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10月30日、「教育ニ関スル勅語(教育勅語)」が発布される

(出典:新聞集成明治編年史 第七卷:デジタル国会図書館アーカイブ

https://dl.ndl.go.jp/pid/1920380/1/284


1890年(明治23年)10月30日、
教育ニ関スル勅語教育勅語)」が発布されました。

(出典:新聞集成明治編年史 第七卷:デジタル国会図書館アーカイブ

https://dl.ndl.go.jp/pid/1920380/1/284

教育勅語
教育ニ関スル勅語」は、「教育勅語」とも称されます。
勅語」とは、天皇が政治・行政などについて伝える、いわゆる「お言葉」を文書などにして公表した物のことを言います。
教育勅語誕生の背景)
明治政府は、1872年(明治5年)に学制、さらに1879年(明治12年)に教育令を公布するなどを行い、近代教育制度の整備を進めていました。
しかし、ちまたでは、「西洋化が進みすぎ日本の伝統的な道徳教育が軽視されているのではないか」という危機感を持つ者も増えていました。
そこで、儒学者で枢密顧問官の元田永孚(ながざね)と、法制局長官の井上毅(こわし)が中心となり「教育勅語」の起草が進められました。

こうして完成した教育勅語は、第一回帝国議会の開会を前にした1890年(明治23年
10月30日、文部大臣の芳川顕正に下賜されました。
天皇自身のお言葉である「勅語」という形で発布されたため、通常の法令等とは違い、天皇の署名だけが記されています。

発布の翌日、芳川は勅語の謄本を全国の学校に領布すると発表し、式日などでは生徒を集め、勅語を奉読することを訓令しました。

・・・ということで
10月30日は「教育ニ関スル勅語教育勅語)」が
発布された日です。




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