5年前の今頃、大分県にある「おおがファーム」に出かけた。目的はミモザ祭りだ。家から車で2時間半もかかったけれど、目の前に広がる美しい黄色の世界に圧倒され、疲れもどこかへ吹き飛んだ。
冬空に堂々と咲き誇るミモザの生命力。その下に立って見上げただけで、何か不思議な恵みのシャワーでも浴びたかのように、一瞬で満たされたのを覚えている。目に見えているのは鮮やかなミモザの花だけだけど、明らかに目に見えない贈りものをもらったと感じたのだ。
人はなぜ、花の側にいるだけで、幸せな気持ちになるのだろう。あの時感じた不思議な気持ちを時々思い出している。
その後、庭にもミモザがほしいと欲を出して植えてみたけれど、なぜか2年で枯れてしまった。その年は、ご近所さんのミモザも枯れていたので、何か理由があったのかな。リベンジで去年新しく植えたミモザがすっかり根付き、今年は鮮やかな黄色の花を咲かせている。

よく咲いているので、お花の蒸留をやってみようかなと思いついた。今まで、バラ、金木犀、ラベンダー、クロモジ、和薄荷など、その時々に元気なものを蒸留してきた。香りを瓶に閉じ込めて、部屋に、枕に、マスクにと、スプレーして楽しんでいる。
まずはお花を25g用意する。小さな綿毛のようで可愛い。

家庭用蒸留器リカロマミニを組み立てる。大きいビーカーに水を入れ、台を載せたら小さいビーカーをセットして、周りにお花を入れる。氷も用意したら、加熱開始だ。

大体20分ぐらい加熱すると、100mlのフローラルウォーターが取れるはず。
うーん、何か変。いつもは蒸留を開始すると、部屋中にいい香りが広がって、蒸留中もお花畑や森の中にいるかのような、癒しの時間になるのだけれど、、。ちっともいい香りがしないのだ。土臭いような、青臭いような。小さい茎を丁寧に取らなかったのがいけなかったのかな。

ミモザは香水もあるくらいだし、家にあるミモザの精油は甘酸っぱいいい香りなんだけど。
20分たって、ビーカーを引き上げたらお花もくっついてきた。鳥の巣のようで、可愛い。100mlのフローラルウォーターが取れたけど、やっぱりいい香りはしないので、ミモザの精油を垂らしてスプレー瓶に入れた。

トイレにミモザのお花を吊るしたら、ほのかに甘酸っぱい香りがしていたのだけれど、改めてこうやって蒸留してみると、ミモザのお花は蒸留には向かないことが分かった。残念!
人はなぜ、花の側にいるだけで幸せな気持ちになるのか、という疑問。ずっと不思議だったけど、最近「花を飾ると、神舞い降りる」という本を読んで、少しわかったような気がした。
人はなぜ自然を求めるのでしょうか。
それは、ありのままであることが私たちを「整える」からです。
要点をまとめると、動物は植物の後にこの世界に現れたので、私たちのルーツは植物にある。地球は植物によって創られた調和の世界。見えない世界とつながるツールはいくつもあるが、その中でも花や木が特別なのはそのためである。
理屈はともかく、誰でも森の中で深呼吸すれば気持ちがいいし、花を眺めると心が穏やかになる。植物に見えないパワーがあるのは間違いないのだ。
著者によると、花の側にはいつも妖精がいるという。妖精のサポートを得るためには、ただ花を飾るだけでよい。
花が、見える世界と見えない世界をつないでくれます。
「花を飾ると、神舞い降りる」のです。

確かに、花を飾るだけでもう十分だと感じた。蒸留はちょっとよけいだったな。折しも3月8日は国際女性デー、別名ミモザの日だ。世界中で、きっとミモザの輪が広がっていることだろう。