平安時代の宮中を舞台にしたドラマ「光る君へ」。
第19話「放たれた矢」を見ていきましょう。
(地位逆転)
伊周は念願の関白にはなれず、叔父の道長が右大臣に任命されました。
ここで解説。
朝廷での官職の順位は 左大臣、次いで右大臣、そして内大臣となります。 左大臣は,今の内閣総理大臣に当たり、 右大臣はそれを補佐する人物です。
内大臣は、左大臣や右大臣に次ぐ職として置かれ、左右の大臣が不在の時に、その業務を代行しました。
・・・ということで、道長は、内大臣の伊周を飛び越えて公卿の頂点に就いたわけで、野心家の伊周はくやしがります。
「関白にはなりたくないのか?」という一条天皇の問いかけに道長は「陣の定め」に参画し、公卿の意見を肌で感じてとりまとめたい、と答えました。
関白になると思うように動けなくなるので、存分に働ける場にとどまりたいという考えで、関白を辞して右大臣になりました。
(陣定での言いがかり)
さて、帝が「伯耆と石見の租税を4分の1免除せよ」とのことで陣定が開かれました、
伊周は「二カ国を認めてしまえば、それだけにはおさまらない。他の国も減税を申し出るであろう。税収を減らすことは朝廷のためにならぬとして、民に施しは不要だ」と断言します。
道長は、疫病に苦しむ民を救うのは上に立つものの使命だと返し、実資も、公任も納得します。
道長は皆の意見を伝えると言い、他の意見がなければ、これまでとすると会を締めます。
すると、退出しようとする道長を止め、藤原伊周が突っかかってきました。道長に「父上(道隆)と叔父の道兼殿を呪詛したのは右大臣殿か?自分の姉である女院様(詮子)を動かして、帝をたぶらかしたのも右大臣殿であろう」と文句をつけます。
さらに「女院様を使って、中宮様(定子)に無理強いするのもやめろ!」と言い、道長の肩につかみかかろうとします。しかし、道長に身をかわされて床に崩れるという情けないことになります。
この叔父・道長にくってかかって惨めな姿をさらした甥・伊周のことはすぐに話しが広まりました。
この話を道綱から伝え聞いた実資は「そんな面白いことがあったのか!」と大喜び。
道綱が「面白いというか、情けないというか、内大臣様(伊周)があまりにぶざまで」と話すと実資は「今日もやるかな?」と興味津々。
(姉の願いを拒絶)
道長が除目に悩んでいると、姉の詮子がやってきて、除目に入れて欲しい人を指名してきました。
しかし、道長が「知らぬものを入れるわけにはいかぬ」と断ると、詮子は伊周封じのためだと粘ります。
道長はそのような人事はしたくないので詮子に対しても、強く断ります。そういう融通の利かないところが帝の信用を増やすのだと言いながら詮子は去って行きます。
(準備工作)
道長と仲良し3人=道長、公任、斉信、行成の4人が酒を酌み交わします。
藤原公任は道長に「偉くなるのは大変だな…」と言います。藤原伊周に言いがかりをつけられた道長をねぎらったのです。
公任は道長に「次の除目は、俺のことは忘れておいてくれ。俺は、今のままずっと参議でよい。父が関白であった頃は、おれも関白にならねばならぬ、と思っておったが、今はもうどうでもよい」と話します。さらに、「漢詩や和歌や、読書や管弦を楽しみながら、この先は生きていきたい」と言います。
それを聞いた斉信は「いきなり枯れてしまって、体の具合でも悪いのか」と心配します。公任は「陣定で見ていても、道長は見事なものだ。道長と競い合う気にはなれない」と返します。それを聞いた道長は「まだ始まったばかりだ」と冷静に発言します。
さらに公任は「適切な除目をおこなうには、各々が抱えている事情を知ったほうがよいと思うのだ」と言い、貴族たちの裏の顔を知るには行成を使うがよいと言います。
公任は「行成は字がうまい。女子たちはみな、行成の字をほしがる。ゆえに、行成は意外にも、女子たちと密なつながりを持っておる。」と言い行成を通じて、女達から、男たちの情報や話を仕入れる事を提案します。
斉信は「おれもそろそろ、参議にしてほしい」と訴えますが、道長は「すまぬ。今回はない」とつれなく返答します。「8月の除目では、源俊賢を参議にするつもりだ」という道長に、公任が「同じ蔵人頭なのに、なぜ斉信ではなく、俊賢なんだ?」と尋ねると、道長は、「俊賢は、亡き源高明殿の息子だ。されど目指すもののためには、その誇りを捨て去ることができる。なくてはならない男だと思っている」と言い、「斉信のことは、その先に必ず考えるゆえ、この度は許してくれ」と話します。
道長は、行成の人脈を使い貴族の情報を収集し、また源俊賢を動かし、藤原伊周、隆家兄弟の動きを把握し操縦します。なかなか優れた政治手腕です。
除目は年2回あり、秋は大臣以外の中央官人で、春は地方官の人事です。
この秋、実資は権中納言に、俊賢は参議に、行成は蔵人頭になりました。
(まひろ内裏へ)
一方でまひろは、父の友人・藤原宣孝から宋の国の話を聞いたことをきっかけに、試験に受かれば身分が低い者でも政に加われるという「科挙」という制度に興味を抱いていました。
ある日、ききょうのはからいで内裏の登華殿を訪ね定子と対面することになります。
ききょうと一緒に内裏の廊下を歩いていたまひろは、突然「痛っ!」と声を上げて立ち止まります。足もとに落ちていたのは複数の鋲でした。この光景にききょうは、「何か踏まれました?」と平然とします。
「こうした嫌がらせは内裏では毎日のことですの。お気になさらないで。私も3日に一度くらい何かを踏みますので、足の裏は傷だらけです。でお、そんなこと私は平気です」といいます。
ここに宮中内の陰湿な世界を垣間見ることが出来ます。さらにききょうは、「中宮様(定子)が楽しそうにお笑いになるのを見ると嫌なことは、みんな吹き飛んでしまいますゆえ!」と周囲に聞こえるように言います。
(天皇との会話)
まひろが定子との初対面に緊張するなか、その場に一条天皇も現れます。
ここでの天皇とまひろの面会での2人の対話が面白いです。
まひろは、最初に、黒人運動指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの「I Have a Dream」のように「私には夢がございます」と言います。
そして、帝に中国の「科挙制度」を伝え、「低い身分の人でも官職を得て、まつりごとに加われる。すべての人が身分の壁を越せる機会がある国は素晴らしいと存じます。我が国もそのような仕組みが整えばと、いつも夢見ておりました」と言います。
これを受けて、一条天皇は、「その方は新楽府を読んだのか」とまひろに問い、まひろは白居易(白楽天)の「新学府」の一節「高者 未だ必ずしも賢ならず、下者 未だ必ずしも愚ならず。」を口にしました。
それを聞き帝は「身分の高い低いでは、賢者か愚者かは計れぬな」と言います。まひろは「はい。下々が望みを持って学べば、世の中は活気づき、国もまた活気づきましょう。高貴な方々も、まつりごとを仇やおろそかにはなさらなくなるでしょう。」
これを聞き中宮定子は、「言葉が過ぎる」とまひろに忠告します。
しかし帝は「そなたの夢、覚えておこう」と優しい言葉をかけてくれました。
なお、史実を見ると、まひろは、一条天皇に入内した道長の娘の彰子に仕えるため、1006年(寛弘3年)ごろ、宮中に勤め始めたとされています(諸説あり)。
(道長動く)
その後、帝は、道長を呼び出し、「政を考える女がいた。身分の低い娘である」とまひろのことを話します。
帝は、まひろが話した「優秀な者を起用すべきだ」という意見を面白がり、「あの者が男であれば登用してみたい」と言い出しました。
戻った道長は申し文を見返し、為時のものを見つけます。
そして為時の家に、朝廷からの使者が来ました。従五位に出世したと告げられ、一家はみな驚いています。まひろは、国司任命かと興奮します。
内裏に上がるには赤い束帯を着用するのですが、為時は、位があがることなど考えてもいなかったので、赤い束帯を用意していなかったのです。まひろは、慌てて宣孝に借りてきました。
こうして赤い装束となった為時は、道長に丁寧にお礼を言いに行きました。
まひろは琵琶を弾いていましたが、途中、弦が切れてしまいます。波乱の予感です。
(勘違いで大変なことに!!)
大河ドラマ「光る君へ」では、番組のラストで問題が発生するパターンが多いのですが今回、大事件が発生しました。995年(正暦6年)に起きた長徳の変の始まりです。
悪いときには物事が悪い方にと動くものです。
この頃、伊周はある女性のもとを訪れていました。ある日、女性の屋敷の前に見事な牛車が止まっているのを目撃します。「まさかあいつに裏切られるとは!!」と、愛妾に他の男がいると思い伊周は落胆します。
しかし、これは勘違い。妹に会いに来ているのでした。
さて、そうとも知らずに落胆している伊周に、弟の隆家が、その男に仕返しのいたずらをしようと思いつきます。
こうして兄弟2人は藤原斉信の屋敷へと出向きます。
屋敷に到着すると、隆家は門から出てきた男を、脅かすために弓を射ます。
矢はその男の眼の前をかすめ、止めてあった牛車に突き刺さります。狙われた男は腰を抜かして倒れ込みます。それを見て隆家は「脅しただけだ。当ててはおらぬ」と言い放ちます。
やがて、何が起きたのかと周囲から人が集まり、この人物が花山院と言うことがわかります。そう法皇です。
さあ大変!!やっちゃいましたね。これは大変なことですよ!!
法皇に弓を射たのです。「栄花物語」では「矢は法皇の衣の袖を射抜いた」と!!これは、一歩間違えれば法皇を殺していたという大事件なのです。
さあ、大変!!次回に続く!!
