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1920年1月10日 国際連盟発足、後年その地を訪れた私の“日記と絵葉書”

1920年大正9年)1月10日、
ベルサイユ条約の発効に伴い国際連盟が発足しました。
第一次大戦後発足)
国際連盟は、第一次世界大戦のような過ちを繰り返さない為に設立された世界初の国際平和維持機構です。

第一次大戦を受け、アメリカ合衆国大統領・ウィルソンは14条からなる平和原則を発表し、国際平和機構の設立を提唱しました。このウィルソンの提唱のもと、第一次世界大戦後のベルサイユ条約に基づいて国際連盟が設立されました。
国際連盟は、世界の国々が協力して国際社会の平和と安全を守ることを目指していました。
国際連盟の主な構成機関は、総会、理事会、常設事務局、常設国際司法裁判所、国際労働機関などでその本部はスイスのジュネーブに置かれていました。
(日本は常任理事国
国際連盟常任理事国は当初は、イギリス・フランス・イタリア・日本の4ヶ国でした。1920年大正9年)から1926年(大正15年)は、国際連盟事務局次長を新渡戸稲造が務めました。また、次期の事務局次長も日本から杉村陽太郎が就任しています。


発足時、国際連盟には、アメリカ、ドイツ、ソ連が参加していませんでした。
アメリカ合衆国モンロー主義の点から最初から最後まで加盟せず、ドイツ・ソ連は当途中から参加します。そしてドイツは、常任理事国に加わります。
原加盟国は、戦勝国を中心に42カ国で加盟国は最盛時には59カ国となりました。
しかし日本とドイツは途中で脱退し、ソ連は追放されています。
(全会一致主義)
国際連盟の総会は一国一票であり、すべての課題の解決に対して全会一致を条件としていました。それが国際連盟の大きな問題点でした。

設立当初でも42ヵ国、最大で60ヵ国近い加盟国がいたなかで、すべての国の賛成を得ることは非常に困難でした。
なお、国際連合では、常任理事国5ヵ国と非常任理事国9ヵ国の賛成があれば、採決できるようになっています。
国際連合国際連盟に移行したわけではない)
1945年(昭和20年)6月に国際連合が成立したのに伴い、翌年1946年(昭和21年)4月20日国際連盟は解散します。わずか26年でした。
ここで重要なのは、国際連盟が解散したのは国際連合成立後であること、すなわち、
ごく短期間ながら国際連盟国際連合の2つの組織がともにあった時期があるということであり、「国際連盟国際連合に移行したのではない」ということです。

(おっさん国際連盟ジュネーブ本部でステーキを食す)
これは、おっさんの個人的な話ですが、おっさんは大学時代にリックサックを背負い、1か月間ヨーロッパを放浪しました。
ユーレイルパスという欧州大陸の列車乗り放題のパスを購入し各地の教会やユースホステルに宿泊しました。
そのとき、スイスのジュネーブに行き、国際連盟本部(現在は国際連合ジュネーブ事務局)を見学しました。

そして、国連の食堂でステーキを食べました。

大きなステーキを食べながら、ああ、ここが国際連盟の本部だったんだなあと感動したものでした。

おっさんは欧州旅行中に毎日メモをつけていました。
当時のメモが見つかりましたので、紹介します。1988年(昭和63年)3月9日です👇

その時、ジュネーブの国連から日本の自宅に出したハガキも見つかりました👇
(偉そうな文章を書いていますが当時20歳、世間知らずの若造なのでお許しを・・・)

・・・・ということで
1月10日は国際連盟が発足した日です。




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