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日清戦争の旗艦『定遠』の装甲板が福岡・太宰府に現存!場所・行き方・歴史を徹底解説


福岡・太宰府天満宮のすぐ横には、
日清戦争で清国北洋艦隊の旗艦「定遠」の装甲板が
今も残されています。
日本でほぼ唯一の貴重な戦争遺構であり、
本記事ではその場所や行き方、
そして定遠館にまつわる歴史背景を
わかりやすく紹介します。

太宰府天満宮の隣にある日清戦争遺跡)
近代化を遂げた日本が初めて行った外国との本格的戦闘が日清戦争です。
1894年(明治27年)から翌年まで行われました。その日清戦争の戦争遺跡があるというので見てきました。
太宰府天満宮の太鼓橋への参道から横道にそれて少し歩くと駐車場があります。
その門は、日清戦争で清国の北洋艦隊の旗艦であった戦艦「定遠」の装甲板を使用しています。

(清国北洋艦隊旗戦艦・定遠

定遠」は、ドイツ製戦艦で1885年(明治18年)に就役、清国北洋艦隊の旗艦となり、当時東洋一の堅艦と呼ばれました。

1894年(明治27年)7月25日、日清戦争が勃発します。(正式な宣戦布告は8月1日です。)

 9月17日に起きた黄海の海戦では清国北洋艦隊の旗艦である定遠は、日本海軍の戦艦からの副砲の速射砲で艦橋が崩壊しました。その後は威海衛に逃げ込み防備に当たっていました。
下は、黄海の海戦の模様を描いた錦絵です。

(出典:日清戦争錦絵「黄海我軍大捷 第四図 (黄海我軍大捷)」

https://dl.ndl.go.jp/pid/1310262/1/1

 

定遠は翌年の1895年(明治28年)2月5日におきた、威海衛の海戦で、日本軍の水雷艇の夜襲雷撃を受けて座礁し、さらに9日には陸上からの攻撃を受けます。
そして2月10日、定遠は日本軍による鹵獲を避けるために自沈し、艦長は自決しました。

2月17日には、北洋艦隊は降伏しました。

(出典:新聞集成明治編年史 第九卷:デジタル国会図書館

https://dl.ndl.go.jp/pid/1920400/1/132

(出典:日清戦争錦絵「威海衛陥落北洋艦隊提督丁汝昌降伏ノ図」

https://dl.ndl.go.jp/pid/1312134

定遠を引き揚げ)
日清戦争が終了した後の1896年(明治29年)、旧福岡藩士で太宰府出身でもある小野隆助は、政府の許しを得て浅瀬に沈んでいた定遠を引き揚げます。そして 、太宰府天満宮に近い自宅に定遠の艦材を用いた定遠館を建てました。
(実際に日清戦争の戦争遺跡を見て触ってきました)
単純計算でも140年以上前の戦艦、しかも一部とは言え、日清戦争で戦った敵艦の旗艦が残っているというので、そんな場所は日本にもそうないと思います。
これは貴重です。
・・・ということで、福岡県太宰府市にある現地に行ってきました。
定遠館は非公開でしたが、外からは見ることができました。
定遠の装甲板)
前庭は現在、駐車場で、その扉には定遠の装甲板を使用しています。

これが、清国北洋艦隊旗艦・定遠の装甲板なんですよ!!

触ってみたら、やはり頑丈です。
日本軍の大砲の弾を受けた跡が生々しいです。

身長175センチのおっさんより大きいです。

(今も残る定遠の様々な部品)
そして、定遠館です。思ったより小さいです。小屋みたいです。

玄関には、艦内で使われていた手すりのようなものがあります。

綺麗な装飾です。

屋根裏の梁は、定遠にあった帆のロ−ブを通す輪付きの帆柱を使用しています。

定遠館の軒下には、端艇用ボートのオールを使用しています。ただ、これは修復の時に誤って破損したのでレプリカだという話もあります。

下の写真の方が、オールの形がよくわかるかと・・・・。

(大正時代に文書に記された定遠館)
1920年大正9年)に発行された「太宰府史蹟」という本がありました。ここには定遠館について、以下の説明があります。

【出典:太宰府史蹟 デジタル国会図書館https://dl.ndl.go.jp/pid/960991/1/47

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<<定遠館への行き方>>
西鉄太宰府天満宮駅徒歩10分以内

住所:福岡県太宰府市宰府2丁目7-39

【追加情報】

日清戦争の20年後に起きた、第一次大戦で活躍し、
地中海に遠征した戦艦が今も残っています。
触ることも乗ることも出来ます。
詳細は下をクリックして御覧下さい

 日清戦争で実際に戦った戦艦、
しかも北洋艦隊の旗艦の一部が今も残っています。

是非御覧下さい。




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