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あえて常体と敬体を混ぜてみる

みなさん天機です٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

今回は、

あえて常体と敬体を混ぜてみる

というテーマで書いてみたいと思います。

(この記事の字数 約2200字)

 

 

日本語の文章の文末表現には、

常体と敬体という区別があるんですね。

 

 

常体というのは「~だ」とか「~である」で

文章が終わるもので、

強く説得力のある文章にすることができ、

新聞記事とか論説文とかは

この常体を用いて書かれていることが多いそうです。

 

 

いっぽう、敬体というのは

「~です」とか「~ます」とかで文章が終わるもので、

柔らかい表現にすることができ、

親しみやすいコラムなんかは

この敬体を用いて書かれていることが多いそうなんですね。

 

 

ちなみに天機のこのブログは、

2017年に始めた当初は

常体を用いて文章を書いていたのですが、

その後、敬体を用いて書くようになり

現在に至っています٩(ˊᗜˋ*)و

 

 

この、常体と敬体。

 

 

個人的な印象で言うと、

常体というのは簡潔で断定的で

強く訴えるような効果があるほか、

相手との間に垣根を設けずに

ざっくばらんなやり取りができる、

といったイメージがありますね。

 

 

いっぽうで敬体のほうは、

丁寧であり礼儀をわきまえた印象を

与えることができるけれど、

やや冗長で、

いつまでも敬体表現ばかりを使っていると

相手と胸襟をひらいて

親しくなることがむずかしいような、

そんなイメージがあります。

 

 

ところで、天機は大阪に住んでいるのですが、

大阪中心部の繁華街に梅田というところがあり、

そこに阪神百貨店梅田本店という

大阪人ならほとんどみんな知っているような

大きな百貨店があるんですね。

 

 

その百貨店の地下に

阪神スナックパーク

という、立って食べる比較的値段の安い

小さなフードコートみたいなところが

あるんですよ。

 

 

そこに、うまかラーメンという

ラーメン屋さんがあって、

最近値上げしたんですが、

しょうゆラーメンが390円で食べれるんですね。

 

 

しかも、大盛りを指定しても

390円で変わらないんです。

 

 

 

 

この、しょうゆラーメン大盛りを注文すると、

店員さんが「しょうゆ、大」と

注文を受けて中で声をかけているのがわかります。

 

 

なので、お客さんのほうでも

しょうゆラーメン、と言わずに

簡潔に「しょうゆ」だけ言って注文する

人もいるんですね。

 

 

ここで、注文のしかたの分岐を考えてみると、

しょうゆラーメン大盛りを注文したいときには

まず、

「しょうゆラーメン」と言うか、「しょうゆ」とだけ

言うかで、2通りにわかれます。

 

 

つぎに、

「大盛り」と言うか、「大」とだけ

言うかで、さらに2通りにわかれるんですね。

 

 

非常に丁寧に言うと、

「しょうゆラーメン大盛り」となります。

 

 

これは文章表現でいうと、敬体を用いたようなもので、

丁寧な表現にはなりますが

やや冗長な感じも否めません。

 

 

いっぽうで、「しょうゆ、大」と注文するのは、

文章表現で言うと常体を用いたようなもので、

簡潔な表現にはなりますが

やや、ぶっきらぼうな印象を与えるかもしれませんね。

 

 

そこで天機はどのように注文しているか、と言いますと

「しょうゆの大盛り」

と注文していることが多いんですよ٩( ๑╹ ꇴ╹)۶

 

 

これは、まず

「しょうゆラーメン」とは言わずに「しょうゆ」とだけ

言うことで冗長さを避けるいっぽうで、

「大」とだけ言わずに「大盛り」と言うことで

ぶっきらぼうな印象を与えることも

避けているんですね。

 

 

つまり、常体と敬体、

簡潔な表現と丁寧な表現の両方をミックスした

ハイブリッドな表現である、

なんて自画自賛しているところなんです( ´艸`)

 

 

じつはこの常体と敬体については、基本的には

1つの文章の中で

両者を混ぜて使用してはいけない、

そうすると、文章に統一感がなくなって

ちぐはぐな印象をあたえてしまう、

文章を書くときには常体か敬体かの

どちらかに統一して書きましょう、なんてことを

すでに小学校か中学校かで

教わっていたような記憶があるんですよね。

 

 

そのため、それ以来ずっと

基本的には常体と敬体を混ぜて文章をつくることは

避けてきました。

 

 

ですが近年、インターネットが発達して

ブログとかSNSとかで

書き言葉を使用する頻度が増えてくるにしたがって、

この常体と敬体の約束事についても

再考するような機会が増えてきたんですよ。

 

 

敬体を使用していると

相手に対して失礼ではなく、無用な争いも避けて

柔らかい印象を与えることができます。

 

 

ですが、敬体ばかりを使用していると、

なんとなく相手との間に壁のようなものを築いてしまい、

相手といまひとつ親しくなれないような

感じもあるんですよね。

 

 

かといって、すべて常体にしてしまうと

それはそれで、ぶっきらぼうな感じも

与えてしまうかもしれません。

 

 

そこで、

基本的には敬体をもちいて

礼を失しないようにしつつも、

ときどきはそこに常体も混ぜてみることで

自分を出し、相手とのあいだに

親しい感じをつくりだすことも試みてみる。

 

 

これはとくに、個人的な経験からそう思うのですが、

普段、敬体ばかりを使っていて

とても丁寧なんだけどいい人止まりで、

どこかよそよそしい感じもする、

といったような印象を持たれがちなひとは、

書き言葉のなかでも、実際の人との会話のなかでも

たまには常体を混ぜてみることで

「地の自分」を出し、

そのことで相手との間の垣根を少し取り除いて

より親しい関係を築くきっかけにする

ことができるんじゃないか。

 

 

そんなことを、考えていました。

 

 

今回は、そんなお話でした。

 

 

以上、天機でした( ´ ▽ ` )ノ

 

 




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