以下の内容はhttps://rekikakkun.hatenablog.com/entry/2025/01/18/151113より取得しました。


<小田原北条氏の防衛戦(その26)> 壮絶! 八王子城の戦い(その4 金子曲輪、四段石垣、山王台)

こんにちわ。rekikakkunです。

 

引き続き八王子城探訪を投稿致します。

 

八王子城の縄張 現地説明板

八王子城は、管理棟に設置されている上写真の説明板

によりますと、3つの地区に分類されています。

 1)根小屋地区

    城下町及び支城群太鼓曲輪等、

    城域の周辺を構成している施設。

 2)居館地区

    城主の館とされる御主殿と有力家臣の

    屋敷が並ぶアシダ曲輪等、山麓の施設。

 3)要害地区

    籠城を目的とした山城の区域。

 

文章ですと分かり難いので、八王子城跡ガイダンス施設

模型図で可視化しますと、下の写真の感じとなります。

八王子城縄張 大分類のイメージ
根小屋はだいぶ抜けています。太鼓曲輪は下に少しだけ見える)

 前回まで1)根小屋地区 と 2)居館地区

 ご紹介しました。

 

今回より3)要害地区の探訪となります。

 

1.八王子城の歴史

2.八王子城の縄張

3.八王子城攻防戦の概要

4.八王子城探訪

 1)根小屋地区 探訪

 2)居館地区 探訪

 3)要害地区 探訪 ⇐ここから始めます。

  書き始めようとしましたが、ちょっと広大で複雑ですね。

  最初に全体像を整理する為、私の想像で

  八王子城攻防戦の図を作成してみました。

八王子城 攻防戦想像図

  ちょっと見難いですが、上の図で黒枠で囲ったのが、

  北条方の守備拠点と武将です。

  黄色の線と武将豊臣方攻城想定ル-トです。

  上図をベースに①~⑱の番号順に

  記事を進めてみます。

 

 ①根小屋、②アシダ曲輪、③太鼓曲輪、

 ④御主殿の戦い(近藤綱秀)

  ここは以前投稿した場所なのでさらっと書きます。

  (上の攻防戦図内で右側です。)

  

  天正18年(1590年)6月23日早朝、

  八王子城の攻防戦が開始されました。

 

  諸隊別の兵数は分かりませんが、ある資料では

  総数で豊臣軍1万5千、八王子城守備隊3千

  となってます。

 (個人的に攻撃側5倍兵力は、そんなに多くない

  感じですが、城側の主力は小田原城に取られて

  いるので、兵数差以上の戦闘能力差がありそうです)

 

  豊臣方の攻撃軍主力が、前田利家を筆頭に、

  ①根小屋から山下曲輪②アシダ曲輪を突破し、

  ④御主殿を東側から攻め込みました。

  

  並行して上杉景勝③太鼓曲輪の尾根を

  進行攻略し、④御主殿の西側に取り付きました。

  

  北条方近藤綱秀等の守備隊が奮闘しましたが、

  前田上杉軍による挟撃により、④御主殿が陥落し、

  根小屋居館地区は陥落しました。

 

  近藤綱秀は当時、下野国(栃木県)南部の

  榎本城主であり、北条家内でも有力者でした。

  小田原の役で城主クラスの討ち死は、

  彼のみという話もあります。

 

 ⑤金子曲輪(金子家重)

  山麓の攻略に成功した豊臣軍は、いよいよ

  城山を登っていきます。 

  まずはメインの尾根のルートです。

八王子城登り口(管理棟からのメインルート)

新道旧道の分岐点

  新道を探訪してから旧道を見て行きます。

  因みに戦国時代は現在の新道旧道もありません。

  曲輪間の隅に細い道があって、アクセスしたと想像します。

  (もし当時旧道があったら、尾根を守る曲輪を介さずに

   山頂部付近に近づけるので、山城にならない)

 

  なので、どちらかと言えば新道が攻防戦の道に

  近いので、まず新道から登ります。 

 

新道の方に左へ曲がっていきます

さっそく新道沿いに石垣

新道と八王子神社の鳥居

新道を入ってすぐアシダ曲輪へアクセス
できますが、現在立入禁止です。)

 

 ~馬蹄段~

  金子曲輪の手前には、馬蹄段と呼ばれる小さな曲輪と

  切岸が5段程連なって造成されています。

 

  新道はこの曲輪内を通って八王子神社参拝

  を主目的に作られた道の様です。

馬蹄段と金子曲輪

正面に曲輪と、その奥に次の曲輪間の壁
切岸)が交互にあります。

道の左側を見ると平らな曲輪と壁状の切岸が見える
(でも撮り方が下手で分かり難い_| ̄|○

 

 そしてほどなく金子曲輪に到着しました。

金子曲輪

     金子曲輪は、メイン道ルートで最初の大きな曲輪で、

  文字通り金子家重が守っていました。  

金子曲輪 説明板

 しかし衆寡敵せず、前田利家に突破され、

 守将の金子家重は討ち死したとのことです。

 

 金子曲輪を突破した前田利家は次の守備拠点

 である⑧柵門へと向かい、ここで搦め手の

 前田利長真田信之軍と合流します。

 (・・・現在まだ想定中です)

 

 

~土塁石垣、四段石垣と⑥山王台(真田昌幸軍)~

 上記により、順番的には搦め手のお話に

 進む予定でしたが、ちょっと変えます。

 

 実は1月10日頃、天気が良いので、かみさんと

 日帰りで八王子城に行って来ました。

 

 かみさんは八王子城は初めてで、私が御主殿

 平地に凄い史跡が復元されており、メインの山道は

 全世代が登っている安全な山道と言って誘いました。

 

 そして私は八王子城のガイドの方々が、気さくに

 応対してくれる事を経験済みでしたので、

 ・旧道は戦国時代は無いよね?

 ・直江兼続等の迂回強襲部隊ってどのルート?等、

 少しお話できたら、という目的がありました。

 

 自宅を車で6:30頃出発し、途中時間調整して

 9:00過ぎ、八王子城駐車場に到着しました。

 

 下の写真は管理棟を経由して早速御主殿

 向かおうとしてます。 

八王子城 管理棟入口

 もう朝一発目のこの写真でこの日の運命が定まっています。

 

 ほんと私はこの写真を、今日1日の全てを決定づけた

 写真と思っています。

 

 ~以後ちょっと面白おかしく冗談含めて書いてます。~

 

 上の写真を撮って程なくかみさんが、向こうから

 歩いて来られたガイドの方に捕まりました。ψ(`∇´)ψ

(語弊があります。話しかけてくれましたm(__)m)

 

 かみさんは登山できる靴とリュック、及び

 私のストックを持っており、登山経験者

 としてガイドの方が狙いを定めています。

 

 私は3回目の訪問で、かみさんが行ける楽な所を

 案内するつもりでしたので、登山靴は履かず、

 スニーカーにペットボトル以外、手ぶらです。

 

  後で聞くとかみさんもガイドさんにロックオン

 されてるなと感じてたそうです(笑)

 

 そしてガイドの方とお話しましたら・・・。

 手ぶらの私が山城探訪者で、山装備のかみさんが

 初めてと聞いてガイドさんがちょっと驚いてました。

 

 しかし話をしているうちに、そのガイドさんが

 なんと八王子城公式ガイドのトップページに、

 昨年末の最新トピックスとして紹介されている、

 弐分方城を発見された方ご本人であると教えて

 頂きました。

(確認忘れてしまい、お名前は念のため伏せます)

 

 弐分方城滝山城八王子城の間にあり、

 赤色立体地図を調査して発見されました。

 詳しくは八王子城公式ガイド(ネット)を見て下さい。

 現在トップページに紹介されています。

 

 前日、公式ガイドを念のため確認していたら、

 え、お城を最近発見したの?とちょっと

 びっくりしたので、読んでいました。

 

 なので直ぐにお互い話が合うことが分かりました。

 

 私が御主殿本丸へ行く予定とお話しましたら、

 一緒に御主殿から四段石垣山王台経由で本丸

 行かないか?

 と誘ってくれました。😍🤩←私の心内

 

 通行禁止の道で、あきらめていた真田昌幸

 進行ルート。(私の勝手な想い)

 めったに無い機会ですので、二つ返事で

 宜しくお願いします。 とお願いしました。。。

 

 ただし、かみさんは地獄のロードに

 なるかもと感じつつ・・・\( ̄︶ ̄*\))

    ただし安全には最大配慮します。。。👍

 

<御主殿西端の土塁石垣>

 一緒にに裏側から御主殿に入り、そのまま直行で

 土塁石垣に連れて行ってもらいました。

 (前回その25で行ってますが、立入禁止の場所で

  めったに行けないので。) 

御主殿散策エリアの西南端

 下の地図で、赤丸の位置です。

御主殿最西端の土塁石垣

土塁石垣

 前回はここまででしたが、もっと西側を見せてくれました。

 

足場が少なく斜面がきついので、かみさんは上で待機中。
この時点で何をしに来たのか多分分かっていない😅

土塁石垣の西面にまわりました

 両側に石垣が施されているんですね~。

 上はどうなってたのか聞くの忘れました。

土塁石垣の西側の急斜面。石垣が崩れています。

 急な斜面となっており、ここが御主殿

 最西端なのが見て分かりました。

 見れて分かったのがとても嬉しいです😊

 

 因みに赤色地形図で見ると、この西側にも

 結構メインぽい大きい曲輪があるんですよね~。

 

 

⑥山王台と四段石垣

 今回の投稿のメインにやってきました。

 

 御主殿の別の立入禁止の入口から入り、

 四段石垣経由で⑥山王台を目指します。

四段石垣と⑥山王台

立入禁止の入口にガイドさんが入りました。
着いて行きます。

あ、入って1分経たずに、倒木で道が塞がれています

コロナ以降、案内が減って道が荒れてるそうです

先頭のガイドさんと、後方私で、かみさんを挟んで進みます

あ、石垣がある😍 「一段目」
見つけた石垣ってなんか感動しますね~

ガイドさんが教えてくれたアングル

最下段のアゴ止め石
石垣の最下部をせり出させ、石垣地盤を強化
八王子城新田金山城に見られるとのことです)

1分程歩いて、「二段目」

「三段目」

「三段目」

 

ちょっと登ります
ガイドさんが足場の確認と踏み固めをしています

「四段目」
迫力あります

「四段目」 石垣が2段になってます
四段目とは4つめのエリアともいうべきで、
それぞれに数段の石積みがあります

こちらの方が分かり易いかも

大きな石を介して撮る
なぜこの石が有るのかは不明だそうです。

 四段石垣は谷筋にあり、戦での防御用というよりは、

 御主殿への土砂流入対策の堤防の役目とのことです。

いかにも土石が流れた跡っぽい
(因みに私のコメントは大体ガイドさんのお話です)

では、「四段目」の右側から登って行きます

 ここまで御主殿入口から15分程です。

登りますが、ずいぶん幅が狭い山道です

これは道ではないな~
(一度道から外れてしまいました)

ちょっと斜面がきついが、頑張ります

石垣っぽいですがどうでしょうか?

道に戻れました
(地理知らないと無理です)

平坦地。曲輪っぽいです。

ここも怪しい道

 

尾根が右側に見えてきました
尾根が見えるとほっとしますよね~

⑥山王台に到着しました

 御主殿入口から25分経過です。

 

山王台曲輪

山王台 説明板

 

ガイドさんのご案内で山王台の南斜面に少し降ります。
危ないので、かみさんは上に残ります。

山王台の南斜面に石垣が残っていました。
ただし足場が斜めで木に寄りかかりながらの撮影です。

 でもそうなんですよね~。

 ただ平坦地見るよりも、斜面の石垣や竪堀等の

 施設が見たいですよね~。

 ガイドさんに大感謝です。m(__)m

振り向くと山王台の下、御主殿に通じる戦国当時の道か⁇

山王台の曲輪に戻る。
石段、虎口に見えなくもない

上で守備隊長?が監視していますo(*^▽^*)┛

 でもこれ、攻撃側の視点で見てる感、いっぱいです😀

山王台を後にします。

猪が掘った穴だそうです

登って行きます

分岐点の道案内版。
最近設置されたとのことです。

道案内版

お、山頂部に着きそうです

到着しました、⑪中の曲輪です。
御主殿入口から45分の登山でした。

中の曲輪から山王台への入り口です
山王台より下はガイドさんの同行必要です)

中の曲輪の隣、松木曲輪に来ました。
ここは休憩が出来る展望台です。

高尾山拡大(山頂の少し右に建物が見える)

東京都心部の展望(展望は別途掲載します)

 管理棟9:14発から、松木曲輪まで11:07着。

 ここでガイドさんとお別れです。

 2時間もお付き合い、ご案内頂きありがとうございました。

 

 八王子城のガイドさん達は、午後に

「戦国時代の八王子市域と八王子城の講演会があり、

 午前でガイド終了の日だったそうです。

 (私行きたかったです・・・😂)

 

 でも今回は本当にラッキーでした。

 私の拙い記事もご案内させて頂きましたので、

 またお会い出来ましたら、教えて頂けると

 思っています。

 

 またかみさんには、素晴らしいガイドさんを

 導いてくれた上、八王子城の訪問場所が、最も

 見所の御主殿を素通りして、立入禁止でめったに

 行けない四段石垣が最初と、うそみたいな話😅。

 感謝を申し上げこの回を終了致します。

 (多分こんな人ほぼ居ない。)

 

 ご高覧ありがとうございました。_(._.)_






















 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 




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