こんにちは、rekikakkunです。
今回は、いよいよ小田原北条氏の防衛戦
シリーズのラスト、北条氏の小田原開城を
決定づけた石垣山城を探訪します。
1.石垣山城探訪
石垣山城は小田原城の西南、早川を挟んだ
衣笠山(きぬがさやま)に築城されました。
車で国道1号線から一夜城下通リに入り、
石垣山城へ進みます。

1)小田原城遠望
途中小田原城下が見渡せたので、遠望しました。

正面見えてる所が、全部戦国小田原城内

戦国時代にこんな大規模の城は無かったと
思いますので、豊臣方も驚いたと思います。

黄色丸辺りから小田原城を見てます

(写真右側が相模湾)


細川忠興が布陣した富士山砦
因みに、小田原城から石垣山を見ると・・・



これを見ても石垣山城から小田原城への脅威は、
感じられそうですし、築城工事も見えてますよね~。
2)石垣山城入口
それでは石垣山城に入ります。

正面が石垣山城入口です。




(南曲輪の南面石垣)


地震で崩れた感じがします



(二の丸東面の石垣)

3)二の丸(馬屋曲輪)


4)本丸



小田原城側に石垣なので、見える
(見せる)本丸石垣だったのかな?


盛り上がりがありそうです

関東大震災で大部分の石垣が崩れたとなってますが、
この天守台の状態は破壊された感じがしました。
5)西曲輪

ここの石垣は小田原城から見えないな~

6)本丸南側周辺




7)井戸曲輪
石垣山城で最も石垣が現存していると言われる、
井戸曲輪へ行きます。





関東大震災に耐えたと書かれています


谷は南東方向に落ちているので、南と東側を石垣で遮蔽し、
北と西側は斜面を使って石塁になってると思います。
(現地説明板の東西が逆なのでは?)


中央鉄塔の左に小田原城天守閣。
全体風景は秀吉が見ていた景色に近いかも

パン、ケーキ、レストランがありますが当日は休業日でした😂
2.小田原城開城
1590年(天正18年)
・6月23日 八王子城落城
・6月24日 韮山城開城
・6月26日 石垣山城へ秀吉が入城
ある意味小田原城からは見えない早雲寺から、
大将秀吉が目の前の石垣山城に動座したのを
アピールしたことも大きいでしょうか。
石垣山城は周辺の樹木を一夜で伐採して、
1日で作ったように見せたとも言われていますが、
実際は秀吉入城まで約80日かかってるとの事です。
多少の突発性はあったかもしれませんが、
まあ夜はかがり火がたかれ、曲輪を作るには
伐採しなければならず、最初から小田原城
から見えていたことでしょう。
逆に見たことない土木量で石垣造りの城が
構築されていくのを、毎日見せつけられ、
精神的に苦しいですよね~。
そして忍城以外の城も攻略され、
7月5日、5代目当主北条氏直より
降伏が通達されました。
3.戦後の北条家



5代当主氏直は死一等を許され、高野山へ蟄居と
なりましたが、翌年病死しました。
の息子氏盛が河内狭山藩1万石の大名となり、
明治維新まで続いたとの事です。
以上で小田原北条氏の防衛戦シリーズを
完了致します。
長きにわたり、同シリーズの
ご高覧ありがとうございました。m(__)m
実は、3月終わり頃、中国西安へ、
ツアー観光に行ってきました。
良いタイミングとなりましたので、
次回投稿しようと思います。