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<小田原北条氏の防衛戦(その29)> 壮絶! 八王子城の戦い(その7 本丸と詰の城)

こんにちわ。rekikakkunです。

 

八王子城攻防戦を綴って7回目。

今回が八王子城ラストとなります。

 

今回は下の攻防戦図の左下付近、赤線のルート

⑫本丸からまでを進めます。

八王子城攻防戦図改定1

4.八王子城探訪

 1)根小屋地区 探訪

 2)居館地区 探訪

 3)要害地区 探訪 

  ⑫本丸

   八王子神社から本丸まで登ってすぐです。

八王子城本丸
本丸はだいぶ狭いですね~

八王子城本丸跡石碑

八王子城本丸跡 説明板

本丸の切岸と腰曲輪

 本丸を守備していたのは、

 城代の横地監物吉信大石照基。

 

 八王子城本丸は、上の写真の通り、守っても

 詮無く、大石照基は落城間際に横地監物を逃がし、

 自らは打って出て討ち死にしたと伝わります。

 

 本丸まで追い込まれて玉砕した、

 山中城と同じ厳しさですね。😖

 

 その後横地監物原城(ひのはらじょう)へ

 向かったとあります。

 

 原城八王子城の北西15km程の距離です。

 後述する詰城経由で逃れたのかもしれません。

 

 その後彼は奥多摩で自決とも諸説あるようです。

 

 因みに横地監物遠江静岡県西部)の横地城

 の一族だったとも言われています。

 

 こうして八王子城の攻防戦は終了しました。

 

さて、ここからは、横地監物が逃げる際に

通ったかもしれない、本丸から西側の尾根

に行ってみます。

 

一般的にはマイナーな所かもしれませんが、

だからこそ山城としての見所が満載です。

 

本丸から西側の方面、城遺構に行くには、

基本松木曲輪から進みます。

ハイキングの方には富士見台方面

と言えそうですね。

 

松木曲輪

八王子神社側から松木曲輪に入る

松木曲輪

ここは眺望がよく、休憩ができます。
この先、詰城方面へ進むので、カロリー補給します👍

松木曲輪からの眺望はとても良いです😊

拡大すると、松木曲輪から都心、スカイツリーが見えます

松木曲輪から高尾山を臨む

高尾山拡大
山頂の右手に建物が見えます

 

テーブルと案内施設の間。
この道から城の西側へ進みます

降りてすぐトイレがあります。ここを進みます。

八王子城の井戸。現在は見れません。

危険な山道の坂カーブ

山道を進みます

西側最初の遺構、無名曲輪の一部です。
山道から少し右側に入ります

 

⑬馬冷やしの大堀切

 無名曲輪を抜けてすぐに、馬冷やしの堀切

 に到着しました。

 場所は、下の攻防戦図の左下、です。

 尾根をぶった切ってるのが図で分かりますね~。

八王子城 攻防戦図 改定1

⑬馬冷やしの堀切

⑬馬冷やしの堀切
こっちからは進ませない意志を感じます

当然両斜面は竪堀ってます

進む方向に富士見台。戻る方向に八王子神社です。
城の凄い防御施設なのに八王子城と書いてない・・・😥

堀切を反対側に上り、堀切を見下ろします。
結構高くて怖いよ

堀切を超え、尾根筋の道を西へ進みます

尾根だけの所もあります

尾根筋でちょっと広い所

黒いのは消防用水でした

やはり尾根の下は急です

⑭詰城南尾根

ここから尾根が地図通りにぐいっと右に曲がります

それを目安にして、縄張図にある竪堀を見つけます

竪堀拡大

 縄張図を見ると、2つ竪堀があって、石垣があります。

 (縄張図は念のため掲載してませんが、

  ネットで直ぐ出てきます)

この左手にあるはずなんだが?

あ、見えました

竪堀がはっきり分かります

竪堀の正面

 振り返ると石垣が見えました。

⑭詰城南尾根の南斜面にある石垣

⑭詰城南尾根の南斜面にある石垣

⑭詰城南尾根の付近に、上写真の竪堀石垣があります

 尾根に戻ります。 

再度くいっと右へ曲がります(攻防戦図の付近)

曲がり終えて、1,2分程進むと、
尾根の先に青空が見えてきました。

同じ斜面側(南面)に石垣が散乱してます

斜面に散乱した石垣

散乱した石垣を集めた感じの石垣

 ⑮詰の城

お、頂まですぐです。人と会えました(^▽^)/嬉しいー

⑮詰の城の石垣

⑮詰の城

あ、詰の城の表示
ずっと詰城と書いてたので、最後に出来る箇所は訂正😅

何故か天守閣跡の表示

⑮詰の城と紅葉

ちょっと寂しかったので、
ここで綺麗な紅葉が見れたのは嬉しいです😊

⑯堀切 

詰の城の北側に、富士見台への案内板がありました。

進むと、また富士見台への案内板

この案内板は重要ですね。
この写真の前方方向も案内が無い尾根があり、
しかも詰城北尾根という城遺構がありますので。

詰の城の西方向に降りていきます

立派な⑯堀切で、詰の城の西側の尾根
からの侵入を防御しています

⑯堀切から見た尾根

この先に行くと富士見台です

これがその看板
壊れてるが、見えるように置いてあります


⑰詰城北尾根

 先ほどの詰の城から富士見台へ降りる案内板の所には、

 案内が無い北方向の尾根があり、3方向の分岐点

 となってます。

 下の写真で、追記しました。

⑰詰城北尾根の方向 とその他の分岐

⑰詰城北尾根の入口

案内板はありませんが、赤リボンがありました

北尾根

まだ遺構は有りますが、ここでUターンします

詰の城方向(下から上方向)を見ると、
石垣がよく見れます

流石に尾根の傾斜は厳しい様です

石垣かな~?

⑰詰城北尾根から⑮詰城へ戻る

⑮詰の城に戻りました

⑮詰の城の端に石が集められています

南尾根を本丸方向に戻っています

たぶん松木曲輪の腰曲輪にある石垣かな?

腰曲輪から下山方向に歩く

詰の城から35分位で八王子神社
がある曲輪に着きました

下山し、紅葉で綺麗な八王子城本丸付近を撮影

 以上で八王子城編を終わります。

 長きにわたりお付き合いありがとうございました。

 

 1590年3月29日山中城攻撃落城から始まった

 小田原攻防戦も、関東諸城が落ち、6月に入ると

 和平交渉もしていた様です。

 

 そして6月23日八王子城の落城及び、

 討ち取った首や捕虜等を小田原城に向けて

 晒した事で、現実を生で知った小田原城

 士気は大いに下がったと思われます。

 そして八王子城主氏照と家臣団、関係家族

 悲しみは想像を絶します。

 

 そして翌6月24日には

 北条一族で、氏康の四男北条氏規

 踏ん張っていた、初代早雲以来の

 拠点伊豆の韮山城も、降伏開城しました。

 

 次回はその韮山城天ケ岳砦韮山城包囲軍

 の付城の探訪ついてご紹介致します。

 ご高覧ありがとうございました。m(__)m


















 

 

 

 

 

 

 

 

 




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