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2023年(令和5年)那覇市戦没者追悼式に参列してきました

アメリカ軍機が沖縄各地を襲った
1944年(昭和19年)の10・10空襲。

さらに、その後おきた地上戦での犠牲者を追悼する
慰霊祭が、

2023年(令和5年)11月11日(土)に
那覇市で行われ、参加してきました。
国際法違反の那覇空襲)
1944年(昭和19年)10月10日に起きた10・10空襲=沖縄大空襲。
この空襲で、米軍は、飛行場と船舶などの軍施設以外に、国際法違反行為である那覇市の居住地域も攻撃しています。
この空襲は、午前6時40分の第一次攻撃から午後3時45分の第五次攻撃まで9時間にわたる波状的空襲で、のべ1,396機の米軍艦載機が爆弾や焼夷弾を投下しました。
日本政府は、後日、この空襲での米軍が行った民間人攻撃は国際法規違反であると抗議しています。
下は空襲を受ける那覇市の様子です。この空襲で、那覇市の大半が焼失しました。

(2023年・令和5年の追悼式は11月に開催)
この追悼式は、例年10月に開かれていましたが、2023年(令和5年)は、イベントと重なったため1か月遅れとなりました。

(若狭の旭ヶ丘公園にて開催)
追悼式の会場となったのは、那覇市若狭の旭ヶ丘公園です。
10・10空襲やその後の地上戦で犠牲となった那覇市出身者を祀る碑の中には、
およそ2万9000人の戦没者名簿が収められています。


この公園には、なぐやけの碑が建立されています。
なぐやけは、沖縄最古の歌謡集である「おもろそうし」の中で「穏やか」や「和やか」という意味で用いられています。

現在の那覇市は、小禄村、真和志村、首里市、那覇市の4つが合併してできています。そのため以下のような花がありました。

式は、午前10時に始まり1時間で終了しました。スケジュールは以下の通りです。

式典終了後、一般焼香があり、それに参加しました。

2023年(令和5年)は遺族や関係者など130人が参列したとのことです。

 

国際法違反行為の民間人への空襲が行われました。
亡くなられた方の御冥福をお祈りいたします。




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