以下の内容はhttps://rekikakkun.hatenablog.com/entry/2026/01/01/095240より取得しました。


甲斐の虎 武田信玄ゆかり探訪(その2) 出生の地、積翠寺と要害山城(続き)

こんにちわ、rekikakkunです。

 

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

 

武田信玄ゆかり探訪シリーズを、おおよその

時系列に沿って進めています。

 

武田家甲府)の詰めの城で、信玄出生の

候補地である要害山城探訪の続きとなります。

 

前回は麓の駐車場から登っていき、

最初の門跡の表示板の所まで来ました。

最初の門跡

 門の入口は曲って見え難くし、狭くなっています。

縄張り図で調べてみますと、下から赤線を登っていき、
赤丸の所が最初の門跡です。

 

門跡を入ると正面が高台になって、城兵側から見え易くなってます。

 そして入っても先は見えず、右へ曲る様になってます。

 

曲輪跡

不動曲輪跡

2つ目の門跡
この石積みは本物ですよね~?

赤丸が2つ目の門跡と思います。

広い所に来ました

ここも曲輪です。

この曲輪の正面真ん中に虎口があります。
正面に虎口なんですね~。

右側を見ると、(右側の)土塁曲輪を分割してる様です。
左側は次の曲輪切岸

曲輪に入りました。

だいぶ登ってきて見通しが良くなってきました。

同じような曲輪と真ん中に虎口があります。
いくつかある正面真ん中の虎口は、後世作られた道ですかね?
しっかり石段も整えられてるし。

虎口に入ると曲輪です。だいぶ残雪が多くなってきました。

門跡
ここは先が見えず、守りを考えた虎口

門脇の石積みが残っています。

門に入って右に曲がり、ぐるっと180°回ります。

そして虎口になります。

主郭の手前の曲輪です。

主郭虎口です。
石積みで固められていますね。

主郭に到着しました。そこそこ広いです。
さすがに一番高いからか、雪が多く残ってます。
(訪れたのは昨年の2月27日です。)

武田信玄公誕生の地 東郷平八郎 と刻まれています。

土塁がしっかり残っています。

案内標識
左の要害温泉から来てます。(西側から登っています)

主郭東端の土塁虎口

主郭東端の土塁に上がって、主郭を見る。
左側の土塁がよく分かります。

土塁から見た、主郭と反対方向(東側)の曲輪です。

主郭東側の虎口です。石積みがしっかり残っていますね。

虎口を出て主郭東端を見返しています。

ここ本丸の東は、大きな堀切で守られています。

堀切

主郭主郭の東側(地図では上側)の位置

 

主郭を通り越して、東側の細い曲輪

隣の山がきれいに見えます

隣の山拡大 熊城でしょうか?
こちらに行くのはとても大変そうですね。

竪堀跡

主郭の東側は細い尾根が続いていますので、
尾根を分断させる堀切主体の防御施設の様です。

たぶん、この辺りでUターンしたと思います。

後世作られた尾根の脇道かな?
まあ山城の逃げ道の方向ではありますね。

主郭東側の虎口堀切に戻ってきました

戻る途中、甲府の街並

甲府の街並拡大

主郭より下の曲輪を降りています。

要害山から下りて、全景を見る

赤矢印で登っていました。
存在感ありますね~。

要害山から下り、甲府の街並みと盆地が開けて見えます。

 以上で要害山城の探訪終了です。

 

 想像より保存状態が良好で、本格的な

 要害の山城でした。

 

 ただ信虎、信玄の時代までは良かったかも

 しれませんが、周辺が大勢力になっていった

 勝頼の時代ですと、改修したとは思いますが

 とても守りきれませんね。

 

 戦国前半から、後半に入っていく山城の

 進化の過程を残した貴重な史跡と感じました。 

 

 今後は諏訪、伊那、佐久、小県、松本

 侵攻、そして川中島等になっていきますね。😊

 

 ご高覧ありがとうございましたm(__)m

 
















 

 




以上の内容はhttps://rekikakkun.hatenablog.com/entry/2026/01/01/095240より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14