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平賀源内の墓を訪ねて・・エレキテルと“土用の丑の日”を仕掛けた江戸の天才、ここに眠る

東京・台東区橋場にある
平賀源内の墓を訪ねてきました。

平賀源内と言えば、
エレキテルや「土用の丑の日」のコピー発案などで
江戸時代に活躍したマルチな人物です。
(マルチクリエーター・平賀源内)
江戸時代中期に活躍した平賀源内(ひらが げんない)は、本草学者・科学者・戯作者・画家・発明家など、数々の肩書きを持つ“江戸のマルチクリエイター”です。
彼は1728年(享保13年)、現在の香川県さぬき市志度町に生まれ(※生年には諸説あり)、その生涯で多彩な業績を残しました。

代表的な発明には、源内焼(陶器)、寒暖計、そして静電気発生装置であるエレキテルなどがあり、当時の日本に西洋科学の風を吹き込んだ人物として知られています。
また、戯作や浄瑠璃、洋画にも精通し、司馬江漢ら後世の芸術家・学者にも大きな影響を与えました。

しかし1779年(安永8年)に人を誤って殺傷して捕えられ小伝馬町の牢内で12月18日に病死します。その遺体は東京都台東区橋場にあった橋場の総泉寺に葬られました。
(平賀源内の墓)
平賀源内のお墓は、東京都台東区橋場2丁目、白鬚橋(しらひげばし)の西側、明治通りの歩道近くの住宅地内にあります。

平賀源内の墓は築地塀に囲まれています。立派です。
訪問した時が2025年(令和7年)夏で、この時期はNHK大河ドラマの「べらぼう」に平賀源内が登場していたので、それにちなんだ紫色の幟が立っていました。

門は簡単に空けることができます。ここから中に入ります。

墓は、木造の覆い屋に保護されています。

こちらが平賀源内のお墓です👇

ちゃんとお名前もありました。

かつてこの地には総泉寺があり、平賀源内はその墓地に葬られていました。
その後、総泉寺は板橋区に移転しますが、平賀源内のお墓はこの場所にそのまま残されました。
下の写真は1931年(昭和6年)に撮影された、平賀源内のお墓です。

(画像引用:平賀源内のお墓案内板の写真より)

<<平賀源内の墓への行き方>>
東京メトロ日比谷線南千住駅」から徒歩約12分
住所:東京都台東区橋場2-22-2

静かな住宅街の一角に、江戸の天才が眠っています。
科学も芸術も、遊び心も・・・平賀源内の生き方は
私たちにヒントをくれる気がします。




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