人間関係リセットの話が後半で出てくる。 個人的な考えとかを書き残しておこうと思う。
個人的に人間関係リセット症候群というのは、一種の全能感だと思っている。 自分の人生や選択肢を自分でコントロールしてるぞという感覚だ。 https://mynavi-agent.jp/dainishinsotsu/canvas/2022/12/post-869.html#:~:text=常に誰かとつながって,を表した造語です%E3%80%82
よく生きるためにも、人生のコントロールができているという自己効力感は大切だと思っている。 ただ、人間関係をリセットすることでその感覚を得ることを僕は見下している。(見下しているというととてもいい方が悪いが、そういう気持ちは誰しも持っているよねとは思っている)
自分が連絡先を消すとか、連絡を取らないことによって得られる自分の人生を自分でコントロールできている感覚。 僕はこの感覚を得るための行為がすごくずるいことだと思うのだ。
自分の人生をコントロールしているぞ、とか、動画の中に出てくる今の自分じゃない自分になりたいという欲求は誰にでもあるごくごく自然で人間らしい感情だ。 一方で、誰かからのみられ方とか自分が一方的にリセットを試みることでその感情を満たすのはずるい。 ずるいといっていても自分の感情に向き合えていない。なのでずるいと思う感情をもう少し踏み込んで見ようと思う。 ずるいを分解するとされた側のことなど構もせず傲慢である、と言う感情と、できることなら僕もそうしたいと言う感情の掛け合わせである。
リセット癖がある人がいて、定期的にリセットをしているというのは自分が周りの人によって形作られそれは自分の選択であることを他人のせいにしていると思うのだ。
自分の人生のコントロール感なんていうのは自分を正しく律していくべきだろ?というマッチョイズムを反映している。 でも、人はそんなに強くない。人は安易な方にながれてしまうだろう。
結論に行き着くと、人間関係リセットは小狡い知性の低い奴がやることだと思っている。なのでリセット癖がある人を見下しいる。 一方で、そういう人の小狡い弱さゆえの感情を赦されてほしいと思う。 僕だってリセットによって今と違う人生や違うみられ方をえてみたい感情はあるからだ。 リセットされたとして、自分の人生はそのまま続くのだ。他人は他人。自分は他人の弱さを赦せる人がかっこいいと思う。 だから、今後の人生でもリセットを何度されても諦めず自分がコンタクトを取りたいと思ったらコンタクトするし、拒絶されたことも受け入れていこうと思う。
最近とある人がタクシーの中でしてた、SNSのアカウントを使い分けていて、海外から帰ったから違う人間関係を作りたい。という話を聞いたのも相まって筆が進んだ。 自分はこの人を鏡にして、自分の持つ弱さや嫌なところのエッセンスの濃い部分を言語にすることができた。 小狡いと言ったのは、僕が自分の人生に諦めと自信があるということの裏返しなのかもしれない。 誰かが憧れる人生なのかは疑問だが、羨ましいと思われるものもあるのかもしれない。 そんでもって、自分が他人からのみられ方に無頓着であるということがわかった気がする。