がだるかなる
南太平洋に浮かぶイギリス領ソロモン諸島の1つで太平洋戦争の激戦地の1つ、
ガダルカナル島では1942年(昭和17年)8月から翌年の2月まで日本軍とアメリカ軍の激しい戦いが繰り広げられました。

ガダルカナル島は短縮してガ島とも呼ばれますが、食糧難で飢餓に苦しんだため
飢餓の「餓」から餓島とも呼ばれました。
日本軍は、ガダルカナル島での戦闘や食糧難から多くの兵士が玉砕し戦死・餓死者は
約2万5千人に上りました。
このうち、福岡歩兵第124連隊の将兵3,179名が犠牲になっています。
ガダルカナルの戦いが始まって80年目の2022年(令和4年)4月17日(日)、福岡県福岡市にある福岡縣護国神社で、11時半から ガダルカナル島慰霊祭があったので参加してきました。
この福岡縣護国神社は、1943年(昭和18年)4月に、福岡県内にあった4つの護國神社を
統合し現在地である福岡城址南側の旧福岡城外練兵場跡に遷座しました。



(ガ島の戦いから80年、今年の出席者は4名)
ガ島の戦いから今年・2022年(令和4年)で80年という事で、当時20歳の方でもご存命なら100才・・ということで、今回は生き残りの方は参加されず、今回のガ島会慰霊祭の参加者は、おっさんを含めて4人でした。
お父様がガ島の生き残りと言う遺族(女性)や関係者だけでした。
式は11時半から本殿で行われました。

まず本殿に向かう途中で手水を行い、清めます。


そして本殿に向かいます。ただし本殿内部での撮影は禁止なので式の様子の写真はありません。

本殿はこんな感じです(あとから許可を得て外から撮影しました)

慰霊祭は
①開始の太鼓(上の写真左にある大きな太鼓)
②祝詞
③お祓い
④降神の儀・・神様を迎える儀式
⑤祝詞奏上
⑥榊を持っての巫女さんの舞
⑦参列者玉串奉納
⑧昇神の儀・・・神様をお送りする儀式
⑨終了の太鼓
…と言う流れで20分ほどで終了しました。
おっさんは、ガダルカナルの戦いで志半ばで亡くなられた先輩方に対し敬意と追悼、
感謝の気持ちを抱き、玉串を奉納しました。
また、今回は事前にツイッターで「ガ島慰霊祭に参加するから、当日行けないけど
一緒に玉串奉納したい人がいたら、おっさんが代表で奉納するから参加者は名乗り出て」と呼び掛けていたので、ツイッターで参加を表明してくれた20名あまりの方々の分も一緒に奉納しました。

式典終了後、お神酒と記念品を頂きました。

神饌は、「おこし」でした。

太平洋戦争があり、祖国のために命を捧げられた先輩方がいた。
その犠牲や無念の上に
現在の私たちの生活や暮らしがある。
そのことは忘れずに継承していこうと思います。
