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大河ドラマ べらぼう 第6話「鱗(うろこ)剥がれた『節用集』」 ネタバレあらすじ

2025年(令和7年)のNHK大河ドラマは「べらぼう」です。
この物語は、1750年(寛延3年)1月7日に、江戸時代の遊郭・吉原で生まれ、1797年(寛政9年)に亡くなった人物でいわゆるプロデューサー蔦屋重三郎の物語です。
彼が手掛けたエンタメビジネスは、現在の日本文化やエンタメに影響を与え続けています。

第6話「鱗(うろこ)剥がれた『節用集』のストーリーを見ていきます。
(金々)
江戸の花街・吉原に、一際目立つ派手な男たちがやってきた。 彼らは最新の流行「金々(きんきん)」を意識し、長い着物を引きずり、煙管をくゆらせている。だが、見た目ばかりの田舎者。煙管の火をこぼして「あち、あちっ!」と大騒ぎし、花魁と新造を見分けられず恥をかく始末。そんな彼らを見て、遊女たちはくすくすと笑う。「通(つう)ぶる田舎者ほど滑稽なものはない」と。

重三郎は、そんな馬鹿話を聞きつつ、花の井に暖簾分け狙いで鱗形屋に抱えられたと伝えます。そして、

読む本がないとこぼす花の井に「青本」を勧めます。しかし花の井は「つまらない」と突き返しました。
(評判になる本を・・・)
鱗形屋専用の「改」となった蔦屋重三郎は、鱗形屋の主人の鱗形屋孫兵衛から、評判になるような本を考えるように頼まれます。鱗屋は重三郎の才能、センス、行動力を認めていたのです。

鱗形屋は『細見』もいいけど、『一目千本』や『雛形若菜』のような当たる本を出して欲しいと言い、息子・長兵衛と出ていきます。

その隣室では賢そうな次男坊・万次郎が手習をしております。重三郎が聞くと、彼は、将来的に書物問屋になりたいと答えます。
この少年は、「地本は当たってこそですが、書物問屋は実用書なので、地本の10倍、20倍の値段で売れる。中身はずっと同じでいいし売れ行きが安定していので儲けがずっといい」といいます。いやあ、しっかりしています。

(鱗屋の現状)
重三郎が、鱗屋の藤八と共に擦り損ないの紙を切って揉む作業をしております。
重三郎が「擦りそこないの紙は紙屑売りに売らないのか?」と聞くと、古紙回収よりもトイレットペーパーにする方が得だと鱗屋が判断したそうです。
しかし、実はこれには訳がありました。
元々鱗形屋は、絵師・菱川師宣と組んで、「岩木絵つくし」、「団扇絵づくし」などの絵本を出版し。これが大当たりし、大手地本問屋の仲間入りをしました。

しかし、1772年(明和9年)に発生した「明和の大火で蔵が焼けて版木も失ってしまったため、決して、豊かな暮らしではなかったようです。
この大火は、第1話で蔦屋重三郎がお稲荷様を背負って逃げていたあの火事です。
でも、擦りそこないの紙の理由はもう1つありました・・・

(本)
そのころ、尾張・熱田では、柏原屋がこの『節用集』を売ったのは誰か?と聞いています。

柏原屋が奥付を確認すると最後の頁の奥付に「書林」と「本屋 丸山源六」の文字があります。

鱗屋の父と長男・長兵衛が大名に呼ばれ青本二冊を差し出します。さらに鱗形屋は懐からもう一冊の本を差し出します。
小島松平家家老・斎藤茂右衛門が「おお!」と言いつつ受け取ったのは、鈴木春信の『真似ゑもん』=春本です。ムフフの本です。まあ、いつの時代でもそういうものが人気ですね。

すると家老は、声を顰め「例のあれ」を更に倍頼む。金になるような名産品のない、小身の大名にはまことありがたい実入りだ」と言います。それを聞いた鱗形屋は近いうちに持ってくると承っております。

(ヒント)
重三郎は次郎兵衛と本の話をします。その会話の中で、次郎兵衛は「青本はつまんねぇんだよね」と言います。
重三郎が「じゃあ、つまんなくなかったら青本を読むってことですか?」と問うと「そうかもしんないねぇ」と。このやり取りで重三郎はヒントを見出します。

ここで解説。
青本」(あおほん)は、絵入りの娯楽本で、浄瑠璃や歌舞伎、軍記物などを簡略化したやや大人向けの内容です。
「赤本」(あかほん)は、18世紀のはじめ頃に登場した子供向けの本で、絵が主体で文章はかな文字で書かれていました。これらは、この時代、江戸庶民が気軽に楽しんでいました。

意外に思われる方がいると思いますが、吉原の遊女の識字率は100近くでした。というのは吉原の遊女は馴染み客に手紙を書く必要があったので、職業柄読み書きを習得する必要があったのです。そのため「べらぼう」の中でもよく貸本を読んでいる場面が見られます。
吉原の遊女たちは、吉原遊郭の外に出られなかったため、外の世界をすることができる本は重要な娯楽だったと思われます。
(あやしい)
朝、重三郎が鱗形屋へ本が売れるかもしれないというアイデアを伝えに行きます。
すると、なにやら印刷をしているようで、しかも重三郎が障子を開けると、あわてて何かを隠そうとします。何か怪しい・・・。

(面白い青本を)
別室に通された重三郎は「あ〜、怒んねえでくだせえ! とにかく、本好きの女郎も、本嫌いの野郎も、口揃えて青本つまんねえって言うんですよ。だもんで、世の中みんなつまんねえと思っている。だったら、とびきり面白え青本が出たらヒットする! 蜂の巣をつついたような騒ぎになる!」と言います。
鱗形屋は、その考えに賛成です。
重三郎は、面白え青本は何だ?と彼なりに過去の本を読み直しますが、どれも「カビくせえ。絵も筋書きも古臭くて今じゃないと、もっとこう、江戸っ子が楽しめるような、活きのいい話にできねえっすかね?」と言い、それを聞いた鱗形屋は「いいじゃねえか、蔦重。二人で、とびっきり活きのいい話を考えてみようじゃねえかよ」と乗り気です。

(面白いネタは・・)
面白いネタで面白い青本を作る・・そう考えた重三郎がネタを仕入れに松葉屋にいくと、松の井が笑いながらこうきました。
「そりゃやっぱり、金々野郎たちでありんすなぁ」あの勘違い野郎のことです。
次郎兵衛は「目ばかり頭巾」をかぶって店に入った客のことを話します。
(日光社参を)
江戸城では、江戸幕府の財政に関する議論が行われていました。勘定吟味役の松本秀持が、財政について老中に報告しています。

田沼意次による大奥や役所への倹約指導をはじめ新しい炭による暖房運用、株仲間からの収入によって、江戸幕府の蓄えは、明和の大火以前の状態に持ち直しています。しかし、松平武元は「そなたの金への執念には感服いたす」と嫌味を言います。

さらに徳川家、旗本、諸大名が連なって行う将軍家の墓参りである「日光社参」(にっこうしゃさん)を執り行いたいと言い出しました。田沼意次は、日光社参には莫大な費用がかかるため、避けるべきだと主張。しかし、松平武元は、そもそも大火さえなければ、社参は既に執り行われていたものだと続け、さらに10代将軍「徳川家治」が望んでいると言い、意見を譲りません。

田沼意次徳川家治が将棋を指しながら話をしています。

意次は御金蔵がせっかく立ち直ったのに金は使いたくない。旗本も諸大名も、高利貸しや大名貸しに借金を抱える者が多いと苦い口調で言います。家治は「家基が社参を望んでおる」と返します。

この徳川家基とは家治の嫡男で、次期将軍候補です。

息子の意知に次の一手を聞かれ、意次は貧乏旗本や御家人からの嘆願を集めると言います。
(アイディア)
一方、蔦重と鱗形屋は「とびきり面白い青本」を作るため色々と案を出します。二人は「悪い奴を一人作る」ことを考えます。重三郎は悪い手代は「源四郎」にしたらどうか?と提案します。この「源四郎」というのは、この時代、金をちょろまかす手代の隠語だったそうです。

さらに、江戸っ子が好むダジャレ「地口」をふんだんに取り入れることにした。「ありがた山の鳶鴉!」のようなダジャレですね。
江戸っ子の心を掴む本、それこそが売れる本なのです。鱗形屋は絵と文を書くのにすでにアタリをつけているようです。

重三郎が「本作るのがお好きなんですね」と言うと、鱗屋の曾祖父さんが「赤本」を江戸向けに作り替えたそうです。当時の本は全て上方から流れてくるものでしたが、江戸と上方では気風が違うから、江戸用に作り出したのだそうです。

鱗屋は、赤本を読んで育った子どもが楽しめるように青本を作ったので青本をリニューアルすることになったことに運命を感じたそうです。
(疑念)
蔦重が鱗形屋を出て歩いていくと、書物問屋「須原屋」の店主・須原屋市兵衛と出会います。大坂の「柏原屋」が「新増早引節用集」という字引を持って須原屋を訪ねて来たのだそうです。

そして、「新増早引節用集」は、柏原屋が刷った「増補早引節用集」の偽板=海賊版であり、柏原屋が、偽の『節用集』を出している業者「丸屋源六」は「須原屋じゃないか?」と疑ってきたというのです。

蔦屋重三郎は、偽板を見て、鱗形屋の息子が同じ節用集を持っていたこと、そして隠れて何かを摺っていたこと、摺損じを公に出さず自宅で処理していたことに気が付きました。
このことから、重三郎は、鱗形屋が、偽板「丸屋源六」ではないか?と気が付きました。
(確信)
疑念を抱いた重三郎は、鱗形屋を探ります。ここで、腹痛を装って厠へ向かいます。そして紙を確認すると、「丸屋源六」がありました。偽板を刷っていたのは鱗形屋でした。
懐に証拠品の紙を入れて出て行こうとすると、話し声が聞こえてきます。
鱗形屋が地本問屋の西村屋に「蔦屋重三郎を都合良く使っている」と語っていることを話していたのです。
こうして鱗屋が偽板を作っていたという事実を知った蔦屋重三郎ですが、告げ口は性に合わないと考え、だんまりを決め込みます。
(発覚)
秘密を隠したまま蔦屋重三郎は、青本のことを相談しようと、鱗形屋を訪れます。蔦重は暗い顔をして店を眺めつつ、「天下太平、世は事もなし」と呟きます。

そこに長谷川平蔵がやってきました。長谷川平蔵は、時代小説「鬼平犯科帳」の「火付盗賊改方」です。

長谷川は「字引はあるか?」と尋ねます。鱗形屋が重三郎に「知り合いか?」と尋ねます。重三郎は吉原の客だと返します。
平蔵は本を手にすると、「あったぞ、偽板だ!」と叫び、その声に応じ、与力や同心が店に入ってきます。「上方の板元、柏屋与左衛門より訴えがあった!」というのです。調査の結果、鱗形屋の蔵で大量の偽板「新増早引節用集」と板木が見付かり、鱗形屋は捕らえられます。

店の者が連行される中、蔦重も鱗形屋と一緒に捕まりそうになりしたが、平蔵は「 そいつはまこと吉原の茶屋のもんだ。関わりねえ!」と言います。

その瞬間、鱗形屋が蔦重を睨みつけ「おめえが漏らしたのか?」と問います。
重三郎は「違ぇ、俺じゃねえ! 俺は本当に何も言ってねえんです!」と答えますが、
鱗形屋は「このままで済むと思うな! 必ず後悔させてやるからな!」と怒鳴ります。

連行されていく鱗形屋の後を万次郎が「おとっつぁん! おとっつぁん!」と悲しく叫びます。

騒ぎがおさまると平蔵は懐から粟餅を取り出し食べ始めます。
重三郎は、平蔵に「鱗の旦那の悪行も、柏原屋が騒いでいることも知っていた」と打ち明けます。そのうえで一言「危ねえ」といえばこうならなかったと悔やみます。

「何故言ってやらなかったんだ?」
「そりゃあ、心のどっかで望んでたからっすよ。こいつがいなきゃ、取って代われるって」
「じゃ、願ったり叶ったりじゃねえか」

平蔵にそう言われ「濡れ手に粟」「棚からぼた餅」とつぶやく蔦重。

さらに「俺ぁうまくやったんでさ。けど、うまくやるってなぁ……堪えるもんっすね。すいません、つまんねえこと言って」そう頭を垂れてしまいます。

立ち去ろうとする平蔵は重三郎に粟餅を渡します。
「濡れ手に粟餅。“濡れ手に粟”と“棚からぼた餅”を一緒にしてみたぜ。とびきり上手い話に恵まれたってことさ。おめえにぴったりだろ。せいぜいありがたく受け取っておけ。それが粟餅落としたやつへの、手向けってもんだぜ。じゃあな」そう去ってゆく平蔵でした。

重三郎は粟餅にかぶりつきます。
「そうだよな。鱗の旦那! 濡れ手に粟餅、ありがたくいただきやす!」とお礼を言います。

こうして蔦屋重三郎は、いよいよ本格的に出版業に乗り出します。つづく・・

<<おまけ>>
吉原遊郭があった地域を歩きましたが、
そこには当時の名残が残っていました。

<吉原神社>

吉原弁財天(よしわらべんざいてん)本宮>

見返り柳

この3つは、すべて歩いて行ける距離にあります。

吉原は京の島原(京都市下京区)、
大坂の新町(大阪市西区)と並んで
三大遊廓と呼ばれていました。

京都島原遊郭跡地は行ったことがあります。

・・・ということで
2025年(令和7年)の大河ドラマ「べらぼう」
第6回「鱗(うろこ)剥がれた『節用集』」
の紹介でした。




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