2025年(令和7年)のNHK大河ドラマは「べらぼう」です。
この物語は、1750年(寛延3年)1月7日に、江戸時代の遊郭・吉原で生まれ、1797年(寛政9年)に亡くなった人物でいわゆるプロデューサー蔦屋重三郎の物語です。
彼が手掛けたエンタメビジネスは、現在の日本文化やエンタメに影響を与え続けています。
2025年(令和7年)6月22日(日曜日)、NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の第24話は「げにつれなきは日本橋」です。
それではストーリーを見て行きます。
(名義貸し作戦)
吉原の総意をもって、重三郎の日本橋進出を支えることが決まり、鶴屋の向かいにある本屋を買い取ろうと考えていた重三郎ですが、問題がありました。
その地本問屋が丸屋小兵衛だったのです。
岩戸屋源八から聞いた話によれば、重三郎が往来物を成功させたことで、上得意の師匠筋をすべて奪われてしまい、経営難になったとのこと。いわば重三郎は商売を追い込んだ「敵」・・。
また、松葉屋、丁子屋が聴き込んだところでは、丸屋の一人娘の元・入り婿が扇屋の花扇に夢中になり、店の金を横領したことが店が傾いたという原因だということ。
この2つの要因には、吉原が絡んでいるために、そういう背景を考えると丸屋は、吉原の人間にすんなりと店を売ってくれる可能性は非常に低いようです。
そして、とどめともいえるのが、丸屋の一人娘のていが鶴屋喜右衛門へ懇願した一言。「吉原の蔦屋耕書堂だけは一万両積まれようともお避けいただきたく」という言葉です。
さらに大きな難問があります。
そもそも、吉原者が市中の物件を買うことが禁じられてもいるのです。
このように日本橋に店を構えるにしては障害が複数ある状況で、吉原の主人たちがその解決策を考える中、扇屋が一人の男を連れてきました。
その男は、茶問屋「亀屋」の若旦那です。
茶問屋「亀屋」の若旦那は、吉原にツケが溜まっていたため、そのツケを帳消しにしてやる条件で、亀屋の若旦那が丸屋を買い取り、それを耕書堂に名義を貸すという作戦です。
こうすることで重三郎が日本橋で店を始めることができるというのです。
しかし、この作戦に重三郎は不安を覚えます。
(蝦夷を上知にするために・・)
田沼意知は、蝦夷地を江戸幕府の直属地にして、ロシアとの交易や鉱山の開発を行うことで歳入を増やし幕府の財政を健全化しようと考えていました。
そして田沼屋敷では、土山宗次郎が上方から戻った平秩東作を連れてきていました。
田沼意知は、誰袖から松前廣年を利用することは難しい、と報告を受け、何かいい方法はないかと考え込んでいまました。
(吉原者には売らない)
亀屋の若旦那が丸屋を買い取る契約を進めていましたが、その交渉の最中に、丸屋の一人娘・てい、と、鶴屋が感づいてしまいました。
そのため、亀屋の旦那の売却には吉原が関わっていることがバレてしまい破談に終わりました。
その後、ていは、父がなくなり、そして元夫の不始末のせいで、店を売ることになってしまったことを町内の人に詫びました。
さらに、耕書堂に店を売るつもりはないとハッキリと言います。
鶴屋を中心とした地本問屋の会所では、丸屋が吉原者の手に渡らないように急いで買い手を見つけよう流れになりました。
(色仕掛けは無理・・)
吉原では駿河屋の2階の座敷に親父達が集まって、日本橋進出の次の作戦を考えていました。
その席で、重三郎が「丸屋に「ぜひうちに売りたい」って言わす手ってなねえもんですかね」と言います。
吉原から、丸屋が乗り気になる、つまり買取を承諾する条件を何か出すことができないかというのです。
すると、りつが「男!」とつぶやきます。
店を畳む丸屋の一人娘・ていは、独身でした。そこで男を当てようと考えたのです。
そこでピンときた親父達は、重三郎に「お前が色仕掛けすりゃいいんじゃねえのか?」と言いました。
しかし、一堂が重三郎の顔を見て瞬時に、それが無謀だと悟ります。
(兄貴を狙うか・・)
一方、なんとか蝦夷地を江戸幕府の直属地としロシアとの交易や鉱山の開発で歳入を増やしたい田沼意知たち・・・。
そこで大文字屋の花魁・誰袖は、上方帰りの平秩東作を松前廣年に引き合わせます。
松前道廣の弟・松前廣年は10歳離れた異母弟で「北辺の鬼」と呼ばれる兄・道廣とは真逆の大人しく優しい男性で、松前藩の江戸家老を務めていました。
廣年が「ロシアと琥珀の取引をやろうにも、その方法がわからない」と言っていたので誰袖は松前廣年に「知り合いに、琥珀の取引に詳しい方を探してもらいんした。主さんが直取引をするのに役立つネタを教えてくださる方です」と平秩東作に平秩東作を紹介します。
幕府御法度の抜荷をすることに戸惑う松前廣年に対し、誰袖は「まさかの折はわっちの名をお出しくださんし、わっちにそそのかされたと言えば、兄上様の怒りはわっちに向きましょう」と言います。
それでも松前廣年はやる気がでず、この話に乗り気ではありません。
その様子を隣の部屋で盗み聞きしてい土山宗次郎と田沼意知は、松前廣年は抜け荷の手配などできそうもない・・と感じ、松前廣年ではなく、その兄・松前道廣に直取引を仕掛けてはどうかと考えます。
(松前道廣との接触)
松前廣年の兄・松前道廣は、松前家の江戸屋敷で、花見の会を開催していました。
ここでは前回同様、悪趣味の世界が繰り広げられ、庭の杭に繋がれた大男が、松前道廣に鉄砲を向けられて失神してしまいました。
この席には、松前道廣の異母弟・松前廣年や一橋治済、島津重豪、田沼意次が参列していました。
田沼意次のお伴で来ていた三浦庄司は、弟の松前廣年の姿を発見し、いきなり大きな声をあげます。
兄・松前道廣が三浦の声が、気になったので、そのわけを問うと、三浦庄司が「それがし、先日あの方を吉原でお見かけし」と答えます。
それを聞いた松前道廣は「お前、家老の分際で吉原で湯水のごとく金を使っておるのか」と激怒し弟を庭の杭につなぎ、銃を構えます。
松前廣年は怯えながらも「吉原の女郎にそそのかされまして!」と答えます。そして発砲と同時に気を失います。
(本屋の気持ち)
どうにかして日本橋に店を出したい重三郎は色仕掛け以外の手で、丸屋の女将・ていに近づくことはできないかと考え、ていに関する情報を集めています。
あるとき、重三郎は、ていのことを知っているかもしれない北尾重政に会いにいきました。
重政はていのことは知らないものの、ていの父親のことは知っていました。
そして、その父親が「娘は寺の和尚から漢籍を学んでいて漢籍が読めると自慢していたとのこと」を思い出します。
その情報を手掛かりにならないかと考えた重三郎は、丸屋が檀家だった寺にやってきました。
すると偶然、和尚が丸屋の一人娘・ていと話していました。ていは、店の商品だった子供用の赤本を和尚に届けていたところでした。
ていは、「この本はくずになるはずだったもの。でも、手習いの子の手に渡れば、本として役に立てるはず。子らに文字や知恵を与え、その一生が豊かで喜びに満ちたものとなれば、本も本望、本屋も本懐というもの。それこそ、本屋がのぞむところ。」・・丸屋の手習い本を寺に寄進しているていの言葉からは、本を愛する気持ちがにじみ出ています。
その瞬間、重三郎は「書を以て世を耕すんだ」という源内の言葉を思い出し「おんなじじゃねえか…!」とつぶやきます。
さらにていは「父親に大切に育ててもらいながら、自分はろくでもない夫と一緒になり、丸屋を傾け、盛り返すこともできなかった」と悔やんでいました。
(借用書作戦)
重三郎が、耕書堂に戻ると、駿河屋と扇屋がやってきました。
その手には、丸屋の借用書が握られています。丸屋があちこちに出している借金の証文を買い取って集めたというのです。もし、丸屋が他へ売られようとしているのであれば、それを見せ「債権者」この店に対して俺達はすでに権利を持っている、という主張し、売買を止めようというわけです。
そして二人は、これなら丸屋に明け渡しを迫ることができると意気込みます。
後日、日本橋に乗り込むことにました。
(対面)
別の日、丸屋は鶴屋が見つけてきた上方の書肆「柏原屋」と売買契約をかわそうとしていました。
とそのとき、吉原の主人たちが姿を現しました。手には借用書を持っています。
吉原の親父達が借用書を手に目の前で行われようとしている契約を止めようとします。しかし、鶴屋も「自分たちも借用書を持っている」と言い出しました。
どうやら丸屋は、いろんなところから金を借りていたようです。
さらに、鶴屋は「みんなそれぐらいのことは思いつくけど、そんな汚いことはやらない。それをやるのは・・座頭や忘八たちだ。そんな人間は日本橋にふさわしくない。」とこれを材料に吉原を攻撃します。
(うちと1つの店にしませんか)
そんな緊迫した空気が流れる中、重三郎が「うちは丸屋さんの暖簾は残しますよ!」と口を開きます。
さらに重三郎は「改めて考えたんですが、いっそ丸屋さんとうちで一つの店にしちまえばいいんじゃねえかって。たとえば「丸屋耕書堂」ってしちまって。どうです、女将さん、この際一緒に本屋をやりませんか?女将さんは本当は店続けてえんじゃねえですか?」。と言います。
重三郎は、柏原屋が買えば、当然柏原屋になるわけですが、重三郎は「丸屋」という名前も残し「丸屋耕書堂」にして店をやったらどうか、というのです。
しかし、ていは「お受けしかねます」と断ります
(結婚しませんか?)
すると重三郎は「そうですか、じゃあいっそ俺と一緒になるってなあどうです!?」と畳みかけました。
吉原の者が見附内において、家屋敷を売り買いすることは禁じられていますが、縁組や夫婦になれば、問題がないからです。もし結婚して一緒に店をやるなら、それは普通のことだ、と主張します。
ていは「男やもめにウジが湧き、女やもめに花が咲くと申します。花の咲かぬ女やもめは、縁組をちらつかせれば食いつくとでも?どれだけ落ちぶれようと、吉原者といっしょになるなどありえません」ときっぱりと断ります。
交渉が成立しません。
(柏原屋が買い取る)
鶴屋と村田屋は、「吉原者の蔦屋重三郎が丸屋を買い取れば、町の格が下がる」と通油町の人々に噂を広め、丸屋の女将「てい」は「蔦屋には絶対に店を売らない」と公言。結局、丸屋は柏原屋が買い取ることになり、重三郎の夢は消えました。
(ていの心の傷)
吉原に戻り落ち込む重三郎。その重三郎にりつが「芸者衆から聞いた噂なんだけどさ、前の旦那ってのは女将さんにそりゃ熱心に言い寄ったらしいよ。行き遅れだった女将さんは、このままじゃ体裁も悪いし、親も安堵させたいし、その話に飛びついたんだって。ところが旦那は三月もしないうちに吉原通い始めて…あんたはそのろくでもねえ男と同じに見えたんじゃないかねえ」と。
(兄上登場)
大文字屋で意知が誰袖から蝦夷地上知作戦の進捗状況を聞いていますが、よろしくありません。
肝心の松前廣年が吉原に足を運ばなくなってしまいました。誰袖が根気よく廣年に誘いの文を出し続けているものの反応がないというのです。
そのとき、久しぶりに松前廣年が大文字屋に登楼しました。
今回は兄・松前道廣も一緒です。
兄・松前道廣は大文字屋の主人を呼び出し、琥珀の直取引のことを追及します。
大文字屋の主人は「物知らずの女郎がしでかしましたこと、今後かようなことがなきよう、きつく言って聞かせますので、どうかお許しを!」と平謝りします。
しかし、ここで松前道廣は「いっそそれをわしとお前でやらぬか?松前家と吉原でひとつ琥珀で大儲けせぬかという話だ」と思いもよらぬ回答をしました。
松前藩が抜荷をしている証拠を探し上知を行いたい意知は、このやり取りを隣の座敷で聞いていましたが、意外な結末となり大喜びします。
(浅間山)
夏、日本橋進出の夢がなくなり、重三郎は吉原で商いを続けていました。
重三郎が蕎麦を食べ終えた時、地響きが鳴り、地面が揺れました。浅間山が噴火しているようです。
このとき柏原屋がやって来て「蔦屋さん、うちからあの店買いませへんか?」というのです。
おおおおお!!!!???この展開!!さてさて、どうなるか、、、また次回
<<おまけ>>
吉原遊郭があった地域を歩きましたが、
そこには当時の名残が残っていました。
<吉原神社>

<吉原弁財天(よしわらべんざいてん)本宮>

<見返り柳>

この3つは、すべて歩いて行ける距離にあります。
吉原は京の島原(京都市下京区)、
大坂の新町(大阪市西区)と並んで
三大遊廓と呼ばれていました。
京都島原遊郭跡地は行ったことがあります。
・・・ということで
2025年(令和7年)の大河ドラマ「べらぼう」
第24話「げにつれなきは日本橋」の紹介でした。
