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5月17日 当時東洋一と言われた福岡第一飛行場(雁ノ巣飛行場)で大日本航空球磨号墜落事故(球磨号遭難事故)

かつて東洋一の飛行場と言われた
福岡第一飛行場(雁ノ巣飛行場)の正門の跡地に、
1つの石碑があります。 

日中戦争が行われていた1939年5月17日。現在の福岡市にある福岡第一飛行場(雁ノ巣飛行場)で旅客機が墜落し、乗員・乗客6人が亡くなりました。
(東洋一の飛行場)
博多湾に突き出た陸地の付け根あたり、現在の福岡県東区 に、福岡第1飛行場(雁ノ巣飛行場)がありました。この飛行場は、1936年(昭和11年)に開港し、「東洋一の規模」ともいわれた水陸両用の国際空港です。

大日本航空球磨号墜落事故)
 1939年(昭和14年)5月17日、大日本航空のプロペラ旅客機「球磨号」(機体記号:J-BCOZ)が福岡第一飛行場から朝鮮の京城(現在のソウル)を経由し北京に向かう運航が予定されていました。写真は球磨号の同型機です。

午前11時21分、飛行機は飛行場から離陸します。
しかし、離陸直後に左エンジンがトラブルを起こして失速し、きりもみ状態となり、
飛行場北側、海岸近くの松林に墜落します。
そして墜落と同時にガソリンが爆発し、マツ林に延焼しました。
この事故で乗員3名乗客8名の合計11名のうち乗員2名乗客4名の6名が犠牲となり、
5名が重軽傷を負う惨事となりました。

この事故は、事故機の性能に問題があったにもかかわらず、無理な急上昇をしようとしたためにエンジントラブルに遭遇したことと、さらに空港敷地が狭かったことが原因とされました。

この飛行場は戦後、米軍に接収された後に全面返還され、現在はスポーツ施設「雁の巣レクリエーションセンター」などが整備されています。

【事故の慰霊碑】
雁の巣レクリエーションセンター外にある雁ノ巣グラウンドの横に、道路が2つに分かれる場所があります。そこは、福岡第一飛行場(雁ノ巣飛行場)の正門跡です。

この正門跡には1936年(昭和11年)年6月に建てられた建設記念碑が建っています。

これが設立記念碑。裏側には「水陸兼用ノ国際飛行場ヲ建設ス」と刻まれています。(右の写真を拡大して読んで下さい)

建設記念碑のすぐ近くには、「球磨号遭難者慰霊碑」があります。


これは、雁ノ巣飛行場跡地に犠牲者の冥福を祈り建てられたもので、長年、地元の住民たちが慰霊碑の清掃を続けています。

<<球磨号遭難者慰霊碑への行き方>>
香椎駅徒歩15分程度。雁ノ巣グラウンドを目印に。
下の地図の赤丸で囲んだ部分にあります。
住所:〒811-0204 福岡県福岡市東区雁の巣2丁目31付近

5月17日は、
東洋一の水陸用用の国際飛行場・
福岡第一飛行場(雁ノ巣飛行場)で

球磨号が墜落した日です。




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