以下の内容はhttps://reasongomainstream.hatenablog.com/entry/2025/08/12/170220より取得しました。


風の時代と後醍醐天皇

みなさん天機です٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

今回は、風の時代と後醍醐天皇、というテーマで

書いてみたいと思います

(この記事の字数 約4000字)

 

 

まず、後醍醐天皇(ごだいごてんのう)についてなんですが、

後醍醐天皇と公家、そして、

足利尊氏(あしかがたかうじ)と東国武士、というのは、

最初は鎌倉幕府打倒のために協力します。

 

しかし、そののち

後醍醐天皇側が

鎌倉幕府打倒に貢献した東国武士を冷遇するようになった

ことから、

両者のあいだに亀裂がはいり、

やがて対立するようになっていくんですね( ノД`)

 

 

まずは、このあたりの日本史の事実を

GoogleのAIであるGeminiに

以下に解説してもらいましょう。

 

 

後醍醐天皇足利尊氏の関係は、

鎌倉幕府打倒という共通の目標のもとで始まりましたが、

その後の政治方針の違いから決裂に至りました。

 

 

鎌倉幕府打倒と協力関係


後醍醐天皇は、長年倒幕の機会をうかがっており、

足利尊氏もまた、幕府に不満を抱く有力武士の一人でした。

 

1333年、後醍醐天皇の呼びかけに応じた尊氏が

六波羅探題(ろくはらたんだい)を攻め落とし、

鎌倉幕府は滅亡します。

 

この時点では、両者は協力関係にあり、

後醍醐天皇による建武の新政が開始されました。

 

 

東国武士の冷遇と不満の高まり


しかし、建武の新政は、武士の期待を裏切るものでした。

 

後醍醐天皇は、天皇親政を理想とし、公家を重用する一方で、

鎌倉幕府打倒に貢献した東国武士への恩賞が不十分であったり、

旧来の所領安堵(しょりょうあんど)がなされなかったりと、

彼らを冷遇しました。

 

武士たちは土地の支配権や恩賞を重視しており、

後醍醐天皇の政策は彼らの不満を募らせる結果となりました。

 

 

足利尊氏の離反と決裂


このような武士たちの不満を背景に、

足利尊氏は徐々に後醍醐天皇から距離を置くようになります。

 

特に、後醍醐天皇の皇子である

護良親王(もりよししんのう)との対立や、

中先代の乱(なかせんだいのらん)鎮圧後の対応を巡って、

尊氏と後醍醐天皇の関係は決定的に悪化します。

 

尊氏は、武士の支持を得て京都で後醍醐天皇に反旗を翻し、

一時は九州へ落ち延びるものの、再起して再び京都を制圧します。

 

 

 

※イラストは、いらすとやさんから、「足利尊氏」さん

 

 

これにより後醍醐天皇は吉野へ逃れ、

南北朝時代が幕を開けることになり、

ここに両者の協力関係は完全に決裂しました。

 

後醍醐天皇は、

南北朝時代の1336年から1339年まで南朝天皇として存在しました。

 

南北朝時代は、1336年から1392年まで、約56年間続いた時代で、

後醍醐天皇は吉野に南朝を打ち立て、北朝と対立しました。

 

 

以上が、Geminiによる

歴史的事実の解説になります。

 

 

実際に力を持っていて鎌倉幕府打倒にも貢献した

足利尊氏と東国武士を冷遇した結果、

後醍醐天皇と公家は返り討ちにあってしまう。。

 

そして、このことが起こった時期と、

その後の南北朝時代の時期というのは、

スッポリと西暦1200年ごろから1400年ごろまでの

200年間、つまり

前回の「風の時代」という時期に入っている。。

 

※前回の、というのは、「今回の」風の時代というのが

 2020年ごろから始まる200年間くらいなので、

 それと対比したときの、前回の、という意味です

 

 

この2点を、ぜひ押さえておいてくださいね(∩´∀`)∩

 

 

では次に、その西洋占星術における

「風の時代」というものについて

予備知識を持っていただくために、

これについても

Geminiに以下に解説してもらいましょう。

 

 

西洋占星術における「風の時代」とは、

およそ800年ごとに訪れる、

風の星座でグレートコンジャンクションが連続して

発生する時代を指します。

 

西洋占星術では、

12星座を火・地・風・水の4つのエレメントに分類します。

 

それぞれのエレメントは、異なる性質やエネルギーを象徴しています。

 

グレートコンジャンクションとは、

木星土星という公転周期の長い2つの惑星が、

ほぼ同じ位置で重なる現象を指します。

 

この現象は約20年ごとに起こりますが、

2020年までの約200年間は、主に「地の星座」で

グレートコンジャンクションが発生してきました。

 

しかし、2020年12月22日に木星土星水瓶座(風の星座)で

グレートコンジャンクションを起こしたことを皮切りに、

今後約200年間は、主に風の星座(双子座、天秤座、水瓶座)で

グレートコンジャンクションが発生し続けるとされています。

 

この、風の星座でグレートコンジャンクションが発生し続ける時代を

「風の時代」と呼ぶのです。

 

風の時代は、情報、コミュニケーション、知識、テクノロジー

自由、独立、平等、といったテーマが重視され、

これまでの物質主義的な価値観から、

より精神的・知的な価値観へとシフトしていく時代と考えられています。

 

 

以上が、Geminiによる

「風の時代」についての解説になります。

 

 

さて、ここから

後醍醐天皇足利尊氏の生きた時代、

その時代は鎌倉時代の始まり以来、

風の時代という時代にあたっていた、ということ、

そして21世紀の今ふたたび

時代は風の時代という時代をむかえているということ、

それらについて

述べてみたいと思います( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )

 

 

西洋占星術における風の時代というのは、

800年おきにめぐってきます。

 

 

直近では、2020年からスタートする200年間くらいが

その風の時代になるんですが、

前回は、800年前くらいの

西暦1200年から1400年くらいまでの

およそ200年間くらいが、風の時代だったんですね。

 

 

この前回の風の時代には、

世界でも、日本でも、

それまでの地の時代の優美で繊細な文化から、

風の時代の

武骨ながらも力強い文化

とでもいえるようなものへの変化が見られたんですよ。

 

 

実際に、その風の時代には、

世界ではモンゴル帝国というのが全盛期をむかえて、

ヨーロッパとか、中国とかの

優美な文化圏へと侵攻しており、

日本ではそれまでの地の時代の

平安貴族の優美な文化が終焉をむかえ、

力強い武家政権鎌倉時代へと移行したのです。

 

 

後醍醐天皇と公家のグループと、

足利尊氏と東国武士のグループ、

この2つのグループのあいだでの対立と抗争というのは、

ちょうど

そんな時代背景のもとに生じてきたんですね。

 

 

後醍醐天皇と公家というのは、たぶん、

自分たち天皇とか公家とかいった存在が一段上であって、

武士というのは自分たちに仕えておればいいんだ、

というような、ある意味で

少し思いあがったような考えを

持っていたのかもしれません(;´∀`)

 

 

むくつけき者である、荒くれ者どもには

自分たちの優美な貴族文化はわからない、

とでも思っていたのでしょうね。

 

 

汚れ仕事はそういった武士にやらせておいて、

自分たち貴族は

その果実のほうを美味しくいただくのだ~

なんて、思っていたようなフシがあります。

 

 

ところが。。

 

 

足利尊氏と東国武士は、

それはおかしいんじゃないか?と反発し、

実際に後醍醐天皇と公家のグループと対決することを

いとわないようになっていくんですよ。

 

 

考えてみれば、それも当然のことで、

実際に鎌倉幕府打倒におおきな貢献をしたのは

自分たち東国武士団であり、

軍事的な実力があるのも

自分たち東国武士団なんですよね。

 

 

つまり、後醍醐天皇と公家の連中というのは、

貢献も少なく、実力もないくせに

なぜか武士を一段下に見ていて、

その武士の働きによって生じる果実だけを

自分たちのものにしようとしていた

鼻もちならない連中だったのですね。

 

 

そんなことは当然、ながく続くわけがありません。

 

 

足利尊氏と東国武士団はある意味で

後醍醐天皇と公家の連中に「反乱」を起こすようなかたちで、

本来、とうぜん自分たちのものになるはずの果実を

自分たちの手に取り戻したのです。

 

 

その結果、足利尊氏たちは京都に北朝

後醍醐天皇たちは吉野に南朝をひらく

南北朝時代がスタートしたんですね。

 

 

南朝といい、吉野といいますが、

吉野というのは山の上なんですよ。

 

 

軍事的には足利尊氏と東国武士団のほうが

圧倒的に強いですから、

後醍醐天皇側は

山の上に追い詰められてしまった、

というのが実情だったんです( ´艸`)

 

 

このことから。。。

 

 

この、風の時代というものの性質をすこし

知ることができ、

そこから、これから始まることになる

21世紀の風の時代についての教訓も

得られそうな気がするんですよね٩( ๑╹ ꇴ╹)۶

 

 

この風の時代には、

武骨で洗練されてはいないけれど力強い存在、というのが

実際の権力も掌握するようになり、

優美で洗練されていた者たちが

それらの武骨な者たちを

自分たちに都合よく、あごで使うようなことは

だんだんとできなくなっていきます。

 

 

すでにそのような兆候は

現代においても

あらわれはじめているのではないでしょうか?

 

 

熊の駆除なんていうのは

武骨な猟友会の猟師とかにやらせておけばいい、なんて

なんとなく思っていたかもしれませんが、

北海道猟友会は最近、

地元自治体との協力関係がスムーズにいかない場合は

熊を駆除しないこともある、と

みずからの立場を明らかにするようになっています。

 

 

運動部などの部活の指導について

しんどい引率などの仕事は

教員に押し付けておけばいい、なんて

なんとなく思っていたかもしれませんが、

全国の教員はだんだんとそれに反旗をひるがえすように

なってきていて、

実際に教員志望者が減少するなどの影響がでており、

行政の側も、部活動の地域移行を迫られるなど、

教員の声を無視できないようになってきていますね。

 

 

このように、風の時代には

実際に貢献している者、武骨ではあるけれど力のある者、

の発言力がだんだんと高まってきて、

それらの人の貢献のうえに

その果実だけを安穏と美味しくいただこう、なんてことは

だんだんと難しくなってくるんじゃないか。

 

 

そんなふうにも思うのです。

 

 

今回は、そんなお話でした。

 

 

以上、天機でした( ´ ▽ ` )ノ




以上の内容はhttps://reasongomainstream.hatenablog.com/entry/2025/08/12/170220より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14