こんにちわ。rekikakkunです。
神戸観光2日目、三木城包囲戦探訪を綴っています。
前回まで下図の①~④をご紹介致しました。
(地図の番号をクリックすると探訪先が出てきます)
今回は、三木城包囲戦シリーズの最後、(その3)
として、秀吉包囲軍の⑤法界寺山ノ上付城跡と
⑥朝日ヶ丘土塁跡を探訪していきます。
本探訪で、④、⑤、⑥の秀吉軍付城史跡
を選んだのは、見学できる遺構の規模があり、
かつ駐車場が確実にあると思ったからです。
その点、所縁のお寺があると行き易いですよね~。
5.法界寺山ノ上付城跡
④秀吉本陣から県道513号線を南下し、
県道20号線を西方向に進み、三木城を通り越して、
車で30分程で、⑤法界寺に到着しました。


国史跡法界寺山ノ上付城跡の道案内板がある。


天平4年(732年)行基上人による開基で、
別所家の菩提寺でもあるそうです。


三木市は相当親切に感じます。😊




とても分かり易いです
縄張図左上の現在地から、山ノ上付城遺構を通って、
右下方向の朝日ヶ丘土塁へ向かいます。
説明板を読みますと、ここの守備隊長は宮部継潤
だそうです。(信長の野望でしか知らないけど)



この図の右下から左上方向へ、ほぼ赤線の通リ歩いています。
そして縄張図は、現在地を青丸で示してくれてます。
図といい現地表示といい相当親切に感じます。
(こだわりと熱意のある方が企画した気がする・・・)

主郭と副郭の2つが、並列に土塁で囲われています




現在位置が青丸で示されています
図が南北180°バラバラになってるのが惜しいです。
全部上を北方向に図を統一してほしいな~。
(ちなみに上の図は上が北です。北から南へ進んでます。)



遺構が浅くてちょっと難しかったです。
主郭の虎口が馬出というのがピンと来なくて、
外枡形のイメージです。
ただし浅いからこそ実物感がありますね~。



全体像を見せて詳細図を見せるこだわりを感じます。
ここは左の図の現在地の所です。
右の全体図では、左下の写真1枚目の部分のみです。
⇒つまり付城遺構は相当大きな規模ですねー
(私が探訪したのは三木合戦史跡全体約60か所中
の5か所位でしかありません😅)




6.朝日ヶ丘土塁跡






左上から右下まで歩いてきました。



平井山の秀吉本陣は調べる前から知っていましたが、
法界寺付城や、約60箇所もの三木合戦関連史跡が
あるなんて全く想像もしていませんでした。
まあちょこっと案内があるだけと思っていた
三木合戦の史跡巡りでしたが、実際行ってみますと
説明板や地図等で探訪しやすい様に
整備されていました。
とても良い史跡巡りになると思います。
今回は以上で終わります。
ご高覧ありがとうございましたm(__)m
次回は三木探訪の最後、⑦三木城とみき資料館です。