兵庫県尼崎市にある難波八幡神社の境内には、
戦前、御召艦を務め、幾度の海戦を戦った
戦艦・榛名のマストが立っています。
(🏯 難波八幡神社とは?)
兵庫県尼崎市にある難波八幡神社は、その起源は仁徳天皇の御世(4世紀)に創建されたと伝えられる古社「難波祝津の宮跡」です。
「なにわのはちまんさん」として地元の人々に親しまれています。
境内には本殿・弊殿・拝殿のほか、地蔵尊・稲荷社・三社相殿などがあり、静かな住宅街の中にひっそりと佇んでいます。
(⚓ 戦艦榛名とは?)
戦艦榛名は、1915年に神戸の川崎造船所(現・川崎重工業)で建造された金剛型巡洋戦艦の3番艦です。同時に民間造船所で初めて建造された戦艦の1つでもあります。
姉妹艦には「金剛」「比叡」「霧島」があり、いずれも日本海軍の主力艦として活躍しました。
この「榛名」の名前は群馬県の榛名山から名を取っています。
(大礼特別艦船式での御召艦)
榛名は、1928年(昭和3年)12月4日、横須賀沖にて当時の天皇(昭和天皇)の即位を
記念して行われた大礼特別艦船式で、天皇が座乗する御召艦を務めました。

(出典:「大礼特別観艦式・大礼中の帝国海軍 : 昭和三年」デジタル国会図書館
https://dl.ndl.go.jp/pid/13891878/1/11)

(出典:「大礼特別観艦式・大礼中の帝国海軍 : 昭和三年」デジタル国会図書館
https://dl.ndl.go.jp/pid/13891878/1/17)
御召艦「榛名」には天皇旗が掲げられました。

(出典:「大礼特別観艦式・大礼中の帝国海軍 : 昭和三年」デジタル国会図書館
https://dl.ndl.go.jp/pid/13891878/1/13
(太平洋戦争でも各戦いに参加)
その後、榛名は、太平洋戦争では、インド洋作戦・ミッドウェー海戦、ガダルカナル島の戦い、マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦にも参加します。
1945年(昭和20年)に入ると燃料不足により呉で係留され、7月24日と28日の呉軍港大空襲により多数の命中弾を受け大破・着底して最期を迎えます。
そして、翌年の7月に解体され姿を消しました。
(🗼 難波八幡神社に残る榛名のマスト)
その「榛名」の部品が残っています!
尼崎市にある難波八幡神社の境内にある、ひときわ目を引く大きな白い柱。

これが、戦艦榛名のマストです。


このマストは、、1933年〜1934年(昭和8年~9年)に戦艦榛名で行われた第二次近代化改装の際に取り外されました。取り外された後に「国光宣揚会」という団体に渡り、
その後、この神社に奉納されました。
マストには「國光宣揚 軍艦 榛名」と刻まれています。
「国光」とは国の威光、「宣揚」とはそれを広く世に示すという意味です。
<<戦艦榛名のマストが残る難波八幡神社への行き方>>最寄駅:JR尼崎駅から徒歩約30分
住所:兵庫県尼崎市東難波町3丁目6-15
難波八幡神社の境内に静かに立っているマスト。
その持ち主は、お召艦を務め、
太平洋戦争では数々の海戦で戦った戦艦榛名でした。
