2025年(令和7年)のNHK大河ドラマは「べらぼう」です。
この物語は、1750年(寛延3年)1月7日に、江戸時代の遊郭・吉原で生まれ、1797年(寛政9年)に亡くなった人物でいわゆるプロデューサー蔦屋重三郎の物語です。
彼が手掛けたエンタメビジネスは、現在の日本文化やエンタメに影響を与え続けています。
2025年(令和7年)3月23日(日曜日)、NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の第13話「お江戸揺るがす座頭金(がね)」のストーリーを見て行きます。
(「娼妃地理記」への序曲)
吉原の人たちによる茶番狂言や舞踊などが披露される30日間の長いお祭りである吉原の「俄」が終わり、その余韻が残っていた1777年の秋のことです。
重三郎は、道蛇楼麻阿(どうだろうまあ)=平沢常富と吉原の案内本についての作戦会議を行っていました。平沢常富は、人気の戯作者「朋誠堂喜三二」(ほうせいどうきさんじ)のペンネームでも人気の本を出していました。
この会議での内容が、吉原を日本になぞらえ、妓楼を郡、楼中の名妓を名所旧跡に見立てて女郎の評判を記録するという地理書のような形式にした「娼妃地理記」へとつながっていきます。
(足抜けした2人はいまだ見つからず・・)
花魁のうつせみと小田新之助は俄祭りの日に祭りの喧騒にまぎれて足抜けしました。
当時は、足抜けしても3日後には見つかると言われたものですが、いまだ二人は見つかりません。
松葉屋の女将・いねは、平賀源内を訪ね、2人の居場所を尋ねますが、源内は知らないと答えます。そこでいねは、腹いせに源内のエレキテルを持ち帰りました。
(鱗形屋、またしても!!)
ある日、重三郎は、蔦屋に戻ってきた留四郎から、鱗形屋が再び偽板の罪で捕まったという知らせを受けます。
須原屋市兵衛の話によると、鱗形屋孫兵衛は、各所に借金を重ねていて、その証文のひとつが鳥山検校を頭とする金貸しの座頭に流れてしまったため、経済的に苦境に立っていたというのです。
この座頭とは、鳥山検校を頭とする盲人の組織・当道座のことです。
彼らは、江戸幕府から守られ、「座頭金」(ざとうがね)と呼ばれる金貸しを商売とすることを公認されていました。
そして鱗形屋の番頭である徳兵衛が、高利貸しの座頭による取り立てに追い詰められ、鱗形屋孫兵衛には内緒で偽板を作り、金を工面していたのです。
(鱗形屋衰退)
鱗形屋が偽板の罪で捕まるのは今回が2回目です。
前回は同業者の須原屋の仲介で、版木や完成した本を差し出すなどの穏便な処置で済みました。
しかし短期間のうちに2度も同じ犯罪を繰り返したため今回は、偽板を担当した従業員の徳兵衛は家財没収となり、江戸から十里四方追放となります。
また主人の鱗形屋本人も過料20貫文の罰金刑を受けます。
鱗形屋の度重なる悪事に、人々が愛想をつかしてしまい、鱗形屋は、年が明けた1778年になっても店を開くことができない事態になってしまいました。
重三郎が細見を買おうと鱗形屋を訪れると、鱗形屋の旦那は「哀れな本屋に施しにございやすか。だったら、店畳んでくれませんか」と言いさらに「そろそろ還(けぇ)してくんねぇすか…うちから盗んだ商いを!」と詰い詰めます。
(札差の高利貸を禁止)
この時期は、お金をめぐる問題が各地で起きてきました。
幕府は1年前に札差が高利貸しをすることを禁じました。そのため札差から借金ができなくなった武士たちは、座頭金に手を出してしまい、利息が膨らみ支払いができなくなる事態が起きていました。
先ほども述べたように、その座頭金の元締めが瀬川の嫁ぎ先である鳥山検校です。
幕府が家康が盲人優遇政策を打ち出しましたが、それを重視するあまり、高利貸しの座頭が金銭を支配することで台頭するようになってしまったのです。
(夫婦仲)
一方、鳥山検校と瀬川の夫婦仲も微妙になっていました。
検校が、瀬川に「好きなだけ着物を頼んでいい」と言うと、瀬川は松葉屋の女郎たちに着物を作ってあげたいと答えます。この言葉に検校は、瀬川が吉原に未練があることを感じとったのです。
瀬川が贈った綺麗な着物が届いて女郎たちが喜んでいるところに、女衒が旗本の娘を連れてきました。武士の娘も生活のために売られる時代となっていたのです。
(板を買い取ってしまえ!)
絵師の北尾重政の家では、重三郎が富本正本の表紙を受け取っていました。
この席で重政の弟子の山東京伝が、重三郎に、恋川春町の『辞闘戦新根』がいい出来栄えなのに評判にならないのは版元が鱗形屋だからであり。この際、重三郎に板を買い取ってしまえ と言います。
重三郎は平賀源内に、自分が鱗形屋のツキや幸せを奪っているのではないかと話します。源内は「申し訳ないと思うなら、世の中の人たちを本で幸せにすればいい、書籍は人々の希望と救いになるよ」と言います。
それを聞いた重三郎は「そうかもしれませんね。本が運んでくる幸せには、オレも覚えがあります」と言い、幼い頃、花の井や朝顔らと赤本を読んだころを思い出します。
その赤本は『塩売文太物語』で、瀬川と蔦重の絆の原点でした。
2人が幼少期に瀬川が大切にしていた根付を井戸に落としてしまい、重三郎が何とか拾い上げようとしますがうまくいきません。そこで、重三郎が、「おいらの宝物をやるから、これで手打ちにしない?」と与えたのがこの本でした。
瀬川は、悲しい時や辛いときに何度も、この本に目を通していたらしく、本がボロボロになっても処分せずに持っていました。
(「塩売文太物語」)
この「塩売文太物語」は、浜辺で海水を汲んで干したり、煮つめたりして、塩を作っていた文太の物語です。


(塩売文太物語 2巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション)
なんとなんと この「塩売文太物語」を
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(広がる座頭金の問題)
座頭金による借金問題は大名や旗本の中にも浸透しているようで、田沼意次は、この座頭金をなんとかするべきだと考えました。
田沼意次は、勘定奉行・松本秀持に、鳥山たちの家屋敷や身代を調べ、法外な貸し付けや乱暴な取り立ての事例を洗い出すように命じました。
また、徳川家基の住まいである「江戸城西の丸」の進物番である長谷川平蔵には、西の丸に勤める者で座頭金に手を出している者を調べるよう命じます。
(軟禁)
一方、瀬川の心に違和感を感じた鳥山検校は、瀬川を問い詰め、さらに「お前と自分は、今でも女郎と客という関係だいうことだな」とひどい言葉を口にします。
瀬川は、重三郎との不義密通の疑いをもたれ、それを否定しますが、検校から「いくら金を積まれても、心は売らぬ。そういうことであろう」と短刀を手に迫られます。
瀬川は「蔦屋重三郎は自分にとって光のような存在だ」と伝え、「しかし、今はその想いを断ち切りたいと願っている」と続けると、鳥山検校の手を取り、「信じられなければ、この命を奪えば良い」と自分の胸に脇差を当てます。
その場は収まりますが、瀬川は軟禁されます。
そして検校は、従者に瀬川の部屋を調べさせました。そこには、蔦重からもらった古い赤本『塩売文太物語』や『一目千本』『細見嗚呼御江戸』『青楼美人合姿鏡』が見つかりました。
「一目千本」は
下をクリックすると見ることができます。
「細見嗚呼御江戸」は、
下をクリックすると見ることができます。
「青楼美人合姿鏡」は
下をクリックすると見ることができます。
鳥山検校は瀬川が持っている本が重三郎関連の本だということで、瀬川と重三郎の仲を増々疑います。
(座頭金問題に対策を!)
しばらくして、田沼意次のもとへ、松本秀持から座頭金に関する報告が上がりました。その報告によると、鳥山検校は、借金を返せない家には、嫡子を出家させ、代わりに別人を送り込んで家督を乗っ取っていたのです。
同時に、長谷川平蔵から、旗本・森忠右衛門が逃げて行方をくらましたと報告を受けます。
後日、江戸幕府10代将軍・徳川家治と嫡男の家基がいる江戸城本丸・御座の間へ、田沼意次が参上します。
田沼意次は、その席に、坊主頭に裃姿の2人を招きます。彼らは旗本の森忠右衛門とその息子でした。
森忠右衛門は20年にわたり西の丸で小生を務めていましたが、禄では家族を養うことが困難でした。そこで息子の御番入りのために、座頭金を借り、ワイロを送ったもののもくろんでいた御番入りができず、結局、多額の借金だけが残ってしまいました。
そのときにできた借金は返済できる額ではなく、座頭から家督を譲るように迫られたというのです。そこで森忠右衛門は責任を取る形で切腹をしようとしたところを止められ、一家で逐電し、出家したと言うのです。
意次は、森家は遊興とは無縁の家で、常に質素倹約を心がけてきた者がここまで追い詰められていることを説明しました。
さらに田沼意次は、座頭金を借りている西の丸の者の名簿を見せました。あまりの人数に家基が驚愕します。
そして、このままだと森忠右衛門のような事態が今後も頻発することを恐れ、鳥山検校などの高利貸しの取り締まりを進言します。
この進言に対し徳川家治は賛同します。さらに息子の家基に「余は徳川家臣や民を救うべきだと考えている。そなたはどうじゃ?」と問いかけ、家基も同意します。
こうして座頭金問題に、対策がとられることとなりました。
(鳥山検校に何かが!!!)
瀬川重三郎との親密な関係を疑う検校は、重三郎に自分の屋敷に来るよう求めます。
それを受け、重三郎は検校の付き人に従い、屋敷に向かいます。
しかし屋敷の様子が何か変です。さて、何が起きたのか・・・
次回に続く・・・
<<おまけ>>
吉原遊郭があった地域を歩きましたが、
そこには当時の名残が残っていました。
<吉原神社>

<吉原弁財天(よしわらべんざいてん)本宮>

<見返り柳>

この3つは、すべて歩いて行ける距離にあります。
吉原は京の島原(京都市下京区)、
大坂の新町(大阪市西区)と並んで
三大遊廓と呼ばれていました。
京都島原遊郭跡地は行ったことがあります。
・・・ということで
2025年(令和7年)の大河ドラマ「べらぼう」
第13話「お江戸揺るがす座頭金(がね)」の紹介でした。
