こんにちは、rekikakkunです。
から始まった、豊臣vs後北条氏の小田原防衛戦も、
6月に入り、いよいよ終盤戦となりました。
下の小田原防衛戦2のマップで見ますと、
①から⑩までの城が豊臣軍に奪われ、
⑪忍城は籠城中です。
前田利家達北方軍を迎え撃った⑤松井田城での
攻防戦は激戦となりましたが、その後一部を除き、
主力を小田原城に参陣させていた北条氏の支城は
豊臣軍により、比較的安易に落城していきました。
そして4月、5月が過ぎて6月に入りますと、
いよいよ⑫鉢形城等、北条本家が直接籠城防衛
している主要防衛拠点中心の激戦必須の攻防戦
となり、最終局面に向かいます。
簡単にまとめますと下記になります。
⇒1カ月籠城後、降伏開城
⇒1日で落城、ただし壮絶な攻防戦
⇒3カ月籠城後、降伏開城
6/26 ⑮石垣山城 豊臣秀吉による築城
⇒降伏開城
以後上記の順番でご紹介の予定です。
今回は北関東最後の主要防衛拠点とも言える、
⑫鉢形城探訪となります。
1.鉢形城の歴史(日本百名城、国指定史跡)
関越自動車道で川越から高崎へ北上する間、
だいぶざっくりですが、
・次の嵐山小川ICから、杉山城(嵐山町)。
とそんな距離感になります。
伝えられています。
う、長尾景春。。。やばいな~、難しいぞ😅
戦国初期の関東をややこしくした張本人の一人
というイメージ(笑)
まじめに少しだけ確認しますと、
長尾氏は坂東八平氏の一つです。
従ったものの、宝治合戦で三浦氏滅亡と共に没落しました。
その後室町初期に関東管領上杉氏に従い、
白井、総社、鎌倉、越後長尾氏等、
関東を中心に分流し、勢力を広げていました。
(越後長尾家は有名な長尾景虎を輩出します)
景春の父景信は、白井長尾氏の家系で、
景信、景春共に山内上杉家で活躍しましたが、
父の死後、景春は家宰にはなれませんでした。
それに不満を持ち、文明8年築城した鉢形城で
反乱を起こしましたが、最終的には太田道灌
により4年後の文明12年に鎮圧されました。
これを長尾景春の乱と呼ばれています。
その後彼は懲りる事無く、上杉謙信の父で同族の
関東で反乱を続けましたが、最終的に
今川家に身を寄せ、1514年死去したとのことです。
相当波乱万丈の様ですね~。
長尾景春の歴史になってしまいました。
未だに分かった気にならないです。😆
時代は進み鉢形城は、後北条家の所有となり、
北関東支配の拠点となりました。
天文15年(1546年)、公方管領といった旧体制との
決戦に勝利し、後北条氏関東制覇への転機となった
川越夜戦後、北条氏康の五男氏邦が同地域の豪族
藤田康邦の養子となり、元服後は娘の大福御前と
結婚、鉢形城主となりました。
拡張整備されていった模様です。
1590年北条防衛戦で氏邦は北条家中内で
意見が合わなかった為、拠点の鉢形城に戻り、
約1カ月籠城戦を戦い抜きました。
その後開城し、廃城となった様です。
2.鉢形城の縄張り

鉢形城は荒川と深沢川が合流する細長い断崖の上に
築城されているので、アクセスが南西の1辺
(上図では左上)しか無いという天然要害の立地です。
また深沢川の外側も外曲輪を配置し、大きな堀、
土塁を巡らせ、その遺構が残っています。
昭和7年と早い時期に国指定史跡となったからか、
遺構が広く残され、発掘、復元、公園化等により、
安全でとても見易い城跡になっています。
3.鉢形城探訪
さて、自動車で鉢形城へ向かいます。


鉢形城歴史館に駐車します。
(ただし三の丸の近くにも駐車場があります)

駐車場がとても広いです。
コンビニでおにぎりを買って駐車場で食べようと思いましたが、
なんか団体さんが駐車場に隣接している屋根の下で
お弁当を食べてたので、私も車を出てその近くで食べました。


やっぱり食事処がほぼ無かったので良かったです。👍


歴史館は、ほとんど撮影禁止だったので残念でした。
色々説明板とかありましたが覚えられない( ;∀;)
しかし鉢形城を廻った後、帰りに再度行き、
半券を見せて再入場して良いですか?って聞いたら、
どうぞと言ってくれたので👍です。
(せこいだけの話か😆)
さて、歴史館から自転車で鉢形城を廻ります。






~大手口側の巨大な空堀と虎口~







~三の曲輪、伝秩父曲輪、四脚門~

(ちょっと三の曲輪の範囲が分かってないですが・・・)


先程この先から伝秩父曲輪の門を見ました
とにかく広いです。

よく鉢形城の紹介写真に出てきますね



これもよく鉢形城の写真で見ます




写真手前が庭園の池跡かも



奥の山はもしかしたら豊臣軍が居そう

~三の曲輪の南東側、馬出、伝逸見曲輪~
三の曲輪から下の赤丸付近に行きました。


左側の出っ張っている所が馬出かな?
写真の奥側は深沢川の渓谷になります。
川の内側に水堀があるのがちょっと不思議です。

伝逸見曲輪の範囲が分からなくて・・・


凄い遺構ですね~
馬出以外の案内が無かった様な

左側が深沢川
まだまだ凄い所があり長くなりそうなので、
鉢形城は2回に分け、今回はここまでとします。
次回は、下図赤丸の二の曲輪からで、
見所が多い所です。



ご高覧ありがとうございました。_(._.)_