以下の内容はhttps://reiwa00502.hatenablog.com/entry/2024/07/09/000000より取得しました。


陸軍登戸研究所内にあった弥心神社(生田神社)

(1943年:昭和18年創建)
この神社は、1943年(昭和18年)3月に、陸軍登戸研究所の殉職者を慰めるために、
東京にあった陸軍科学研究所の神社に祀られていた、知恵の神である八意思兼命(ヤゴコロオモイカネノミコト)を分祀して創建されました。
神社の名前の「弥心(やごころ)」もここから来ているのではないかと推測されます。

終戦後、廃社となったものの生田神社として復活)
終戦後、この神社は、米軍に接収され、廃社となりましたが、1950年(昭和25年)に明治大学が払い下げを受けた際に、豊受大神天照大神を祀り、生田神社と名前を改めて、復活しました。

登戸研究所跡碑)
境内には1988年(昭和63年)に研究所に所属していた有志によって建てられた「登戸研究所跡碑」があります。

その裏面には「すぎし日は この丘にたち めぐり逢う」という句が刻まれています。
この意味、、なんとなくわかるような気がします。

<<弥心神社:生田神社への行き方>>

生田駅より徒歩10分
住所:神奈川県川崎市多摩区三田2丁目1 明治大学生田キャンパス内

陸軍登戸研究所にあった弥心神社(生田神社)
色々な歴史を見てきたことと思います。




以上の内容はhttps://reiwa00502.hatenablog.com/entry/2024/07/09/000000より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14