こんにちわ、rekikakkunです。
小田原防衛戦シリーズを進めており、
今回は八王子城の探訪の2回目となります。
前回の内容は下記です。
1.八王子城の歴史
2.八王子城の縄張
3.八王子城攻防戦の概要
4.八王子城探訪
1)根小屋地区 探訪
①宗関寺
②北条氏照及び家臣の墓
③八王子城跡ガイダンス施設
④八王子城跡管理棟
2)居館地区 探訪
①アシダ曲輪
今回は上記の続きから進めます。
4.八王子城探訪
2)居館地区探訪
②大手の門跡~御主殿に通じる古道
御主殿へ通じる道は下写真を参考に2つあり、
家臣等はアシダ曲輪を経由する青矢印の経路と
推定されますが、現在は復元されていません。
(もしくは通常立ち入れない)

重要な客や城主は黄色矢印の大手の道を
進んでいたと推定されてる様です。
それでは現在アシダ曲輪の正面にある城山川
の橋を渡ります。(この橋も当時は無い)
城山川は居館地区の側面を守る自然の水堀
となってたと思われます。


(この写真の左手に大手門跡があります)

この図が無いと分からないから欲しい・・・😅
(黄色矢印は一つ上の写真と方角が同じ)
上の写真の赤丸の所が、だいぶ埋まってしまってる
大手門外側の空堀の様です。
太鼓曲輪がある側面の山から流れ出た土砂で
だいぶ埋まってしまったかと。


(上の写真の階段を上った付近です)




だいぶ崩れて埋まってしまってるが、
大手の向かい側の曲輪(写真右上側)と
空堀の痕跡がかろうじて分かる。
まあ何とか残ってる実物が元々好きなんです。
こ、ここか~って感じがして・・・😅

御主殿に通じる古道が復元されていました

う~ん、これはこれで良いな~😄

すんなり大手口から入れず、後世作られた道から
来るので、縄張りを想像するのがややこしいです。
ボランテイアの方の図を最初に見ておいた方が
良いですね~。
それでは古道を進んで行きます。



そして古道を進み切ると。



御主殿に通じる橋の存在が発掘により判明し、
大手口跡から通じる大手道(古道)を推定できた様です。
③曳橋と御主殿の段石垣
そして古道を進んだ後、曳橋と御主殿の段石垣が
よく八王子城の代表的な案内写真で出てきますね。
何枚か掲載します。

(橋は現代の通路用になりますが、景観に配慮してる様です)



曳橋を渡ってきました。
④御主殿の虎口
曳橋を渡ると、御主殿へ通じる虎口が
丁寧に復元されています。
基本、発掘時の石を使って復元しているとの事です。


上の写真の中央正面の石垣

築城当時に積まれた状態の石垣だそうです

それでは御主殿の方向に進みます



説明板にある通り、虎口階段の踊り場も石敷になってる

上の踊り場写真の右下に礎石が一つ写ってますね。


⑤御主殿跡
いよいよ御主殿跡に入ります。

門をくぐりました。

(公式ガイドによると、写真右手の山側を削り、
写真左手の川側まで盛土をして曲輪を作っていたとのことです)


(城主氏照の館跡と推定されている)




⑥御主殿曲輪西側の土塁石垣遺構
御主殿跡の奥、会所や敷石遺構の先には、
ロープで通行禁止になっている所があります。


ところが、ガイドさんが一緒なので、ここをくぐって
中に案内してくれました。
方向的には御主殿曲輪の西端の位置であり、
山頂部の松木曲輪に通じる尾根筋の麓の方向です。

御主殿曲輪の西側の部分へ入っている


当時道は無く、天然の堀ですね。
自然な高低差が分かります。(^▽^)/
そしていよいよ目的の土塁石垣が見えます。


確かに土塁に見えますね

ここを進むと松木曲輪への尾根に通じるのかな?
遺跡保護の為、行けないけど行きたい(*_*;
ほんとはこんな所を1時間位かけて散策したいですね~。
⑦御主殿の滝
そして、御主殿を南に下り城山川に至ると、
象徴する遺跡の一つ、御主殿の滝があります。

(現代の道が出来たので分かり難いですが、
道の右側が御主殿で、左側が城山川、御主殿の滝です)

(この日は水が少ない)

(供養が絶えないようです)

ここは豊臣軍の攻撃により、居館地区に居た北条方が
最奥の御主殿に追い詰められて、城主氏照の正室比佐や、
女性、子供、将兵達が虐殺されたり、自刃、滝に身を
投げたりと壮絶な状況となったとの事です。
城山川が三日三晩血で染まったと伝わる、
八王子城落城を物語る悲劇の場所です。
3)根小屋、居館地区の攻防戦
八王子城の戦いは、
前半部分の「麓の根小屋、居館地区の攻防戦」と、
後半部分の「要害地区(山城部)での攻防戦」と、
ざっくり2つの局面に分けられそうです。
これまでは、居館地区までをご紹介しましたので、
前半戦を簡単に書き出してみます。
・・・と思いましたが、ちょっと頭の整理が必要
そうなので、次回と致します。
ご高覧ありがとうございました。m(__)m