
東京上野動物園の入り口に
グラント将軍植樹碑と書かれた碑があります。
このグラント将軍は明治期にアメリカ大統領経験者として初めて来日した方です。

(18代アメリカ合衆国大統領グラント将軍)
グラント将軍は、第18代のアメリカ大統領のユリシーズ・シンプソン・グラントです。このグラント将軍は、史上初めて日本を訪れたアメリカ大統領経験者であり、同時に史上初めて天皇と対話をした大統領経験者でもあります。
オハイオ州の製皮業者の息子として生まれます。陸軍士官学校を卒業し南北戦争で英雄となり、その後、第18代の大統領に就任します。

(大統領のあとは2年間の世界一周の旅に)
グラントは大統領の任期を終え夫人とともに2年に及ぶ世界旅行を行い、その途中に
日本に立ち寄ります。
(出典:奎普龍将軍 1937年11月出版:デジタル国会図書館
https://dl.ndl.go.jp/pid/1885445/1/7)
(来日)
グラント前大統領を乗せた軍艦リッチモンドは、1879年(明治12年)6月21日に長崎に到着します。このとき日本政府は礼砲21発で同氏に最大級の敬意を表します。
長崎では、長崎師範学校を宿舎とし色々と見学をします。
26日午後5時に長崎を出港し、7月3日に横浜に入港します。当時の記事には大歓迎ぶりが書かれています。

(出典:)
そして横浜から鉄道で東京に入ります。この日、実業家の渋沢栄一が、新橋駅でグラントらを迎えています。
翌4日にグラントは明治天皇に謁見します。この日=7月4日がアメリカの独立記念日であることから、日本政府が日程をこの日にあわせました。
明治天皇はグラント夫妻の訪日を歓迎し、浜離宮を夫妻の宿舎として提供します。

(出典:https://dl.ndl.go.jp/pid/1157603/1/8)
(日本の花火を楽しむ)
7月12日には 両国川開きがあり、グラント将軍は蜂須賀邸にて花火を見物します。
ただこの日は大雨が降って大変だったようです。

(出典:
https://dl.ndl.go.jp/pid/1920347/1/68)
グラント将軍は、7月20日~27日と日光を見物します。
このとき日光東照宮も訪問します。このときに、天皇しか渡ることを許されていない橋を特別に渡ることを許されましたが、将軍は「これを恐れ多い」と固辞し、その振る舞いで高い評価を受けます。

(出典:奎普龍将軍 1937年11月出版:デジタル国会図書館
https://dl.ndl.go.jp/pid/1885445/1/13)
8月5日には、飛鳥山の渋沢の新居で、歓迎会が催されました。
このとき上野にある精養軒が料理を提供し、若き日の嘉納治五郎が柔術の演舞を披露しています。

(出典:https://dl.ndl.go.jp/pid/1157603/1/80)
(明治天皇と会見した初めての米国大統領経験者)
そして8月10日、グラント将軍は浜離宮中之島茶屋で明治天皇と会見します。
この会見は、天皇が自らが浜離宮を訪問するという前例のないものでした。

(出典:奎普龍将軍 1937年11月出版:デジタル国会図書館
https://dl.ndl.go.jp/pid/1885445/1/12)
この会見でグラント将軍は、当時26歳だった明治天皇に対し、訪日前に訪問した欧州の状況を説明し、また条約改正、琉球問題、教育や招聘外国人教師の問題などを2時間も話します。

(出典:https://dl.ndl.go.jp/pid/1157603/1/7)
(グラント将軍植樹記念碑)
グラント元大統領夫妻は、明治天皇との対話の後、各地を見物します。
8月25日には東京の上野公園で行われた歓迎式典に出席し、妻ジュリアとともに来日記念に檜を植樹します。
1929(昭和4)年8月にグラント将軍来訪50年を記念し、植樹の由来が忘れられないようにと、ここに記念碑が建設されました。
上野公園には、今もその碑があります。



植樹と言えば、増上寺では松を植樹していて、この松はグラント松と呼ばれています。
(グラント将軍来日記念流鏑馬)
この日、上野公園ではグラント将軍歓迎流鏑馬も行われます。下の写真はその模様です。

(出典:幕末・明治・大正回顧八十年史 第23輯 昭和10年出版:デジタル国会図書館
https://dl.ndl.go.jp/pid/1109566/1/7 )
そして、その夜は精養軒で不忍池の花火を見物しています。

(出典:奎普龍将軍 1937年11月出版:デジタル国会図書館
https://dl.ndl.go.jp/pid/1885445/1/13)
(9月2日送別会)
ということでグラント将軍は日本での長期滞在を凄く堪能しているようですね。
そして出立前日となる9月2日の夜には、送別夜会が開かれています。

(出典:
https://dl.ndl.go.jp/pid/1920347/1/77)
グラント将軍は9月3日に特別列車で横浜へ行き、帰国の途に就きます。
そして9月20日サンフランシスコに無事到着します。
このように6月の長崎から9月までの3ヶ月、グラント将軍は日本各地で大歓迎を受けます。
グラント将軍は訪日した6年後の1885年(明治18年)7月23日に咽頭ガンで亡くなります。63歳でした。
グラント将軍は、
日本での日々がよほど満足だったのか、
亡くなる直前まで日本の国旗と星条旗が描かれたウチワを
手放さなかったと言うことです。

(出典:奎普龍将軍 1937年11月出版:デジタル国会図書館
https://dl.ndl.go.jp/pid/1885445/1/5)
<<グラント将軍植樹碑への行き方>>
上野動物園入り口すぐ 上野動物園を背中にして右
小松宮彰親王銅像の後ろにあります
住所:台東区上野公園 上野動物園前
明治の初めに、
南北戦争を戦った米国の大統領経験者が
日本を訪問していたのです。
