1902年(明治35年)2月4日、
木村栄(きむらひさし)が
地球の緯度変化を計測するための公式である
「Z項=木村項」を発見しました。
これは天文学上の大発見と言われています。
(木村栄がZ項を発見!)
木村栄は、Z項という地球の緯度変化を計測するための公式を発見した天文学者です。
Z項は、発見者の木村の名前から、「木村項」とも言います。

(出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/260/)
(木村が発見したZ項とは)
緯度の計測は星の動きを定期的に観測することによって導き出されます。
従来は星の観測の結果をX項Y項という公式で計算していました。それに木村栄が発見したZ項を加えると、地球上のどこでもこれまで以上に正確に計測できるようになりました。
Z項の発見は天文学上の大発見であり、現在もこの公式は使われています。
(木村栄とは)
木村栄は、帝国大学を卒業後、緯度観測に従事します。
1899年(明治32年)には国際共同事業として、岩手県の水沢(現・奥州市)に緯度観測所が建てられ、栄はその初代所長として赴任しました。

提供 国立天文台
当時、地球の南北両極が少しずつ動いていることが知られるようになり、世界の6ヵ所で共同観測を行うことになり、水沢がその一つに選ばれました。
そして3年後の1902年(明治35年)2月4日に緯度変化の新要素であるZ項を発見します。
(「緯度変化に就て」)
木村栄は、1908年(明治41年)に「緯度変化に就て」という本を出版しています。

「緯度変化に就て」は下をクリックすれば誰もが自由に読むことができます。
(25年間毎日観測)
木村はZ項発見後も、25年間毎日、1日も欠かさず観測を行いました。一人の学者による25年という長い年月の観測記録は、世界で最も長い記録といわれています。
木村は1937年(昭和12年)には第1回文化勲章を受章しました。
(世界が称賛)
木村榮が発見したZ項は世界がその偉業を称賛します。
1910年(明治43年)10月には・・・

(出典:新聞集成明治編年史 第十四卷:国立国会図書館デジタルアーカイブス
https://dl.ndl.go.jp/pid/1920445/1/174)
翌年の1911年(明治44年)には・・・

(出典:新聞集成明治編年史 第十四卷:国立国会図書館デジタルアーカイブス
https://dl.ndl.go.jp/pid/1920445/1/237)
(木村榮記念館)
観測所が開所した1899年(明治32年)の翌年の1900年(明治33年)に臨時緯度観測所庁舎が建設されました。
この建物は1966年(昭和41年)まで研究室として使用されました。当初の屋根は栗柾葺(くりまさぶき)でした。屋上に気象観測台が設置されていました。

提供 国立天文台
現在、この建物は、国立天文台水沢キャンパスの北側に移設されて木村榮記念となっています。記念館の正面には、木村榮の胸像があります。

提供 国立天文台
木村栄の偉業をたたえる
国立天文台水沢VLBI観測所の「木村榮記念館」HPです↓