以下の内容はhttps://reiwa00502.hatenablog.com/entry/2025/07/13/000000より取得しました。


戦争末期 マルレ(四式肉薄攻撃艇)が格納基地が築かれた蕪島 ~福岡県北九州市門司区蕪島~

福岡県北九州市門司区にある蕪島(かぶらしま)。
太平洋戦争末期、この島には、
本土上陸を行う米軍を迎え撃つために
マルレ(四式肉薄攻撃艇)が格納されていたそうです。(マルレとは)

マルレとは、日本陸軍の「四式肉薄攻撃艇(よんしきにくはくこうげきてい)」で、
秘匿名が「連絡艇」。その頭文字から㋹(マルレ)と呼ばれていました。

マルレは、全長5.6 m、全幅1.8 m、満載排水量約1.5 t、長さ5mのベニヤ製で、自動車用の60馬力程度のエンジンを積んだモーターボートです。
このマルレは、艇体後部に250 kgまたは120 kg2個の爆雷を装備し、最高速力・23~25 キロで敵艦に体当たりします。
航続時間は3.5時間でした。
マルレは、フィリピン・ルソン島の戦いで初めて実戦投入され、1945年(昭和20年)
1月9日に、約70隻がリンガエン湾内の米軍艦艇に突入し損害を与えたとされます。

こうしてマルレは約3,000隻が生産されました。

(海軍は「震洋」)
ちなみに、同じような特攻用に海軍が開発したモーターボートは震洋(しんよう)があり、「マル四」と呼ばれていました。

(戦争末期、日本各地に配備)
終戦間近になり戦局が悪化すると、本土決戦備えて日本の太平洋岸の多くの海岸には、連合軍の上陸部隊・支援部隊を迎え撃つために海軍の「震洋」や陸軍の「マルレ」の基地が作られました。

今回訪れた福岡県北九州市門司区の瀬戸内海側に浮かぶ小さな島・蕪島(かぶらしま)もその1つです。

蕪島は小さな島で、アクセスは容易ではなく、干潮のときでないと島に行くことも、
近づく事が出来ません。

この小さな島に、1945年(昭和20年)年5月、陸軍の海上挺進第三十四戦隊・第四海上挺進整備隊が編成されました。大積の浄光寺に本部を置いた陸軍海上挺進隊の暁部隊が自然洞窟を利用した蕪島水上特攻基地と呼ばれる基地を建設しました。
この島に4つ、「陸軍四式肉薄攻撃艇(よんしきにくはくこうげきてい)」を配備する穴を作りました。

今回は残念ながら、道に迷ってしまい、また干潮と日没にも遭遇し、見学する時間が限られてしまい対岸から見るだけでした。

ここにいた隊員のほとんどが、宮崎から来た20歳前後の若者だったそうです。
幸いこの蕪島水上特攻基地からは、一度の出撃もなく終戦を迎えています。

機会があれば、干潮の時にもう1回訪れて、
島の中を見たいです👇
<<蕪島への行き方>>
車で行きましょう、また、満潮だと行きにくいので干潮の時間に行きましょう
住所:福岡県北九州市門司区大積

 
福岡県北九州市門司区蕪島・・
小さな小さな島ですが、
忘れてはいけない歴史があります。




以上の内容はhttps://reiwa00502.hatenablog.com/entry/2025/07/13/000000より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14