平安時代の宮中を舞台にしたドラマ「光る君へ」。
43話は、「輝きののちに」です。
ではストーリーを見ていきます。
(子供が生まれるも・・)
三条天皇が即位して3年が経過した1014年(長和3年)、
三条天皇と中宮・妍子との間に、待望の子が生まれました。しかし、男児ではありせんでした。つまり将来の天皇候補ではないのです。道長は落胆します。
(譲位を迫る)
内裏では火災がおき、三条天皇は妍子と共に枇杷殿に移り、枇杷殿にいた彰子は、頼通の屋敷である高倉殿に移ることとなりました。高倉殿に移った彰子は、敦康親王と再開します。そして敦康親王から妻の祇子を紹介されました。
3月、道長は相次ぐ不幸は三条帝の政に対する天の怒りが原因だとして、譲位を迫ります。しかし、三条は無礼者、下がれと激怒し両者の対立は深まります。
一方、まひろは再び筆を執り、光る君の亡きあとの物語を書き続けていました。
そしてこうつぶやきます。「帝にすらことさらあしざまにお耳に入れる人がおりましょう。世の人の噂などまことにくだらなくけしからぬものでございます」と。
(三条帝の御容態)
前回は道長の体調がよくなかったのですが、今回は三条天皇の身体に異変が起きます。三条帝は耳が遠くなったようで、さらに視力も低下したようです。
道長はこのままでは帝としての務めが果たせないと側近の公卿に話し、俊賢は譲位を計るべきだといいます。
行成は気の毒だといいますが、公任は情に流されるなといいます。
(太宰府に行きたい)
行成は道長に、「大宰府に行きたい、大宰の大弐にしてほしい」と願い出ます。太宰府は大陸や挑戦とも近いので貿易で財をなすことが出来るからです。道長は考えておくことにしました。
(約束)
道長から譲位を迫られた三条天皇は、実資を味方に引き入れようと考えます。帝から話を聞いた実資は三条帝に信頼出来る人を蔵人頭におくことを勧めます。そこで帝は蔵人頭は実資の息子の実平にしたいと考えます。
さっそく帝は道長にこのことを相談します。しかし、道長は「実平は蔵人もしていないので、それは無理だ」と断ります。
怒った三条天皇はその場を立ち去りますが、目がよく見えないために頭をぶつけてしまいます。道長から「その状態なら政務が出来ないので譲位すべきだ」と言われてしまいます。
(仲介役)
その後、実資が道長のところにやってきて、「帝の心は譲位に向かっていない」「帝の心を弱らせることが正しきやり方だとは思わない」と主張します。
さらに実資は「左大臣の思う政とはなにか」と問います。すると道長は「民がしあわせに暮らせる世を作ること。」とこたえます。
それを聞いた実資は、「道長には民の顔など見えておらぬのでは、幸せなど曖昧なことを求めるのが仕事ではない。志を追いかけるものが力を持つと志そのものが変わるそれが世の習いだ」と言います。
両者は話がかみ合いません。
実資は、譲位を今少し待ってほしいと言って出ていきました。
(約束破り)
三条天皇が宋から取り寄せた薬を飲んでいるとき、娍子がやって来ました。自分の友人である兼綱を蔵人頭にしてほしいと訴えに来たのでした。
兼綱は、関白だった道兼の息子です。
そして帝はこの申し出を受けます。
このことで、三条天皇が約束をやぶったために資平は蔵人頭にはならなかったのです。さあたいへん!!それを知った実資は、約束をほごにされ怒ります。
(世継ぎが産まれない)
土御門邸では道長と倫子、頼通夫妻、教通夫妻が集まって宴をひらいていました。
道長の嫡男・頼通は992年(正暦3年)道長と源倫子との間に誕生しました。頼通は長男で、しかも母の家柄も良いので道長の後継者となるのは確実でした。
しかし問題はその後の後継者です。
頼通の正室は、具平親王の娘の隆姫で頼通より3歳年下です。頼通は隆姫を深く愛しましたが、残念ながら子には恵まれません。
宴の席で道長は、子ができない隆姫に、頼通の子を生んでもらいたいと話しています。
いきなりで、しかもこのようなデリケートな話しを持ち出すとは、無神経です。
これには頼通は別の席で、隆姫には子供のことを話さないでほしいとお願いします。
倫子は、もう一人妻を持てば良いといいます。ここで重要なのは当時の価値観です。
当時、妻の最大の役割は子供、特に男子を産むことでしたので、男の子が生まれないのは権力者にとっては大問題です。
頼通は、妻は隆姫だけ、他のものはいらないと断言しましたが「藤原家」を考えると男の子が生まれないのはお家の一大事です。
(父戻る)
越後守であった為時は3年ぶりに都に戻り、家族一同でむかえます。
為時が実家に帰ると、ここで双寿丸と初対面します。
まひろは父に、双寿丸を「賢子と乙丸の命の恩人」と紹介します。さらに、賢子が、双寿丸が来てからよく笑うようになったと言います。
(太宰府に行かせて)
ある日、隆家が道長に「木の枝が目に刺さり、目が病んでいて出仕できません。大宰府に恵清という宋人で腕の良い薬師がいるので行かせてほしい」と中納言を返上したうえでの大宰大弐を願い出ました。
(除目)
11月、臨時の除目が行われました。
中納言藤原朝臣隆家を大宰権帥に任ずることになりました。
この決定に対し、おなじく太宰府行きを希望していた行成は、自分の希望が叶わず大不満です。その行成に道長は「俺の側にいろ、そういうことだ」と言いました。
太宰府に行くことになった隆家は、ききょうを訪れます。そして、都を去ることになり、それがききょうと脩子内親王を置いていくことになるので詫びました。
ききょうは、「目を治して下さい。自分が脩子内親王をしっかり守ります」と述べました。
(太宰府には連れて行かない)
この隆家の太宰府移動で、双寿丸の主人の平為賢も隆家に同行することになりました。賢子は一緒につれてってと願いますが、双寿丸は、連れて行く気はない、と断りました。そして「妹みたいな賢子がいて楽しかった」といいます。
賢子は、母のまひろに「双寿丸からに女は足手まとい」と言われ、一緒に太宰府に行けないこと=ふられたことを話します。
まひろは、それは賢子を危ない目に合わせたくないということだと話し、「泣きたければ私の胸で泣きなさい」といいます。しかし、賢子は笑って断りました。
旅立ちの宴が行われました。賢子は複雑な思いで踊る双寿丸を見つめていました。
---終わり---- そしてドラマは残り5回です。
