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大河ドラマ べらぼう 第5話「蔦(つた)に唐丸因果の蔓(つる)」ネタばれあらすじ 

2025年(令和7年)のNHK大河ドラマは「べらぼう」です。
この物語は、1750年(寛延3年)1月7日に、江戸時代の遊郭・吉原で生まれ、1797年(寛政9年)に亡くなった人物でいわゆるプロデューサー蔦屋重三郎の物語です。
彼が手掛けたエンタメビジネスは、現在の日本文化やエンタメに影響を与え続けています。

第5話「蔦(つた)に唐丸因果の蔓(つる)」。このタイトルは「蔦屋重三郎」の名前の「蔦」と、蔦屋重三郎が引き取っている少年・唐丸の名前を「絡まる」にかけた、
なんとも見事なタイトルです。

では、ストーリーを見ていきます。
(お抱えにならないか)
蔦屋重三郎のもとに鱗形屋から手紙が届きます。
鱗形屋のお抱えとして「改」の仕事を任せたいというのです。
鱗屋は重三郎の才能、センス、行動力を認めていたのです。

この申し出に対し、蔦重は、義理の兄の次郎兵衛と弟分の唐丸に相談をします。
鱗屋の条件は、蔦屋重三郎が作ったものを鱗屋のものとして販売すること、つまり、鱗形屋の名義で広めるというものでした。
これでは、重三郎が一生懸命作った板木が鱗形屋の物になるために、受け入ることができませんでした。
そんな蔦重を見た次郎兵衛は、「なんだお前さん、欲が出てきたって話かい?といいます。
秩父
この頃、平賀源内は秩父の中津川鉱山でで少々危ない商いをやっていました。
鉄の精錬を行っていたのです。しかし、鉄の出来が悪く、売り物になるレベルとは程遠く、また作業中に火事が発生し、けが人が出てしまったのです。
技術がまだ発達していない当時、鉱山の商売は、資本金がたくさんかかります。そのため一発当てれば大成功ですが、外す可能性もあり、外したら大損する危ない商売でした。
秩父の中津川鉱山の状況に「おい、金を巻き上げて だましたなあ!!」と出資者たちが源内を問い詰めます。そして資金を戻すように迫ります。その金額も膨大な額です。
そこで源内は、平秩東作を人質として10日以内に戻るように約束し、なんとか江戸にもどり、蔦屋重三郎が働いている茶屋・蔦屋を訪れます。
源内は、まずは空腹を満たすためにソバを食べます。この大河ドラマには、よくソバを食べるシーンが出ます。米よりソバなんですかね??しかも汁が真っ黒!!
(わがまま)
源内は笑いながら重三郎に、こう言います。
「自由に生きるってのは、そういうもんでさ。世の中には人を縛るいろんな理屈があるじゃねえか。親とか生まれとか義理人情。けど、そんなものを顧みずに自らの思いによってのみ、『我が心のママ』に生きる。わがままに生きることを、自由に生きるっつうのよ。わがままを通してんだから、きついのは仕方ねえや」・・・これ、なんかいい言葉ですね。
(借金自慢)
源内は、鉄から炭の商売へ切り替えることを思い付きます。というのは鉄の精錬には、大量の炭がいるため、炭が確実に売れると考えたからです。
そして炭を売りさばくために、炭屋の株を手に入れたいと、蔦屋重三郎と次郎兵衛に、相談します。

炭問屋を紹介してもらい、その権利を買い取る交渉をします。
源内は炭屋の問屋との交渉で、
源内「手前はね、借金を抱えてる身でして」
炭問屋「こちとらだって、れっきとした借金持ちだ。」
源内「おう、いくらだい?借金ならまけねぇぜ」「勝負しようってのか?」「おう、いいよ。いくらだい、言ってみな」とお互い軽快なやり取りで借金自慢をします。
これが江戸っ子??

やがて源内は、田沼経由で資金を調達し秩父に戻り出資者たちを納得させます。
また、田沼と源内は鎖国をやめ外国との貿易・交易をおこなうことで国が栄えていくことを話し合います。
(版元になろう!)
このような平賀源内の姿を身近に見た重三郎は、自分も本屋の株を買って、版元になろうと考えました。
重三郎は、源内の紹介で須原屋と出会います。
ここで重三郎は、版元になるには「株仲間」に入らないといけないと思っていましたが、それは地本問屋の「株仲間」はなく、単なる「仲間」だったということが分かります。

そして、のれん分けや奉公するという道があるとことが分かったのです。
(脅し)
さて、その重三郎に弟分として付き従うのが唐丸です。
唐丸は1772年におきた吉原火災のとき重三郎と会い、そして一緒に働きます。
重三郎のいい相談相手でもあり、また礒田湖龍斎(いそだこりゅうさい)の下絵を、
完璧に模写するという「絵師」としての才覚もあります。

その唐丸の前に、ある男が現れます。
この男は、唐丸の過去を知っていて、「お前の過去がばれれば、お前は死罪だし、匿っていた蔦重も次郎兵衛も死罪、遠島が及ぶだろうな」と唐丸を脅します。
この脅しで唐丸は、店のお金を少しずつ盗み、男に渡すようになります。
これは江戸時代の闇バイト??!!
(消えた唐丸)
ある日、次郎兵衛が、蔦屋の銭箱の金が減っていることに気が付きます。
蔦屋重三郎は、唐丸の様子がおかしいと感じていました。
重三郎と唐丸は、兄弟のように枕を並べ、寝食を共にして暮らしていました。
重三郎は、唐丸と2人になったときに、自分は鱗形屋の「改」になることを告げ、のれん分けをしてもらえたら、唐丸を一流の絵師にすると伝えます。
そのうえで、唐丸に何か隠しごとをしていないかと聞きました。唐丸は、何もないと答えます。しかし翌朝、唐丸は店の銭箱とともに姿を消してしまいました。
(心中入水)
朝に突然消えた唐丸・・・蔦屋重三郎は、唐丸を必死に探します。

その頃、唐丸は、顔に傷のある浪人と橋の上にいました。浪人は、唐丸の過去をネタに唐丸を脅し、何度も金を盗ませていました。
そして、今回金庫を手にしたものの、次も金を盗むように迫ります。こんなのにからまれたら大変です・・・。
・・・とその時、唐丸が、急に浪人に飛びかかり、そのまま浪人とともに川へ落ちていきました。入水心中です。
(水死体)
その夜、奉行所の同心が蔦屋を訪れます。同心は、水死体が見つかったといいます。
そしてその死体の身元は、素行が悪い浪人であり、その胸元には蔦屋の貸本が入っていたと話しました。
ただ唐丸の姿に関しては情報がなく、この時点では、唐丸と水死体の浪人との関係は、わかりません。

同心は、蔦屋に、盗みの手引きをする者がいたのではないかと、疑います。
もちろん全員がそれを否定し、何か気になることがあったら連絡することを告げ、同心に帰ってもらいました。
唐丸がこのことにかかわっている・・そう感じた重三郎は、自分が将来、版元になったら、唐丸を当代一の絵師にすると約束していただけに、大ショックでした。
(楽しいほうに考える)
事件後、吉原では、唐丸が盗賊の一味であったのではないかと言う噂が広がります。
なんともやりきれなくなった蔦屋重三郎は、花魁・花の井と会います。
重三郎は「無理矢理にでも話を聞いておけば良かった。そうしたらああはならなかったのに」と涙しますが、花の井は「まことのことが分からぬなら、楽しい方に考える。
それがわちらの流儀」と応えます。これいいですね。私も今から真似しよう!!
重三郎は「いつか唐丸が戻ってきたら、自分が唐丸を一流の絵師として売り出してやりたい」と話しました。

こうして消えた唐丸、次に姿を現すのはいつ、どんな形でしょうか?

そして、重三郎は鱗形屋のもとで働き、のれん分けで本屋になる道を選択しようとしていました。 次回に続く・・・

<<おまけ>>
吉原遊郭があった地域を歩きましたが、
そこには当時の名残が残っていました。

<吉原神社>

吉原弁財天(よしわらべんざいてん)本宮>

見返り柳

この3つは、すべて歩いて行ける距離にあります。

吉原は京の島原(京都市下京区)、
大坂の新町(大阪市西区)と並んで
三大遊廓と呼ばれていました。

京都島原遊郭跡地は行ったことがあります。

・・・ということで
2025年(令和7年)の大河ドラマ「べらぼう」
第5回「蔦(つた)に唐丸因果の蔓(つる)」
の紹介でした。




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