こんにちわ。rekikakkunです。
八王子城攻防戦を綴って7回目。
今回が八王子城ラストとなります。
今回は下の攻防戦図の左下付近、赤線のルートで
⑫本丸から⑰までを進めます。

4.八王子城探訪
1)根小屋地区 探訪
2)居館地区 探訪
3)要害地区 探訪
⑫本丸
八王子神社から本丸まで登ってすぐです。

本丸はだいぶ狭いですね~



本丸を守備していたのは、
城代の横地監物吉信と大石照基。
八王子城の本丸は、上の写真の通り、守っても
詮無く、大石照基は落城間際に横地監物を逃がし、
自らは打って出て討ち死にしたと伝わります。
本丸まで追い込まれて玉砕した、
山中城と同じ厳しさですね。😖
その後横地監物は檜原城(ひのはらじょう)へ
向かったとあります。
後述する詰城経由で逃れたのかもしれません。
その後彼は奥多摩で自決とも諸説あるようです。
の一族だったとも言われています。
こうして八王子城の攻防戦は終了しました。
さて、ここからは、横地監物が逃げる際に
通ったかもしれない、本丸から西側の尾根
に行ってみます。
一般的にはマイナーな所かもしれませんが、
だからこそ山城としての見所が満載です。
本丸から西側の方面、城遺構に行くには、
基本⑪松木曲輪から進みます。
ハイキングの方には富士見台方面
と言えそうですね。
⑪松木曲輪



この先、詰城方面へ進むので、カロリー補給します👍




山頂の右手に建物が見えます

この道から城の西側へ進みます





山道から少し右側に入ります
⑬馬冷やしの大堀切
無名曲輪を抜けてすぐに、馬冷やしの堀切
に到着しました。
場所は、下の攻防戦図の左下、⑬です。
尾根をぶった切ってるのが図で分かりますね~。



こっちからは進ませない意志を感じます


城の凄い防御施設なのに八王子城と書いてない・・・😥

結構高くて怖いよ





⑭詰城南尾根



縄張図を見ると、2つ竪堀があって、石垣があります。
(縄張図は念のため掲載してませんが、
ネットで直ぐ出てきます)




振り返ると石垣が見えました。



尾根に戻ります。


尾根の先に青空が見えてきました。



⑮詰の城




ずっと詰城と書いてたので、最後に出来る箇所は訂正😅



ここで綺麗な紅葉が見れたのは嬉しいです😊
⑯堀切



この写真の前方方向も案内が無い尾根があり、
しかも詰城北尾根という城遺構がありますので。


からの侵入を防御しています



壊れてるが、見えるように置いてあります
⑰詰城北尾根
先ほどの詰の城から富士見台へ降りる案内板の所には、
案内が無い北方向の尾根があり、3方向の分岐点
となってます。
下の写真で、追記しました。






石垣がよく見れます









がある曲輪に着きました

以上で八王子城編を終わります。
長きにわたりお付き合いありがとうございました。
1590年3月29日山中城攻撃落城から始まった
小田原攻防戦も、関東諸城が落ち、6月に入ると
和平交渉もしていた様です。
そして6月23日八王子城の落城及び、
討ち取った首や捕虜等を小田原城に向けて
晒した事で、現実を生で知った小田原城の
士気は大いに下がったと思われます。
そして八王子城主氏照と家臣団、関係家族の
悲しみは想像を絶します。
そして翌6月24日には
北条一族で、氏康の四男北条氏規が
踏ん張っていた、初代早雲以来の
拠点伊豆の韮山城も、降伏開城しました。
の付城の探訪ついてご紹介致します。
ご高覧ありがとうございました。m(__)m