
日本で初めて新婚旅行をしたという坂本龍馬とその妻お龍さん。
その2人が新婚旅行に出発したという像が京都伏見の川沿いにある出発地に
建っています。
その像は「龍馬とお龍 愛の旅路 像」。
・・・・青春映画のタイトルのような大げさなネーミングですねえ。
(出発地にある像)
「龍馬とお龍 愛の旅路 像」は、宇治川の支流の濠川に設置されています。

伏見・濠川の河川敷に降りると、綺麗に整備された散策路があり、像はその中に立っています。小さな、伏見みなと公園の川沿い、上の写真の赤丸の部分です。
大坂に向かう三十石船の乗り場の1つ京橋乗り場があったとこで、現在はその三十石船を復元した観光用の船乗り場のすぐ近くにあります。
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像の下には、この像のいわれを書いた石碑があります。

「龍馬とお龍、愛の旅路」像
薩長同盟を締結させた直後の慶応2年(1866)寺田屋に宿泊していた坂本龍馬は、
伏見奉行所配下の捕り手に囲まれます。
この時、危機を察したお龍により命を救われた龍馬は、しばらく伏見薩摩藩邸かくまわれていましたが、右手の傷癒すため、ここ寺田屋浜から三十石船に乗り、お龍とともに、九州の霧島へと旅立ったのです。
平成23年9月 京都桃山ライオンズクラブ結成50周年記念事業

(旅行の背景)
坂本龍馬が、薩長同盟の締結させた直後の1866年(慶応2年)年1月24日深夜未明、

龍馬が寺田屋で襲われたとき、お龍さんが気がつき、命からがら脱出します。
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龍馬は、寺田屋での襲撃には逃げ延びたものの、乱闘で右手に傷をおいます。
そして、近くの材木小屋に逃げ、その後、薩摩藩にかくまわれます。
【龍馬が逃げ込んだ材木小屋について書いたブログはココ】
寺田屋で受けた傷を癒す為に、龍馬は、寺田屋前の浜から三十石船に乗り
お龍とともに九州の霧島に旅立ちます。
これが日本人として最初の新婚旅行といわれています。
しかし江戸時代末期、夫婦で旅行した人は龍馬以外にいると思います。
あるは龍馬より先に新婚旅行をした人もいるのではないかと思います。
全般的に、結婚して間もない夫婦が旅行をするという風習は、どうやら戦後に浸透したらしく、それ以前の江戸末期から戦前までは特権階級などの一部の人が行っていたようです。
多くの国民は、まだまだ生きるのに精いっぱいで、
のんきに旅行をするという身分では
なかったようです。
<<龍馬とお龍 愛の旅路 像への行き方>>
住所:京都府京都市伏見区表町574−1
京阪中書島駅から徒歩5
※寺田屋より徒歩2分
