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6月9日 大阪城の堀で怪物発見!!

(出典:丙寅連城漫筆  第1 大正8年出版:デジタル国会図書館

https://dl.ndl.go.jp/pid/941475/1/9  を一部加工)

 

大坂城の堀に現れた怪物)
1866年(慶応2年)6月9日に大坂城の堀から怪物があがったという話があります。

1919年(大正8年)に出版された「丙寅連城漫筆  第1」には、その記事があります。

文章の部分を拡大しますね。
この怪物は、各大きさを測った後、すぐに城代(じょうだい=大名から領土の守備を任された家臣)に報告されたようですが、その後どうなったのかは分かりません。

(上記画像のいずれも出典:丙寅連城漫筆  第1 大正8年出版:デジタル国会図書館

https://dl.ndl.go.jp/pid/941475/1/96


これによると、怪物は、全長7尺1寸(2.15メートル)と巨大で「色青黒く腹白い」とあります。尻尾も合わせると、全長は3メートルを超えるほど巨大であったとされている。

体長7尺1寸(=およそ2メートル15センチ)というと、どれくらいでしょうか?

一般的な式布団の縦の長さが210センチですから、この怪物は敷布団くらいです。それでは大きさを体感するため作画してみました↓

(出典:丙寅連城漫筆  第1 大正8年出版:デジタル国会図書館

https://dl.ndl.go.jp/pid/941475/1/9  を一部加工)


こんなのがいたら、相当ビビります!!
おっさんは、怖いから、すぐに隠れますね。

淀君に関係??)
この怪物発見の噂は、当時かなり有名であったらしく、当時の複数の瓦版にも登場しています。
当時の瓦版を見ると、記述した人により微妙に内容が変わっていて、資料によっては「体毛がある」との記述もあります。
また他の文献よると、この怪物を見た当時の人びとは、「豊臣秀吉の側室である淀君が、当時 ヤモリをつがいで飼っており、それが300年ほどの月日をかけて成長し、この度、 寿命を全うして堀に浮かび上がったのだろう。この生物は淀殿が飼っていたヤモリの成れの果てであろう」と噂したそうです。

(正体はオオサンショウウオ??)
この怪物の正体についてオオサンショウウオではないかとの意見があります。実際、1937年(昭和12年)に大阪城の堀の中から巨大なオオサンショウウオが発見されています。しかし、絵を見るとオオサンショウウオといえるかどうか。。。

(淀川には豊年魚が!)
同じ頃、大阪の淀川で怪物が見つかっています。その怪物が、大坂城で見つかった物と同じなのか、別物かは不明です。
淀川で見つかった怪物は体長七尺五寸(約二.三メートル)、体重は二十貫目(七五キログラム)。姿はイタチのようで、背筋が黒くて苔が生え、足は亀に似ていたと言います。この魚は「豊年魚」と名付けられているそうです。

この怪物は、以前も見つかったことがあり、発見されて以降、大豊作が続いたので、今回の発見で、これから豊年となるだろうと言われたそうです。 

・・ということで、6月9日、
大阪城の堀で2メートルを超える怪物が発見されました。

 




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