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大河ドラマ べらぼう 第22回「小生、酒上不埒にて」 ネタバレあらすじ ~恋川春町の「廓𦽳費字盡」が無料で読めます~

2025年(令和7年)のNHK大河ドラマは「べらぼう」です。
この物語は、1750年(寛延3年)1月7日に、江戸時代の遊郭・吉原で生まれ、1797年(寛政9年)に亡くなった人物でいわゆるプロデューサー蔦屋重三郎の物語です。
彼が手掛けたエンタメビジネスは、現在の日本文化やエンタメに影響を与え続けています。

2025年(令和7年)6月8日(日曜日)、NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の第22話は「小生、酒上不埒にて」です。
それではストーリーを見て行きます。
(誰袖からの文)
時は1782年(天明2年)です。
蝦夷地を江戸幕府の直属地としロシアとの交易や鉱山の開発を行うことで歳入を増やし、幕府の財政を健全化しようと考える田沼意知は、ある日誰袖からの文で大文字屋に文呼び出されました。

大文字屋では、田沼意知に惚れた誰袖が、座敷に出入りする松前家の家中や商人の情報を探り意知に提供するので、その代わりに身請けして欲しいと頼みます。
意知が、それを断ると誰袖は「わっちは松前に関わるお方に、あの日聞いたことをお知らせすることもできるのでありんすよ」と脅します。
それに対し、意知は「座敷で見聞きしたものを漏らすなど、花魁は吉原の格を落とすような振る舞いをする女なのか?」と反撃し、物別れに終わります。

(春町)
一方、恋川春町は、重三郎が開催した「うた麿大明神の会」という歌麿の名を売る会の席での出来事で落ち込んでいました。

「うた麿大明神の会」では、大田南畝が、北尾政演が鶴屋から刊行した「御存商売物」という青本が絵草紙評判記の「岡目八目」で最上位だったとほめます。
しかし、この「御存商売物」は、恋川春町が約4年前に著した「辞闘戦新根(ことばたたかいあたらしのね)」のアイディアを参考にしたものだったので、当然、春町は面白くありません。
そのため、春町は、北尾政演のことを、恋川春町の作品「辞闘戦新根」(ことばたたかいあたらしいのね)を真似して描いた盗人だと罵り、暴れて、筆を折るとまで宣言したのです。

こうした春町のことを心配した重三郎は、春町の家を訪ね、朋誠堂喜三二の新作の画付けや戯作などを依頼しますが、「自分はもう描かない」と拒みます。

松前藩の弟君)
ある日、誰袖は、何かのヒントになるのではと、重三郎を呼び出し「青本のネタを考えているのだ、兄さんが抜荷の証というものを立てるならどうしんす?」と質問してきます。
当然、重三郎は答えに困ります。

吉原には日本各地から身分に関係なく様々な人間が集まります。そのために情報収集の場所としても最適でした。
そして、運よく松前藩の弟君がやってきたのです。
松前道廣の弟・松前廣年が大文字屋に来たという話を聞いた、誰袖は進んで席に行きます。
廣年は「北辺の鬼」と呼ばれる兄・道廣とは似ても似つかない大人しい男性で、実は兄・松前道廣の10歳離れた異母弟です。松前藩江戸家老を務める一方で絵師としても活躍しました。

吉原のしきたりとして初会では花魁は口を利かないという決まりですが、誰袖は、それを破り、廣年にしなだれかかり自ら話しかけます。
松前廣年は自分が使える金はさしてなく、おごりで来ていると話しますが、誰袖は、廣年の手を取ると優しく色仕掛け攻勢に出ます。
そして、珍しい石の数珠に目を留め手を触り「これはなんという石でありんす?」と石の名を聞きます。その石はロシアの琥珀でした。

(見たことのない漢字)
恋川春町の代わりに、喜多川歌麿が、朋誠堂喜三二の新作「長生見度記」(ながいきみたいき)の画付けをすることになりました。

重三郎から、恋川春町の画風を真似るように言われている喜多川歌麿は、本家本元の恋川春町に許しを得るために、朋誠堂喜三二とともに恋川春町のもとを訪れます。

恋川春町は、喜多川歌麿達に、北尾政演の「御存商売物」(ごぞんじのしょうばいもの)は、真似をしたという「辞闘戦新根」の100倍も良くできていたいい作品であると、北尾政演を認めます。

歌麿は春町に「俺は春町先生の絵、好きですよ。どこか童の絵のような味が残っていて、上手い下手じゃなく好きです」と励まし喜三二も「みんなお前がやるこた好きなんだよ。おもしれえから真似したくなんだよ。鶴屋さんだって政演だって、だからおっかぶせたんだと思うよ筆を折るなんて言うなよ、俺ゃ寂しくてならねえよ」と言います。

春町は「俺のような辛気臭い男がいてよいのか。明るくふざけることこそ上々の笑いの場に」と答えます。

喜三二は、春町の机には「恋」・「川」・「春」・「町」の4つの漢字を偏(へん)にして、「失」という漢字を旁(つくり)にした見たことのない漢字の羅列を記した書き付けがあることに気が付きました。
(言葉遊び)
耕書堂には大田南畝狂歌3人組が来ていました。
大田南畝は、下級の御家人の家の生まれで、漢学に通じ、「神童」と呼ばれていました。19歳のときに書いた「寐惚先生文集」が大当たりし有名となります。狂詩や狂歌黄表紙や随筆など文芸全般に優れた著作を残した江戸時代を代表する文化人のひとりです。

その大田南畝は、春町の狂歌が忘れられない、春町ってのはこんなに皮肉がうまかったのかって、話していました。
そして重三郎が振り返ると、歌麿と喜三二とともに、その春町が立っていました。
重三郎は「ちょうどよかった、春町先生、うちで書きませんか?ひとつ「皮肉屋の春町」で」と誘います。
その言葉を聞くと、春町は懐からメモを取り出しました。
そこには、何やら変な文字が書かれていました。
左は「恋」「川」「春」「町」という偏で、
右は「失」というつくりの、見たこともない漢字が書かれています。
これらの新漢字は、「恋を失う」=未練、「川を失う」=枯れる、「春を失う」=はずす、「町を失う」=不人気・・・つまりこの4つの造字は「恋川春町」という作家の暗い性格性そのものを表しているというのです。
そして、春町は、これらの造字は「小野篁歌字尽(おののたかむら うたじづくし)」をヒントにして書いたのだと言います。
この「小野篁歌字尽」は江戸時代の「往来物(おうらいもの)」といわれる教科書の一つで、部首の違う漢字を並べ覚えやすく歌にしています。
例えば「椿・榎・楸・柊・桐」の文字は「春つばき、夏はえのきに、秋ひさき、冬はひいらぎに、同じくはきり」などと読み書きが苦手な人でも、楽しみながら学べるように工夫してあります。

https://dl.ndl.go.jp/pid/852040

この「小野篁歌字尽」は、
誰もがネットで無料で読むことができます。

さらにもう一つの紙には
屁屁屁
屁屍屁
屁屁屁
が書かれていました。
よく見ると「屁」のかたまりの中に一つだけ中央に「屍」が混ざっています。

これは、先日開催された「うた麿大明神の会」で、皆が「屁」で下品に盛り上がっているなかで、その輪の中に入ることができずに一人だけ浮いていた春町を表しているというのです。

この春町の、しゃれた造語に重三郎は、吉原を題材とした、いわゆる「春町文字」を作ることを提案します。
(廓𦽳費字盡)
そうして出来上がったのが、漢字遊びの青本「廓𦽳費字盡」(さとのばかむら むだづくし)『小野篁歌字尽(おののたかむら うたじづくし)』のパロディーです。
そのタイトルも“小野”→“廓(さとの)”で吉原を表現し、“篁”→“𦽳(ばかむら)”竹冠に愚を合わせた造字、「むだじ」とは文字通り無用の字ということです。
この書名のネーミングセンスに春町のうまさが感じられます。
(「廓𦽳費字盡」の中身紹介)
この「廓𦽳費字盡」は、漢字遊びを取り入れた洒落た内容で、恋川春町が創作した漢字で吉原遊郭に関連する言葉を独特の形で表現しています。

ではドラマでも紹介された『廓𦽳費字盡』の中身をみていきます。

吉原での、遊女と客の挿絵があり、右側には、造語があります。

「女」で、少し間に余白をおいて「男」という字があります。
女郎屋に遊びに来た男性が女郎を店の外から品定めをしているということで「みたて 」

「男」の横で「女」がうしろをむいている。だから「ふる」

「男」と「女」がくっついているこの字は「後朝(きぬぎぬ)」。一夜を共にした男女が分かれ難くなっている状態を表しています

https://dl.ndl.go.jp/pid/9892483/1/9

「廓𦽳費字盡」は、洒落ていて、かつ挿絵も多いために、大ヒットしました。

この、「廓𦽳費字盡」も
ネット上で無料で見ることができます。

(思惑が一致)
大文字屋では、抜荷の証拠を掴んだと誰袖から連絡を受け、田沼意知が誰袖に会っていました。
誰袖は、田沼意知に、松前藩主の弟・廣年が手にはめていた琥珀を見せ、これが松前藩が抜荷をしている証拠になるのではと伝えます。
しかし、意知は、琥珀だけでは松前藩が抜荷をしている証拠にはならないので、誰袖にこのような間者はやめるようにと諭します。
すると誰袖は、「弟君は勝手に使える金はあまりない、本当は吉原などでもっと遊びたいなどとおっしゃっておりんした。こちらが儲かる抜荷商いを持ちかければ、乗ってくるのではありんせんか?身請けしてくださるなら、この先を進めてもよろしうありんすがと提案します。」と、松前道廣の弟・松前廣年に抜荷をさせようと提案します。
あまりに積極的な誰袖に対し、意知は、「なにゆえ、さように私に身請けを望むのだ。吉原を出たいというなら土山にねだった方が、よほど早かろう」と言います。
すると、誰袖は、「わっちは吉原一の二枚目好みにござんして、このお顔を日がな一日眺めて過ごす身となりたいのでござりんす。ここは、日々が戦いにござりんすよ?騙し合い、駆け引き、修羅場、わっちの日々はきな臭いことだらけにありんす。
それでもご案じなら、スサノヲがクシナダヒメを守るがごとく、主さんがわっちをお守りくださるというのは?」と。
これで田沼意知は「よし、田沼意知と申す。見事抜荷の証を立てられた暁には、そなたを落籍いたそう」と合意します。
(宴にて)
さて、年の瀬を迎えました。
重三郎は、1年間、お世話になった戯作者や絵師、職人達をねぎらう忘年会を開催しました。
会場は、これまで重三郎と繋がった縁ある人たちで溢れかえり、重三郎は「富士より高きありがた山で!」と全員にお礼を伝えてまわります。

重三郎は、この年は「吉原細見」をはじめ、大田南畝青本や「元木網」(もとのもくあみ)の狂歌の指南書、恋川春町の「廓𦽳費字盡」など数多くの本を手がけました。
この宴で北尾政演が恋川春町の『廓𦽳費字盡』を見て、「こっちがよかった。自分がやりたかった」と悔しがっていました。
その様子を見た恋川春町は、北尾政演のもとに近づき、「そなたの費字盡が、俺は読みたい。いつぞやは、盗人呼ばわり、済まなかった」と頭を下げました。
しかし政演はそれを覚えていませんでした。おどろく春町は政演の隣に腰を下ろし、2人は酒を酌み交わしました。
こうして北尾政演と恋川春町は和解します。
(狂名、酒上不埒)
この和解で、春町は己の殻を破ったのでしょうか?別人のようになります。
しばらくして、席で、重三郎が亡き平賀源内の言葉を思い出していた時のことです。
「さあさ、皆様ご注目!」と、次郎兵衛が三味線を鳴らしながら声を上げ、
そこにいきなり登場したのが春町。
「これよりお目にかけまするは、一世を風靡せしかの名高きへっぴり芸!」という次郎兵衛の口上が終わると、春町は着物を投げ捨てふんどし姿になり「皆様にはせめて、年のしまいにお笑いいただきたく!いよぉー!」と声を張り上げ、いきなり放屁!!
そして次郎兵衛の三味線に合わせながら扇子と筆を手に屁を連発する春町。
屁が出なくなれば「プ。プ。」と屁を真似てつぶやきながら踊りを続けます。
そんな春町にあわせて全員が立ち上がり、このバカげた下品な宴は大いに盛り上がります。
さらに春町は

「烏帽子着る 人真似猿の尻笑い 赤恥歌の 腰も折り助〜!
狂名、酒上不埒〜!ぷう〜!」と一句。
キャラが変わったのでしょうか??これまでの暗さがなくなりました。
この「酒上不埒(さけのうえのふらち)」は、恋川春町の狂名です。
人気戯作者・恋川春町の、もう1つの顔・皮肉屋の狂歌師「酒上不埒(さけのうえのふらち)」の誕生です。 
この日が春町にとってのターニングポイントでもあったと思います。

そして前回同様「屁」テーマにした下品な酔っぱらいのバカ騒ぎで盛り上がります。
おっさんは半世紀以上、大河ドラマを見てきました。
大河は、合戦や戦、戦闘などがメインを占めることが多いのですが、前回に続き2週連続で「屁」で盛り上がるのは、非常に珍しいです。
(一緒にやらぬか)
バカ騒ぎ宴の中、重三郎は、大文字屋から出てきた花雲助こと田沼意知と目が合います。
そして、「野暮なことを聞きますが敵娼はどなたで?」と話しかけると、「誰袖花魁だ。どうも顔が気に入られたようでな。どこが良いのかまったくわからぬが」と答えます。さらに会話を続けるうちに、相手が田沼家の嫡男・意知だと知り驚きます。

意知は、重三郎に蝦夷地を天領にし、江戸幕府をゆるぎないものにする、という計画を語り、重三郎にも協力しないかと誘うのでした。
スケールがだんだん大きくなっていきます。

<<おまけ>>

吉原遊郭があった地域を歩きましたが、
そこには当時の名残が残っていました。

<吉原神社>

吉原弁財天(よしわらべんざいてん)本宮>

見返り柳

この3つは、すべて歩いて行ける距離にあります。

吉原は京の島原(京都市下京区)、
大坂の新町(大阪市西区)と並んで
三大遊廓と呼ばれていました。

京都島原遊郭跡地は行ったことがあります。

・・・ということで
2025年(令和7年)の大河ドラマ「べらぼう」
第22話「小生、酒上不埒にて」の紹介でした。




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