みなさん天機です٩(ˊᗜˋ*)و
今回は、イーロンマスクと、火星、
というテーマで記事を書いてみようかと思います
(この記事の字数 約2800字)
イーロンマスクさんと言えば、
電気自動車をつくっている会社、テスラの創業者で、
最近はX(旧ツイッター)も手中におさめた人。
世界一の大富豪とも言われていて、
いろんな話題を提供してくれていますね٩(ˊᗜˋ*)و
そんなイーロンマスクさんですが。
いまから7年ほど前に、
こんなネット記事があがっていました。
どんな内容の記事なのか、簡単に紹介しますと。。。
どうやら、世の中には
「地球はじつは丸くない。平面なんだ。」と主張する、
いわゆる「地球平面論者」と呼ばれる人たちが
いるようなんですね(;´∀`)
そこでイーロンマスクさんは、地球平面論者に対して、
「地球が平面だということなんだけど、それなら、なんで
火星は平面じゃないんだ?」と、
X上で疑問を投げかける投稿をしたんですよ。
すると、それに対する地球平面論者と思われる人からの回答が、
「火星は地球とはちがって、球体であることが
観測されていますからね~」というものだったんです。
かなり苦しい回答ですよね( ´艸`)
火星は球体であることが観測されているけれど
地球は球体であることが観測されていない、
と言うのでしょうか。
以上が、いまから7年前のネット記事として
掲載された内容なんです。
で、久しぶりにこの記事のことを思い出したのは、
相手の矛盾を指摘したいときには
どうするのが効果的かな?
ということを、最近考えていたからなんですね。
で、このイーロンマスクさんの指摘の方法から思いついたのが、
相手の矛盾を指摘したいときには
類似するような状況にある他の事例を指摘することで
複数の対象を視野に入れる視点を持つ、
ということなんです。
イーロンマスクさんと地球平面論者のやり取りでいうと、
地球平面論者が「地球は平面だ!」と
主張しているときというのは、
地球という、ただそれだけを見て論じているわけなんですね。
イラストにすると、
ちょうど下のような感じになります。

そこに、イーロンマスクさんは、
「じゃあ、火星はどうなんだ?」と疑問を呈示することで、
論点は、地球と火星を両方とも同時に見るようなものへと
変化したんですね。
つまり、複数の対象に対するものへと
視点が変化したわけなんです。
それをイラストにすると、
ちょうど下のような感じになります。

この2つの視点の違いを、自分は
「大地の論理」と「天空の論理」のような見方で
とらえることがあるんですね٩( ๑╹ ꇴ╹)۶
1つのものだけを対象として論じていればいいときには、
ちょうど、
大地の上に立ってそれだけを見ていればいいような感じなんですよ。
それが、大地の論理です。
でも、
2つ以上のものを同時に対象としてとらえて
論じないといけないような場合には、
それら複数の対象を俯瞰(ふかん)して眺める必要がありますから、
視点がちょうど、天空へと浮かび上がるような
感じになると、自分は思うんですね。
それが、天空の論理です。
そして、なぜこのように
複数のものを同時に射程に入れたときに
矛盾というのが顕在化しやすいか、というと、
その場合には、
主張や論理は、それら複数のものに対して
「同時に」「矛盾なく」
成立するものであることが要求されるようになるからなんです。
イーロンマスクさんと地球平面論者のやり取りでいうと、
地球は平面だ、地球は平面だ、と
地球だけを見て論じているときには
その矛盾をあぶり出すのは
なかなか難しいんですね。
でも、そこに火星というものを持ち込んで
対象を複数にして
それら複数のあいだに矛盾が生じないようにすることを求めると、
①地球は平面である
でも、
②火星は平面ではなく球体である
という①と②を、同時に矛盾なく論じることが、
理に反する主張をおこなっている側には
難しくなるんですよ٩(ˊᗜˋ*)و
②の、火星は平面ではなく球体である、
というふうに主張するときに、
「なぜなら、それは観測されているからである」
と論じたとします。
すると、
「球体であると観測されている場合には、それは球体である」
という論理は、
こんどは地球に対しても成り立たないとおかしい、
ということになるんですね。
そうすると、
「地球は球体であると観測されているのに、なぜこんどは
地球は球体ではないと主張するんだ?」
というふうに、矛盾をついていくことができます( ´艸`)
ポイントは、
「球体であると観測されている場合には、それは球体である」
というのは、
地球からも、火星からも、どちらからも
独立した主張だ、ということなんですよ。
これは、2つの対象から遊離した
天空に存在する1つの視点みたいなものなんですね。
ポイントとなるのは結局のところ、
2つ以上の複数のものが矛盾なく同時に並立するためには、
それらを同時に成立させるような
矛盾のない1つの論理が必要だ、ということなんです。
これをもとにして論をすすめていくと、
矛盾というのがあぶり出されてきやすいんですね٩(ˊᗜˋ*)و
それにしても、
自分以外に他者というものが存在すること、
複数のものがこの世界には並立して存在していること、
それらをもとにして考えると
なぜ、矛盾は顕在化しやすいのか。
自分はその点について、
以下のように考えてみました。
例によって、独自の、いくぶん怪しげな論理ですが(;´∀`)
自分以外に他者もまた存在することを認めて、
自分とともに他者のことも尊重しよう、というのが、
天機理論でいうところの、「理の原理」になります。
理というのは、矛盾を打ち破るものですね。
そして、自分以外に他者も存在する、
自分がいれば、あなたもいる。
そんな、自分ーあなた、という関係がつぎつぎと広がっていくなかで、
この世界には、単数者だけではなく
複数者が広く存在することになったんですね。
ここで、英語について少し考えてみると、
自分以外の「あなた」、そして、複数のもの、だけを受ける
be動詞というのが存在します。
それは、areですね。
areは、単数のものでは「あなた」だけを受けるbe動詞で、
それ以外には、複数のものを広く受けるbe動詞になります。
そのbe動詞、areの中には、
アルファベットのRが入っています。
そして、このRというのは、
right(正しい、権利)、reason(道理、理性)、rational(合理的な)、
rule(法則性)などなど、
理に関係がある英単語の頭文字としてよく登場する
アルファベットなんですよ٩( ๑╹ ꇴ╹)۶
このことから自分は、
自分のほかに相手もいる、と考えたり、
複数のものが並立してこの世界には存在している、と
考えたりすることは、
理と関係がある考え方であって、
そのために、そのような考え方をとると
矛盾というものがあぶり出されてきやすいのではないか、
なんてことを、考えたのでした٩(ˊᗜˋ*)و
今回のお話は、こんな感じです。
以上、天機でした( ´ ▽ ` )ノ