みなさん天機です٩(ˊᗜˋ*)و
今回は、学問と基本思想、
というテーマで記事を書いてみようかな、
と思います。
さて。
この世の中には、いろんな学問が
存在しています。
医学、薬学、理学、工学、農学、
法学、経済学、文学、
などなど。。。
今回の記事でお伝えしたいのは、
それぞれの学問というものには
その中心になるような基本思想みたいなものがあって、
その基本思想と、
自分個人が心の中にもっている哲学や思想みたいなものが
合っていない場合、
いくら勉強してもその学問は上達しない、
といったことがあるんじゃないだろうか、
というようなことなんですね((((;゚Д゚))))
本当にそんなことってあるんだろうか?
なんて、多くの人は思われるかもしれません。
自分の場合について、お話ししてみましょう。
自分は高校時代に、将来の進路を決める参考にするために
適性検査を受けさせられたことがあり、
その適性検査で、
あなたは論理的な傾向がある、
あなたが志望している法律系というのは
論理的な学問の1つなので、向いているよ、
法律系に進んだらいいよ、
っていう結果がでたんですね。
それで自分は意気揚々と法学部を目指し、
法学部に行き、
法律系の国家試験なども受けたんですが、
勉強は遅々として進まず、
国家試験にぜんぜん受からないことから
人生はおおきく破綻してしまったんです( ノД`)
法律は論理的な学問で、自分も論理的な傾向があるから
向いているはずなのに、
なんでだろう?なんでだろう?
ななななんでだろう?
なんて、悩んだこともありました。
で、いまからいろいろと振り返ってみて思ったのですが、
法律学というのは、論理的であることももちろんなんですが、
その中心に
道徳
というものを置いている学問なんだと
いまさらながらに気づいたんですよね。
たとえば、民法なんかでは
お互いに信義誠実ということを大切にしなさい、とか、
権利を濫用してはいけません、
なんてことが条文に書いてあります。
刑法とかだと、犯罪かどうかを判定するさいに
社会倫理規範というものに反したかどうか、
という点が問題になったりすることもあるんですよね。
学生時代に法律学の教科書を読んでいたら、
その本の著者である高名な法学者が
「自然科学の世界では才能あふれる奇人変人もいるかも
しれないが、法律学の世界では
そんな存在は考えられない。
法律学というのは全人格的な学問であり、
常識とか人格とかいったものを求められるのだよ」
なんてことを書いているのを見たこともあります。
そもそもが、法律というものは
「この社会のみんながみんな、自分の欲望とか欲求のままに
行動していたのでは
いろんな衝突とかが起こって社会はうまく
回っていかないから、
みんな、欲望や欲求は抑えて、我慢して、
お互いに譲り合って
道徳とか倫理とかを大切にして生きていきましょう」
というような、そういう思想を中心に持った
そんな体系なんですよね。
これのなにが問題なんだ?
と思われるかもしれません。
じつは自分は、
道徳があまり好きではないんですよね。
西洋占星術の世界では、
土星という星は道徳とか試練とかをあらわすのに対して、
天王星という星は科学技術とか革命、変人とかいったものを
あらわすとされています。
実際、人類がはじめて天王星を発見したのは
1781年のことで、
市民革命が世界史上で起こっていた時期なんですよ。
自分はどちらかというと、
あこがれを抱くような心を持っているんですね٩(ˊᗜˋ*)و
なので、自分が心の奥底で持っているところの
反道徳性と、
道徳を基本に据える法律学とは、
ちょうど水と油のようにお互いを排斥しあい、
自分は法律学に警戒され、忌避されたために
法律の勉強をやろうとしても
全然進まなかったんじゃないだろうか、なんて
そんなことをつい考えてしまうんです(;´∀`)
そういうふうに申しますと、
道徳が嫌いなんてけしからん!
そんなやつはどんな分野に進んだって駄目なんだ、と
そんなふうなお叱りの声を頂戴するような
気もいたしますが。。。
自分はかならずしも
そんなふうには思わないんですよ。
世の中には、道徳とはあまり関連しない学問だって
たくさんあると思うんですよね。
その代表格が、
数学とか物理、工学といった
自然科学なんです٩( ๑╹ ꇴ╹)۶
人間は、この自然科学という武器を手にしたことで、
エアコンだの、航空機だの、パソコンだの、スマホだの
といった、
人間の生活を便利にしてくれる、
人間に快楽をもたらし、苦を取り去ってくれるようなものを
たくさん発明することができたんですね。
このようなことから自分は、
自然科学というものは
「頭脳を使って人間の欲望や欲求を実現していく」
というような、そんな性質を根底に持った
学問なんじゃないかな、なんて
そんなふうに想像するわけなんですよ。
先に述べた法学という学問が、
道徳を強調して人間の欲望や欲求を抑えようとしていた
のに対して、
自然科学は、その人間の欲望や欲求を
頭脳の力でどんどんと実現しようとしています。
非常に対照的ですよね。
自分は中学、高校のときに
数学が苦手だったので
理系の分野に進むという選択肢は最初から
切り捨てていたんですが、
いまから思うと、
その学問の基本思想という観点から考えてみたときには、
自然科学の人間の欲望を実現するという基本思想と、
自分の中の反道徳性という哲学みたいなものは、
じつに調和していたんじゃないかな、
なんて思うんです。
自然科学って、
クローン人間の倫理的な問題とか、
AI兵器の倫理的な問題とか、
よく倫理的な問題が取りざたされることがあるんですよね。
これは、裏を返せば
自然科学というものにはもしかしたら
ある種の反道徳性みたいなものがあるからなんじゃないかな、
なんて、そんなふうにも
自分は思ったりするんですよ。
最近、法律学から少し距離を置くようになって、
そのかわりに
数学とか科学とかの書籍を図書館で借りて読んでいると、
なんというか、
見えない壁に阻止されるような感覚もなくて、
ドキドキ、ワクワクして読み進められますし、
どんどん頭に入ってくるんですよね。

というわけで、
長いお話になりましたが、
自分がなんらかの学問を志そうとしたり、
あるいはもっと広く
なにかの分野を始めようとしたりするときには、
その学問や分野の持っている
本質的な基本思想によくよく注意して、
その基本思想が
自分が自分の心の中に飼っている哲学みたいなものと
本当に調和しているかどうかを
よく検討されたらいいんじゃないかな、と思います。
今回は、そんなお話でした。
以上、天機でした( ´ ▽ ` )ノ