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丙午の年がやってくる。。。

みなさん天機です٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

今回は、丙午(ひのえうま)の年がやってくる、というテーマで

すこし書いてみようと思います

(この記事の字数 約3100字)

 

 

さて。。。

 

 

東洋の哲学といいますか考え方、東洋の占い

なんかにおいて、

十干十二支(じゅっかんじゅうにし)

というものが存在しています。

 

 

この十干と、十二支、それぞれの組み合わせをつくることで

六十干支という

60通りの組み合わせができるんですね。

 

 

丙午というのは、そんな60通りの組み合わせのうちの

1つとなる、干支なんですよ。

 

 

丙(ひのえ)というのが十干のうちの1つの干、

午(うま)というのが十二支のうちの1つの支、

あわせて丙午(ひのえうま)という

1つの干支になっている、ということなんですね。

 

 

東洋では、木火土金水(もっかどごんすい)という

5つの要素から物事を考えていくという

哲学とか占いが存在するんですが、

じつはこの、十干と十二支にも、それぞれ

木火土金水という5つの要素が

割り当てられているんですよ。

 

 

それによりますと、

丙という干も、午という支も、

いずれも「火」をあらわしているんですね。

 

 

しかも、丙も午も、

両方ともかなり強い火をあらわしているんです。

 

 

そのため、丙午という干支は全体として

ボーボーと火が燃え盛っているような、

そんな干支ということになります((((;゚Д゚))))

 

 

 

ところで、この六十干支というのは

時の経過とも関係していまして、

それぞれの年には1つの干支が

割り当てられているんですね。

 

 

ことし、2025年は

乙巳(きのとみ)という干支が

割り当てられています。

 

 

干支は60通りですから、

60年たつと

また元の干支に戻ってきます。

 

 

60歳のことを還暦(かんれき)、つまり

暦(こよみ)が還ってくる(かえってくる)というのは、

じつはこんなところから来ているんですね٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

ある年から、翌年へと時が進みますと、

干も支も

1つずつ、つぎのものへと移動します。

 

 

乙のつぎの干は丙、巳のつぎの支は午

になりますから、

来年、2026年の干支は

丙午(ひのえうま)ということになるんですね。

 

 

じつはこの丙午という年なんですが。。。

 

 

2026年の丙午の年からかぞえて60年前の

1966年も丙午の年だったんですが、

この年、

出生数が激減したんですよΣ(゜ロ゜;)

 

 

というのは、この丙午にかんしては

日本において

ある伝説が存在したからなんです。

 

 

それは、

「丙午の年に生まれた女性は運勢が強すぎて、

 夫の運を食ってしまい、夫の運をそこなう」

という伝説。。。

 

 

なんでそんな伝説が生まれたのか、といいますと、

じつは江戸時代に大火がありまして、

そのときに放火犯人とされたのが

八百屋お七という女性、

そしてその女性の干支というのが

丙午だった、と

まことしやかに語り伝えられているからなんです。。

 

 

ほんまかいな、と

思うでしょう?

 

 

でも、それが本当であろうとなかろうと、

1966年に本当に出生数が激減したという

実際の出来事となってあらわれたということは、

当時の日本において

この伝説は信じられていたか、

社会に定着していた考え方だった

ということを示しているんですね。

 

 

そのために

1966年に子供が生まれるようなことは

なんとかして避けようと

当時の日本人は考えて行動しましたし、

実際に1966年の丙午の年に生まれてしまった女性は、

結婚するのが難しくなるという

「実害」もあったとか( ノД`)

 

 

当時の日本人というのはしょうもない、

非科学的な迷信を信じて行動したんだなあ、

と、あきれる人もいるかもしれませんが、

迷信を信じて行動してしまうというのは、じつは

なにも昔にかぎったことでもないんですよね。

 

 

最近でも、

ことし、2025年の7月に

日本を破滅的な自然災害が襲う、と

ある漫画家が「予言」したために、

その予言を信じた香港などの人が

日本へ観光旅行に行くのをとりやめ、

それらの地域からの訪日観光客が激減してしまうという

実際の出来事が発生しています。

 

 

けして、昔の人だけが迷信ぶかかったわけではなく、

迷信というのは

現在においても息づいていて、

人々の心や行動を動かす力を持っている

ということなんですね。

 

 

日本においてはすでに深刻な少子化が進んでいますので、

今回、2026年の丙午の年にも

出生数が激減するようなことになってしまうと、

日本の人口にとっては

非常におおきなダメージとなってしまう

可能性があります。

 

 

そこでネットニュースなんかでも

やっきになって、

丙午の伝説というのは迷信であり

科学的な根拠もないことなんだ、ということを

さかんに啓発したりしていますね。

 

 

丙午の伝説を信じることで

人々が結婚や出産を控えてしまう。。

といったことのないように、

という狙いがあるんだと思います。

 

 

でも、ここでこの

迷信ということについて少し考えてみたいのですが。。。

 

 

丙午の伝説については、それが

「非科学的であり、根拠のない迷信である」ということが

批判されているわけでしょう?

 

 

であるならば、ほかにも

「非科学的であり、根拠のない迷信である」ようなものが

もしあるのならば、

それも同時に批判されないとおかしい、

ということになります。

 

 

たとえば、

結婚式のときに祝儀を2万円とか、

割り切れる枚数で包むのは不吉である、とか、

あるいは、友引の日には葬式をしないんだ、とかいったことも

考えてみればみな

「非科学的であり、根拠のない迷信」ということに

なるのではないでしょうか?

 

 

丙午の伝説を斥ける(しりぞける)理由として

「非科学的であり、根拠のない迷信である」という

理由をあげるのであれば、

結婚式の祝儀とか、友引の葬式とかも

「非科学的であり、根拠のない迷信である」という

理由で斥けるというのが

論理的にはスジが通っているようにも思うんですね。

 

 

ここで、

結婚式の祝儀とか葬式にかんしては

それは確立した慣習とかマナーだから、という

反論をするのであれば、

では、丙午伝説というのも

1つの社会での慣習ということが言えるのでは?

という疑問がわいてきます。

 

 

ここでなぜ、矛盾が生じてくるのかといいますと、

おそらく、

「丙午伝説というのは不都合なので、なんとかして排除したい、

 でも、結婚式の祝儀とか葬式とかのルールのほうは

 なんとかして残したい」

という、変な考えを持つ人がいるからだと

思うんですよ(;´∀`)

 

 

この考えが背景にあるために、

あるときは「それは非科学的であり、根拠のない迷信だ」と言い、

あるときは「それは慣習とかマナーだから」と言うという、

二枚舌、論理の使い分けをおこなうわけなんですね。

 

 

でも実際には、

非科学的であり根拠がない迷信のようなものは排斥すべきだ、

という立場に立脚するのであれば、そのときには

丙午伝説は排除されますが、

同時に結婚式のマナーとか葬式のマナーも

排除されてしまいます。

 

 

反対に、

慣習でありマナーであるようなものは残すべきだ、という

立場に立脚するのであれば、そのときには

結婚式のマナーや葬式のマナーは残しておくことができますが、

同時に丙午伝説も残ることになります。

 

 

つまり、

丙午伝説だけを一方的に排除したうえで

結婚式のマナーや葬式のマナーだけは無傷で残す、

といったような都合のいい「論理」というのは

なかなか探すのがむずかしい

ということなんですね。

 

 

であるなら、ここは考え方を根本的に変えて、

非科学的であり根拠のない迷信であるから、というのを

丙午伝説を排除する理由とするのではなくて、

丙午伝説というのは

少子化の進行を加速させるマイナス面があり、また、

丙午の年に生まれた女性がつらい目にあったりするなどの

実際上のマイナス面がある、つまり

丙午伝説には社会に実際に悪影響をもたらす側面が大きい、

ということを前面に出していったほうがいいような気が

自分はします( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )

 

 

今回は、そんなお話でした。

 

 

以上、天機でした( ´ ▽ ` )ノ




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