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筑豊地区最大級:三菱飯塚炭鉱遺跡「巻き上げ機台座」(福岡県飯塚市)


石炭の産地として栄えた九州・筑豊地方。

福岡県飯塚市には、見事なレンガ造りの
貴重な炭鉱遺跡がありました。
(日本の近代化を支えた石炭生産地・筑豊)
九州の筑豊地方には大小たくさんの炭鉱があり、そこから産出される石炭が近代日本を支えてきました。

福岡県飯塚市にあった飯塚炭鉱は、第一次世界大戦勃発の翌年・1915年(大正14年)に操業を開始し1929年(昭和4年)には三菱が経営し、1961年(昭和36年)に閉山しました。
現在、飯塚市には道路沿いに三菱飯塚炭鉱の巻き上げ台座が並んで二基残っています。

(巻き上げ台座)
このレンガ作りの建物は、「巻き上げ台座」です。
巻き上げ台座とは、炭鉱で、地下にある坑道抗内に資材や人員を送ったり、掘り出した石炭を地上に搬出するトロッコを引っぱるためのロープを巻き上げる機械の台座です。

ここにあるものは大正時代に作られ使用されていました。操業時は、この台座の上に動力小屋があり蒸気機関で稼動していました。

(今も残る2つの巻き上げ機の台座)
ここにあるのは幅13.5m高さ12mで、筑豊地区で最大級です。
赤レンガの台座が残っているのは珍しいとのことです。

1、駐車場の隣にある巻き上げ機台座

駐車場から、巻き上げ機台座の中に入ることができます。

しっかりとした造りです。

(日本中国友好・慰霊の碑)
駐車場には、戦時中、この炭鉱で強制労働を強いられた中国人の歴史を刻む「日本中国友好・慰霊の碑」が建てられています。戦争中、日本男子の多くが戦場にいったため、炉動力が不足していました。そこで中国人捕虜などがここで働いていました。

この碑は日中国交正常化50年となる2022年(令和4年)12月4日に除幕式が行われました。

建立委によると、徴兵による労働者の欠員を補うため、1944年(昭和19年)に中国人188人が強制連行され、終戦までに19人が死亡したとされています。
慰霊の碑の表には強制連行の経緯が中国語と日本語で、裏には中国人の氏名や出身地などが刻まれています。

 

2,もう1つの巻き上げ機台座
駐車場から3分ほど歩くともう1つの巻き上げ機台座があります。

こちらは金網のフェンスがあり、中に入ることが出来ません。

<<三菱飯塚炭鉱「巻き上げ機台座」への行き方>>
JR筑豊本線「天道駅」から徒歩約20分
住所:福岡県飯塚市平恒460-8

 
「黒ダイヤ」と呼ばれ
日本の近代化に大きく貢献した石炭。

このような赤レンガの建物は非常に貴重です。

 

 




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