
2025年(令和7年)のNHK大河ドラマは「べらぼう」です。
この物語は、1750年(寛延3年)1月7日に、江戸時代の遊郭・吉原で生まれ、1797年(寛政9年)に亡くなった人物でいわゆるプロデューサー蔦屋重三郎の物語です。
彼が手掛けたエンタメビジネスは、現在の日本文化やエンタメに影響を与え続けています。
第9回「玉菊燈籠恋の地獄」のストーリーを見ていきます。
(対立)
「吉原者は卑しい外道。市中に関わらないでほしいと願う方々がいる」「皆様、吉原の方とは同じ座敷にもいたくないって具合で」とまで言いだす鶴屋喜右衛門に対し
駿河屋は「屁理屈ばかり並べやがって!!」と声を荒げ、鶴屋を座敷から引きずり出し、階段下へ投げ飛ばしました。また大文字屋は、地本問屋の連中の吉原への出入り禁止を告げます。
一方江戸市中の地本問屋の店主は、吉原と手を切ると言い出します。
この状況に重三郎は、今後、吉原の案内本、吉原細見などを作っても、市中で売り広められなくなるのではないかと心配します。
それに対し吉原の親父さんたちは、蔦重に他に客を呼ぶ方法を考えるように命じます。
重三郎は、どうしたらよいかと悩みますが、次郎兵衛は吉原が盛況なら、それでよいので一年中、イベントをしたり何人も瀬川を出せばいいとのんきに答えます。
(新之助の想い)
そこへ小田新之助がやってきます。
新之助は、うつせみに揚げ代を払ってもらっていることを重三郎に打ち明け、自分の不甲斐なさにため息をついています。
重三郎は、女郎にとって間夫は生きがいだと慰めます。
(動揺)
吉原では、瀬川による花魁道中が始まりました。
瀬川のような高級女郎は、顔見世には並びません。客がきたとの知らせを受け、迎えに行くのです。そのときには、たくさんのお供を連れて、高い3本歯の下駄を履き、「外八文字」という足で円を描きながら進む独特の歩き方をします。これが花魁道中です。
客には、この花魁道中を目当てに集まる者もいました。
そして瀬川は鳥山検校を迎えます。
盲目の大富豪「鳥山検校」(とりやまけんぎょう)は、幕府公認の高利貸しで財をなした「盲(めしい)の大親分」です。目の不自由な人たちの組織「当道座(とうどうざ)」というのがあり、その最高位が検校です。当道座は、税金が免除されたり、高利貸しが許されているなど優遇されていました。そのため財をなしていました。
ここで重三郎は瀬川と烏山の親しげな様子を見て動揺します。
(腕の傷)
その夜、新之助はうつせみの腕に「長十郎様命」と男名の刺青があるのを見つけました。どうやら客に無理やり彫らされているようです。その姿を見て新之助は心が痛みます。
(身請け話)
一方、松葉屋の座敷では鳥山検校が瀬川の心の揺れを敏感に察知していました。
特技の目隠し鬼で、目が見えないにもかかわらず誰がいるのかを正確に伝える凄さを見せます。
検校のふるまいに「誠に稀に見る良い男であられんすなあ」という瀬川に、いねは検校から身請け話を持ちかけられていると話します。
後日、駿河屋2階座敷で吉原の親父たちの集まりがあり、瀬川の身請けの話で盛り上がります。瀬川が、身代金が1000両で鳥山に身請けされることになりそうだという具体的な話まであがっていました。
この席に顔を出した重三郎は、その話を聞くと動揺し、「出直してくる」と場から離れました。
(うつせみの身請け)
重三郎が戻ると新之助が来ていました。次郎兵衛の歌を聞いていたのです。
次郎兵衛が呑気に歌うなか、新之助は重三郎を呼び出し外に出ると、うつせみを身請けした場合、その相場はいくらなのか尋ねてきました。
というのは新之助は、うつせみが自分を呼ぶ揚げ代を稼ぐために、刺青を掘って痛がる様子を楽しむような変な客をとっていたのを知り、自分が身請けをしたくなったと説明しました。
重三郎が、身受には三百両ほどかかると答えると、新之助は「金のない男が身請けなど夢のまた夢だ」と落胆します。
(解説:女郎が遊郭を抜け出す方法「身請け」)
吉原の女郎は、働き始めて10年は年季奉公があります。しかし、その期間に借金がかさむと年季奉公の期間は膨らみます。
このような年季奉公中の遊女たちが吉原から抜け出す合法的な方法が「身請け」でした。「身請け」は、客が、女郎の年季証文を女郎屋から買い取って、つまり代金を払うことで女郎の身柄を引き取ることでした。
しかし身請けの金額は高額で、誰もが簡単に払えたわけではありませんでした。
(解説:女郎が遊郭を抜け出す方法「足抜」)
もう1つ女郎が吉原から抜け出す方法が「足抜」です。これは女郎遊郭からの脱走のことで、「欠け落ち」とも言う違反行為です。
とはいっても脱走は簡単ではありません。吉原は周囲を「お歯黒どぶ」と呼ばれる水堀と、高い黒板塀で囲まれ、出入り口は大門1カ所しかない閉鎖された場所です。しかも大門脇の会所では、監視が目を光らせていた
そのため、「足抜」を成功させる見込みは限りなく0に近い状況でした。
また「足抜」を企てた者は見つかると見せしめも兼ねて厳しい処分が待っていました。男は暴行を受け、女郎は裸にされ、両手両足を縛って天井から吊るされ、竹棒で殴りつけられていました。この悲惨すぎる光景を見ると、他の女郎たちは脱走を企む気にはならないものでした。
(重三郎の告白)
どうしようもない思いが続く重三郎は、九郎助稲荷に瀬川を呼び出しました。そこで、瀬川に身請けの話を断ってほしいと頼みます。
「瀬川がいなくなっては客が吉原から離れてしまう。身請けで幸せになってほしいとは言ったけれど、検校で手を打つことはない。鳥山検校は幕府の優遇に乗じて大金を稼ぐクズだ、ヒルだ。」といいます。
それを聞いた瀬川は「あんただってわっちに吸い付くヒルだ」と言い返します。
ここでついに重三郎が「後生だから行かねえで! 俺がお前を幸せにしてえの だから行かねえでください」と告白し、年季明けには必ず請け出すと約束します。
(お断り)
重三郎の気持ちを聞いた瀬川は、松葉屋夫婦に身請けを断ることを伝えます。その話を聞いた松葉屋夫婦は絶句します。
女将のいねが断る理由を尋ねると、瀬川は「身代金千両を断ったとなれば、自分の値打ちも吉原の花魁の値打ちも上がる」と言います。
いねは身請け証文まで交わしていると怒り出しますが、 瀬川の意思は 固いため、いったん受け入れることにします。
しかし、いねは「これは間違いなく、間夫(まぶ)ができたんだ」と気づき。その相手が重三郎だと見抜きます。
そうだとすると、ここは吉原。従業員と遊女の恋愛はご法度。その掟破りは許されません。
(本に文を挟んで・・)
いねは、重三郎と瀬川の動きを監視します。しかしそれに気づいた重三郎と瀬川は、2人で会うことを避け、貸本に文を挟んで気持ちを伝え合う方法をとります。これなら重三郎が貸本屋なので怪しまれることがありません。
(「何もしないことだよ」)
いねは、瀬川にひと晩5人もの男の相手をさせる嫌がらせをします。
一方、松葉屋の主人は重三郎を呼びました。重三郎を離れに呼ぶと襖の奥から怪しげな声が聞こえてきます。その声の部屋の襖を松葉屋が少し開けると真っ最中の瀬川の姿がありました。
襖を閉めると松葉屋は「年季が明けるまで瀬川にこの状態を続けさせるのか」と問い。蔦重ができることは、何もしないことだけだと諭します。
(玉菊燈籠)
6月の晦日から約1か月、吉原では、「玉菊燈籠」という華やかな行事が行われます。
これは玉菊という遊女の三回忌の盂蘭盆に、玉菊と懇意だった引手茶屋の主人たち燈籠を吊るし、彼女を供養したのが始まりだと言われます。
この期間は吉原の仲之町の茶屋では、軒先に「玉菊燈籠」と呼ばれる盆燈籠を吊るしました。そして、この日は吉原に多くの女性客が訪れています。女性が吉原に入るには、遊女と見分けるために通行切手が必要です。
(通行切手)
重三郎が、蔦屋に戻ると新之助が若い娘・久(ひさ)を連れてやってきました。
そこで新之助は玉菊燈籠を見たいという久の通行切手をもらって大門をくぐっていきました。
玉菊燈籠の期間には、遊女以外の女性も吉原に出入りできることから、蔦重は通行切手を眺めながら、ある考えが浮かびます。
それはこの通行切手を使い、瀬川が一般女性に成りすまして瀬川と一緒に吉原を抜け出そうという足抜でした。もちろん見つかれば大変なことになります。
そして連絡方法として、貸本屋として瀬川のもとを訪れた重三郎は「心中天網島」という本に通行切手を挟みます。「心中天網島」に通行手形を挟んだのは、重三郎が心中することも辞さないという強い決意だったのかもしれません。
ある日、重三郎は瀬川に本「心中天網島」を渡しました。開くと、中には紙切れと「しお」という名がかかれた通行切手が入っていました。
(通行切手に書かれた「しお」の意味)
重三郎が通行切手に書いた「しお」という名前、実はこれにも意味があります。
瀬川が幼少期に重三郎からもらい、長年大切にしていた「塩売文太物語」の主人公の娘が「小しお」で、ここからとっているのです。なんとも憎い演出です。
(「塩売文太物語」)
その「塩売文太物語」は、浜辺で海水を汲んで干したり、煮つめたりして、塩を作っていた文太の物語です。


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(うつせみと新之助)
さて、重三郎は、通行切手を偽造し瀬川を連れ一緒に吉原を脱出するという大それたことを考えたのですが、その日の深夜、うつせみが最後の客が寝入った後、屋根をつたっわって抜け出しました。そして新之助と合流し、うつせみは久の通行切手を使い、久になりすまし、そのまま大門をくぐり脱出しました。足抜です。
脱出の翌日、いねは、うつせみが足抜したことに気がつきます。
「通行切手を悪用する」という手法で重三郎たちよりも一足、早く足抜けをした新之助とうつせみでしたが、ほどなく松葉屋の追手に捕まり吉原に連れ戻されました。
(捕まった2人)
捕まった2人のうち、新之助は乱暴を受け、家に戻ったときには切腹しようと脇差を手にしていました。そこに重三郎がやってきて止めます。重三郎は、新之助に、吉原は女郎を殺したりしないと聞き安心します。
一方、松葉屋の庭では、うつせみが縛られ、水を浴びせられます。
いねは、ぐったりしたうつせみの髪を掴みながら「こんなやり方で幸せになれるわけないだろ。この先、どうやって暮らすつもりだったんだい。追われる身になって、どこに住むんだ。人別(戸籍)は?食い扶持は?あいつはあんたを養おうと博打、あんたはあいつを養おうと夜鷹(下級の売春婦)。成れの果てなんてそんなもんさ」と怒鳴りつけます。
その光景を瀬川も見ていました。そして、同じように足抜を考えていた瀬川は、今回のうつせみと新之助の足抜けの失敗で、吉原からは、そう簡単に抜け出すことができないという現実に気が付きました。
(馬鹿らしゅうありんす)
拷問を受けるうつせみの様子を見ていた瀬川は、後日、重三郎が貸本で来たときに通行手形入りの本を返しました。
瀬川は「この本、馬鹿らしゅうありんした。この話の女も間夫も馬鹿さ。手に手を取って足抜けなんて上手くいくはずない。この筋じゃ誰も幸せになんかなれない」と本「心中天網島」の感想を言いながらも、重三郎と瀬川の足抜け=吉原脱出が無理だと伝えます。
本を受け取った蔦重は「悪かったな、花魁。つまんねえ話すすめちまって」と答えます。この言葉には「心中天網島」を「勧めた」ことと、2人の足抜け計画を「進めた」2つの意味がありました。
瀬川は「何言ってんだい。馬鹿らしくて面白かったって言うんだよ。この馬鹿らしい話を重三がすすめてくれたこと、わっちはきっと一生忘れないよ。とびきりの思い出になったさ」と返します。
本にかこつけた悲しいやり通りです。
(瀬川身請け)
いねは、瀬川に「ここは不幸な場所だが、女郎の人生も大きく変わる瞬間がある。そんな背中を見せるのが『瀬川』という名を背負う者の務めだ」と言いました。そして瀬川は腹をくくりました。
後日、正式に瀬川の身請けが決まりました。身代金は1400両。(1億4000万円程度)です。そして年には、瀬川は住み慣れた松葉屋、そして吉原を出て行きます。
(身請け後)
しかし瀬川を身請けして3年後の安永7年(1778)、鳥山検校は高利貸しでの不正が発覚して財産を没収のうえ江戸から追放されます。そして瀬川が、その後、どうなったのかは不明です。
(田安賢丸)
同じく年の暮れに住み慣れた場所を去る者がもう1人いました。田安賢丸。のちの松平定信です。賢丸は妹・種姫との会話の中からあることを思いついくのでした。
それが何なのか。。。次回に続きます。
<<おまけ>>
吉原遊郭があった地域を歩きましたが、
そこには当時の名残が残っていました。
<吉原神社>

<吉原弁財天(よしわらべんざいてん)本宮>

<見返り柳>

この3つは、すべて歩いて行ける距離にあります。
吉原は京の島原(京都市下京区)、
大坂の新町(大阪市西区)と並んで
三大遊廓と呼ばれていました。
京都島原遊郭跡地は行ったことがあります。
・・・ということで
2025年(令和7年)の大河ドラマ「べらぼう」
第9話「玉菊燈籠恋の地獄」の紹介でした。
