
「大江山 いく野の道の遠ければ まだふみも見ず 天橋立(あまのはしだて)」・・百人一首に収録されているこの歌に詠まれているのが京都北部にある天橋立です。
(天橋立)

天橋立は、下の地図でわかるように、京都府の北部にある宮津市の宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる全長3.6キロメートルの湾口砂州です。
幅約20~170mで全長約3.6kmの砂州で、ここにおよそ5000本の松が生い茂っています。

海上に浮かぶ白砂青松の架け橋・天橋立は、日本三景の一つです。
(あと2つは松島と宮島)
下の写真は対岸から見た天橋立です。
(風土記に記載された“天の架け橋”)
8世紀に書かれた、丹後の国の歴史書『丹後国風土紀』には、国を造ったイザナギの神が、天に通うために梯子を造り、天につながるハシゴ=天の架け橋ということで“天橋立”と言った。そのハシゴが、神が寝ている間に倒れて現在の姿になったと書かれています。
天橋立は、中も歩けます。天橋立は歩いて渡ると50分程度、自転車では20分くらいです。


<<天橋立への行き方>>
アクセス:京都丹後鉄道宮豊線天橋立駅から徒歩7分
(天橋立の股のぞき)
さて、天橋立と言えば「股のぞき」が知られています。
そこで、おっさんも股のぞきに挑戦!!
むかったのは、ケーブルカーの府中駅。

府中から傘松までケーブルカー往復で、料金は680円です。

こちらのケーブルカーに乗りました。小さくて可愛い!!

下の写真を見ると、天橋立の下、写真中央部にケーブルカーの線路があるのがわかります。

ケーブルカーで数分で上の傘松公園に到着。
傘松公園は、成相山中腹にある公園で、天橋立を北側から一望できます。
ここからの眺めは、天橋立が昇り龍のように見えることから「昇龍観」と呼ばれています。
また、天橋立を股の間からのぞくと天地が逆転したように見える「股のぞき発祥の地」だそうです。

(おっさん 股のぞきに挑戦!!)
股のぞき台がありましたので、さっそく挑戦!

こちらで有名なのが”股のぞき”。股の間から天橋立を眺めるおっさんです。

股のぞきをすると、天地が逆になり、空に浮かんだ雲が海面に写った景観が、
天に架かる橋のように見えるそうです。
また、その様子がが龍が天に昇る姿のようにも見えるため、ここからの景観は「飛竜観」とも呼ばれているとのことでしたが、おっさんは正直よくわかりませんでした。
おっさん、、まだまだ風流とは遠いですねえ。
(天橋立 今昔)

1908年(明治41年)に発行された京都府写真帖に記載された「天橋立」
(国立国会図書館ウェブサイトより)

2021年(令和3年)4月の「天橋立」(おっさん撮影)
【傘松公園公式HP】
<<傘松公園への行き方>>
京都丹後鉄道天橋立駅から路線バスで25分(降車バス停:傘松ケーブル下)
与謝天橋立ICから車で約15分
【この地図の左下にある四角い写真をクリックすると航空写真に変わります】
(和歌:天橋立の歌の背景)
「大江山 いく野の道 の遠ければ まだふみも見ず 天橋立」・・・
・・この歌は和泉式部の娘の小式部内侍(こしきぶの ないし)の歌です。
【訳】大江山を越えて、生野へとたどっていく道が遠いので、私はまだ天の橋立に
足を踏み入れたことがありません。また、母からの文も見ていません。

この訳だけを見ても何のことかわかりませんよね。でも歌の背景やエピソードを調べると、この歌、なかなかのものです。
先ほども記しましたように、この歌の作者の小式部内侍は、有名な歌人・和泉式部の娘です。
小式部は、和泉式部の血を引いたのか幼少の頃から、歌をうまく詠むと評判だったのですが、「小式部の歌は自分で作ったんじゃない。その歌の多くは、母の和泉式部が作ったものを詠んでいるだけだ」と悪口をいう人がいました。この歌が詠まれた頃、和泉式部はご主人の都合で丹後に住んでいて、京都には娘の小式部内侍だけが残っていました。
さて、ある日、小式部内侍は、歌会に呼ばれます。
すると小式部内侍をからかってやろうと、中納言・藤原定頼が「歌会の歌は準備しましたか? あなたの代わりに歌を作ってくれるお母さんからの使者は帰ってきましたか?歌は用意はできましたか?」と馬鹿にした発言をします。
そのとき!小式部内侍が即興で歌で返答します。
「大江山 いく野の道の遠ければ まだふみも 見ず天橋立」です。
これ素晴らしいですよね。
現代語訳をすると、大江山を越えて、天橋立に赴く通路に当たる生野へとたどっていく道が遠いので、私はまだ天の橋立に足を踏み入れたことがありません。同時に、母からの文も見ていません。
「噂にあがっているような母親からの歌なんかもらいませんよ」と噂をピシャリと否定し、さらにこの歌の中で、地名を挙げながら同時に掛詞、具体的には「行く野」と生野(いくの)で「いく」をかけ、さらに手紙の「文」と足を運ぶ「踏む」をかけています。
素晴らしいじゃありませんか!!
なお、この小式部内侍の素晴らしい即興の歌に対し、藤原定頼は、返す言葉もなく逃げ去ったそうです。
こういう歌の背景などを考え、天橋立を見るとまたイメージや想像が膨らむと思います。
