
太平洋戦争末期、
海軍で「天雷特別攻撃隊」という空中特別攻撃隊が
編成されました。
零戦に爆弾を搭載し、B-29爆撃機に挑む作戦で
福岡県の築城飛行場で初陣を迎えます。
天雷特別攻撃隊とは
大平洋戦争末期、日本本土を空襲するB29をなんとが阻止するために海軍が「天雷特別攻撃隊」という空中特別攻撃隊を編成しました。
この空中特攻隊・天雷特別攻撃隊は零戦に250㎏爆弾を搭載し、B-29の大編隊の前方50-60度の角度から侵入し、一番機をかわした時にボタンを押して爆発することで直径250-300m範囲でダメージを与えるという作戦を想定していました。

攻撃は誘導機1機と特攻機1機による単機攻撃が原則で、「敵編隊を発見できない時には安全を確認し、海上に爆弾を落として帰投する」と言った味方を巻き込まないという
厳格な規定が設けられていました。
訓練は岩国基地で行われ、教官には零戦撃墜王として知られる零戦虎徹・岩本徹三などが名を連ねています。

築城基地での天雷特別攻撃隊出撃記録
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7月初旬:天雷特別攻撃隊一次隊「白虎隊」が築城基地へ移動
当時、築城には、築城海軍航空隊がありました
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8月7日:加藤正治一飛曹、内藤宏上飛曹が出撃
これが天雷特別攻撃隊の初陣
しかしB-29が引き返したため戦闘はなし
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8月9日:長崎原爆投下の日、再び出撃。
内藤機は脚の不具合で帰投するも。規則を破り爆弾を抱えたまま戻り、基地内が混乱。そのため内藤は出入り禁止に。加藤機は未帰還。 -
8月11日:天雷特別攻撃隊二次隊「飛龍隊」が岩国での訓練を終え築城へ移動
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8月15日:終戦を迎え、空中特攻は実施されないまま歴史の幕を閉じる
幻の特攻隊と呼ばれる理由
天雷特攻隊は海軍内部でも極秘扱いであったため、記録が非常に少なく「幻の特攻隊」とも呼ばれています。
出撃はあったものの、実戦での戦果はなく、終戦とともにその存在は歴史の中に埋もれていきました。
記録が乏しいために広く知られてはいませんが、