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大河ドラマ 光る君へ 第28話「一帝二后」ネタバレあらすじ 

平安時代の宮中を舞台にしたドラマ「光る君へ」。
数十年と大河ドラマを見ている立場から言うと、この「光る君へ」は、合戦や戦闘シーンが少ない「変化球」であり、平安時代の宮中を舞台にした恋愛ドラマです。

第28回の副題は「一帝二后」

(賢子)
年末、まひろは道長との子を出産します。まひろの夫の宣孝は、子を賢子と名付けます。宣孝は、生まれた子が自分の子供ではないことを知っていますが、それを受け入れ我が子として育てます。

(彰子)
一方、道長は入内させた娘の彰子を中宮にし、定子と后を二人にする「一帝二后」と言う前代未聞の方法を考えます。
道長は、姉で一条天皇の母でもある詮子へ理解をもとめます。詮子は一帝二后を認め、一条天皇に推薦文を書きました。
しかし、一条天皇は「后を2人立てるなど受け入れられるものではない。朕の后は定子1人である」と強く主張します。 

ある日、「彰子の教育係の赤染衛門が彰子に先祖・藤原良房の教えを聞かせていたところ一条天皇がやってきました。
一条天皇は彰子に自らの笛を聴かせますが、彰子は一条天皇の方を見ようともしません。なんとも無愛想というか無関心というか・・・

そんな彰子に一条天皇は「そなたは中宮になりたいのか?」と尋ねます。彰子は「仰せのままに」と答えます。
一条天皇が「誰の仰せのままだ」と問うと、彰子は「仰せのままに」と覇気がないというか自分の意志がないというか・・・
その様子を見た一条天皇は「彰子には己というものがない。我が身を見るような心持ちになった。愛しきは定子。だが彰子を形の上で后としてもいいかもしれん」と言いました。
自分も詮子の言いなりで育ったゆえ「我が身を見るような心持ちになった」と行成に語ります。

 (彰子を中宮にする)
長保2年(1000年)安倍晴明藤壺の女御の立后は、2月25日だと先読みします。
行成が一条天皇に呼ばれ、言上します。彰子を中宮にする決断が出来ない一条天皇に対し「儀式が滞っています。震災が起こっていて、左大臣様はそのことを憂えています。神事を第一にすべき。お覚悟をお決めくださいませ」と進言します。
そしてようやく一条天皇は、「一帝二后」を受け入れることにしました。
彰子が立后の儀式のため内裏を一旦退出した翌日に、一条天皇は定子と御子たちを内裏に呼びます。そして定子に「后を2人にすること許せ。すまぬ」と伝えます。
定子は「私こそ、お上にお詫びしなければなりません。私は我が家のことばかり考えていました。どうか私のことは気になさらず、彰子さまを中宮にしてください」と。
それを聞いた一条天皇は「これまでのことは偽りだったのか…。偽りでもかまわぬ」と。
定子は「人の思いは裏腹でございます。彰子さまも見えていることがすべてではありません。私のことはお考えなさないませぬよう」と答えます。

一条天皇は彰子を中宮とする詔を下しました。
道長倒れる)
彰子の父・道長はここのところ体調が優れません。
そして、彰子の立后の儀式が行われた日、道長は側室の源明子を訪ねた際に倒れてしまいます。
そのまま危篤となります。
そこに正室・源倫子が駆けつけます。
本妻と側室がそろい冷たい空気が流れます。
倫子は明子に、挨拶もせずに、道長のもとに駆け寄り、明子が握っていた道長の手を奪い、手を握ります。
明子が、倫子に「薬師の話では…」と道長の具合について話そうとしますが、倫子はその言葉を遮り、「うちでお倒れになればよいのに。どうぞ我が夫を、こちらで看病願いますね」と話すのでした。この言い方が冷たく、またトゲがあるのです。
道長の体調不良は瞬く間に知れ渡たり、もしものことがあるとしたら・・・と朝廷内はざわつきます。

(回復)
まひろは、生まれたばかりの娘の賢子に漢詩を聞かせています。無意識に漢詩のシャワーをインプットする一種の英才教育ですね。
すると慌てた様子で宣孝が現れ、道長が高松殿で倒れ危篤だと伝ました。

一方、倒れた道長は、意識が回復しません。夢の中で、まひろに手を触れられ戻ってきてと言われます。そして目を覚まします。意識が回復したのです。
こうして意識が回復した道長は本妻宅に戻り盛大に迎えられます。

(定子)
彰子が中宮となり、自身の立場が微妙となった定子は身ごもっていました。3度目の妊娠です。
衰弱し食欲がない定子のために、ききょうは「青ざし」という麦のお菓子を持参しました。定子はお菓子の載っていた紙に歌を書き、清少納言に差し出します。

「みな人の 花や蝶やと いそぐ日も わが心をば 君ぞ知りける」

また定子は「そなただけだ。私の思いを知ってくれているのは」といい、ききょうも「長いことお使えしておりますゆえ」と答えます。
さらに定子は「いつまでも私のそばに居ておくれ」と頼み、ききょうは「私こそ、末永くおいてほしいといつもいつも思っています」と返します。
(定子の死)
年末に定子は3人目の子供を出産します。しかし、まもなく世を去りました。25歳でした。
かけつけた定子の兄の藤原伊周は、定子がしるした歌を見つけました。
そして「こんなにも悲しい歌を。すべて、あいつのせいだ」と激昂します。
ききょうが「あいつ?」と問うと、伊周は「左大臣だ!左大臣が大事にしているものをことごとく奪ってやる!」と怒り恨みます。

定子の最後の歌は

「よもすがら 契りしことを 忘れずば 恋ひむ涙の 色ぞゆかしき」・・・

自らの人生の終わりを察していたかのような悲しい歌です。

というところで今回は終了。次回に続く




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