こんにちはー、rekikakkunです。
徳川家康の生誕地であり、また家康が今川家から独立し、
天下統一への歩みを始める最初の拠点となった
岡崎城を探訪します。
まずは最終日前日の宿は、岡崎城のすぐ隣、
というか城内と言っても良い、
岡崎ニューグランドホテルです。

(右手は乙川(おとがわ))


と共に岡崎城天守が見えます
そしてホテルの朝食会場は、このホテルの超お薦め、
最上階の展望レストランです。

(後で見ると我ながら綺麗⁈)

天守が一望できる席になりました😊
この風景は岡崎城の立地をイメージするのによいですね~。
写真左手(城南側)には乙川(おとがわ)が見え、
この写真、天守の先(城西側)には岡崎平野の中心、
矢作川があり、その合流地点の丘陵に城が築かれてるそうです。
「どうする家康」に出ていた岡崎城の鳥瞰CGには
城南側を東西に流れている乙川が出てましたね~。



実は城からの天守は、上写真の通り木々に囲われていて、
今一撮りどころが分からなかったんです。
なので今にしてみると、ホテルからの城写真は
なかなか貴重になりました。
さて岡崎城に向かいます。
朝、ホテルをチェックアウトし、荷物を車に移しました。
元々ホテルの駐車場は近くの岡崎公園駐車場で、
1日分のチケットを渡されてました。(=駐車代無料)
黄色マークの現在地が駐車場で、その下の空き区画
にホテルがあります。

駐車場から菅生曲輪(すごうくるわ)を経て、二の丸に来ました。


二の丸の一角に大河ドラマ館がありました。
・・・が、
開館は明日からでした。(~ ̄▽ ̄)~
(当日は1/20金曜日)
ま、大河ドラマ館は地元で見れるからいいや、
と思って周辺うろうろすると・・・・
天守閣、他のお店も前日休みφ(* ̄0 ̄)
でも、大河ドラマ館脇にあるボランテイアの
お城案内所が開いてました。
その場で1時間コースをお願いしてみたら、
無料で1対1で案内頂き、感激しました。
またその後一人で地図を片手に曲輪を探していた時も、
晴れ着姿のお嬢様から何かお探しですか?
とお声を掛けて頂き、教えてくれました。
岡崎城の観光展開、優しさに触れることが出来て、
とても良かったです(^▽^)/
さて、説明員さんと一緒にお城を廻ります。

当時のままの石垣ですよね~(⌒∇⌒)






家康公のへその緒を埋めた塚。塔は昭和時代建立)


(高さ10mを越える)
説明員の方の誘導で、埋門には入らず、
いったん本丸外側を歩く。


(左と右とで時代が違う感じも、左野面積、右打込接かな~?)

(右下方向に、石を割る際につく矢穴の跡)

(江戸時代この橋は無いので、
この細い曲輪を通らないと、虎口に着かない)



(風呂谷曲輪から通じる本丸東南の虎口)

虎口から本丸に侵入。




(岡崎城最古の石垣だそうです)

(本丸から出る)

(松平氏が占拠する前、西郷氏時代の最も古い堀だそうです)

(清海堀の石垣は、築城時代より後世の追加改修)



(天守閣背後から撮影したが失敗に( ;∀;))

(正面方向二の丸)



(家康公が能を舞っています)
ここで説明員さんとお別れ、
お話が面白かった、ありがとうございました。
今度は本丸より北と南側に行っていないので、
行きました。
まず北側は、



そして今度は本丸の南側に回り込みました。





う~ん、南側もええな~。。。(❁´◡`❁)

ここから隠居曲輪を通って大手口に向かいます。



(多分写真右が南袖石垣ですね)


1560年(永禄3年)桶狭間の闘い後、
1570年(元亀元年)までの約10年間、
岡崎城は家康の居城となってました。
これで岡崎城探索は終わりにします。
帰宅前の昼飯。


味噌カツ定食を頂く
岡崎城、石垣が面白かったです。
「岡崎城跡石垣めぐり」のパンフレットを
説明員さんが別れ際に持ってきてくれました。
(名称はこのパンフレットに合わせてます)
これ貰って大変良かったです。
ありがとうございましたm(__)m
おっと、大樹寺を忘れてたw
和尚から厭離穢土欣求浄土(旗となる)の
教えを授かったとされてます。


(寺と学校の門越しが正ですが、これは学校の門のみ)


かつ門が閉ざされている
だいぶはしょりました。_(._.)_
次回は・・・・
メインは松尾山と島津退き口(●ˇ∀ˇ●)
ネタは良いと思われますが、
またもや適当になるでしょう(~ ̄▽ ̄)~
晴れの週を狙い、寒さも和らいだ万全の計画・・・👍
まさかの花粉倍増計画により
撃沈してました😿
ご高覧ありがとうございました。m(__)m