以下の内容はhttps://reiwa00502.hatenablog.com/entry/2026/02/12/000000より取得しました。


皇紀2686年の紀元祭に参列|2月11日の神事・紀元節の意味と歴史、当日の流れを実体験から解説

2026年(令和8年)2月11日(水曜・祝日)
皇紀2686年の紀元節です。
この日、神社で行われた紀元祭に参列しました。

紀元節とは)
2月11日は「建国記念の日」ですが、戦前は「紀元節」と呼ばれていました。
この日は、日本の初代天皇神武天皇が即位した日とされ、日本の建国を祝う日として位置づけられています。

戦前の四大節紀元節四方節天長節明治節)の一つであり、全国の神社の中では、紀元祭が行われます。

紀元節がなぜ2月11日かというと・・)
日本書紀には、紀元前660年1月1日に神武天皇が橿原に宮を建てたとの記述があり、そのことから、明治政府が日本の紀元の始まる日であるとして「紀元節」と名付けました。、

この日を明治政府がグレゴリオ暦太陽暦)に換算し、2月11日を「紀元節」と定めました。
皇紀2686年)
2025年(令和7年)は、初代天皇神武天皇が即位して2685年目なので皇紀2685年と
なります。

(戸上神社で紀元祭開催)
2025年(令和7年)2月11日、福岡県北九州市門司区の戸上神社で行われた紀元祭に参列しました。

この神社は、約1800年前、宇多天皇の寛平年間に神託によって創建された歴史ある神社です。

2025年(令和7年)2月11日(火曜・祝日)の紀元祭は本殿内で行われました。

皇紀2684年紀元祭
午後5時に太鼓の合図で紀元祭が開始。

今回の紀元祭では、2名の神主と1名の宮司、参列者は、おっさんを含め40人ほどでした。

祝詞奏上、お祓い、樫原神宮遙拝、笛太鼓鐘の演奏奉納、玉串奉納と神事は続きます。

そして、参列者全員で紀元節の歌を歌います。
この歌詞をよく読むと実に素晴らしいですね。

こうして20分ほどで、紀元祭は終了しました。

その後、会館で、紀元二千六百八十六年の祝賀式がありました。


(これまで実際に足を運んだ神武天皇関係の地)
紀元節は、初代神武天皇の即位を祝する日ですが、おっさんはこれまで神武天皇に関係

するいろんな場所に訪問しています。
神武天皇が生まれた場所(宮崎県高千穂町 四皇子峰) 

神武天皇宮崎市での住居

神武天皇を祀る皇宮神社(宮崎市

神武天皇が東征する前に利用したと伝わる風呂
(宮崎県新富町

神武天皇が船出前に座ったという石がある立磐神社(宮崎県日向市美々津)

神武天皇が船出をした場所(宮崎県日向市美々津)

神武天皇の古代斎場(福岡県北九州市

神武天皇がたどり着いたという大阪天満宮大阪市

神武天皇が即した橿原神宮奈良県橿原市
2021年(令和3年)には神武祭に参加しました。

紀元祭は、かつては貴重な神事でしたが、
現代では
あまり知られていない行事になってしまった感が
あります。




以上の内容はhttps://reiwa00502.hatenablog.com/entry/2026/02/12/000000より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14