかもしれない。
IMG_1832 (3)
6thアルバム 世界に捧ぐ

IMG_1835 (2)
7thアルバム JAZZ


ちなみにHot SpaceとFlash Gordonからは選ばれていない。

Queenは全員そろってこそQueenだと思っている。フレディの死後ボーカルを替えてという動きがあったが、ジョン・ディーコンがいない時点でQueenではない。と、思っている。







以上の内容はhttps://retroaudio.blog.jp/archives/2021-12.htmlより取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14